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並行臨床試験で薬効が明確に

遺伝子改変で作り出した肺がんマウスモデルは、ヒトの肺がんを解明するためのヒントを与えてくれる。

SAM OGDEN

ダナ・ファーバーがん研究所(米国マサチューセッツ州ボストン)には「マウス病院」がある。そこには、最新の医療用イメージング機器から、24時間体制の看護スタッフ、最先端の抗がん剤まで、ヒトのがん患者に提供されるのと同じものがそろっている。もちろん、目的はマウスを治療することではない。同じ抗がん剤をヒトで試験する際の手がかりを得ることだ。

ダナ・ファーバーに入院している約5000匹のマウスたちは、「並行臨床試験(co-clinical trial)」という研究手法の先鋒隊である。この手法では、ヒトの臨床試験と並行して、治療に反応する患者と反応しない患者が生じる原因を解明できるように設計した動物実験を行う。今年3月、この並行臨床試験プロジェクトによる最初の論文がNatureに発表された(Z. Chen et al. Nature 483, 613-617; 2012)。それによると、標準的な化学療法薬に試験薬であるセルメチニブを組み合わせることで、KRASという遺伝子に変異を持つ肺がんの退縮が期待できるが、マウスの並行臨床試験から、KRASだけでなくLKB1という腫瘍抑制遺伝子にも変異がある患者では、セルメチニブの効き目がないというのだ。

「通常、がんのヒト臨床試験を実施している最中に、科学的見地から問題検討を行うことはほとんどありません」。こう話すのは、今回の研究には参加しなかった、ケンブリッジ大学(英国)のがん研究者David Tuvesonである。「並行臨床試験の導入は、論理にかない、強く望まれていたプロセスなのです」。

新薬は普通、動物試験を行った後に、ヒトでの臨床試験に持ち込まれる。しかし動物を用いる試験の初期段階では、ヒト臨床試験の諸条件を完全に模倣できないことが多く、誤った結果に至る場合があるのだと、ダナ・ファーバーのがん研究者で今回の論文著者の1人でもあるAndrew Kungは言う。それに対して並行臨床試験は、ヒト被験者で並行して行われている試験によく適合するように設計できる。

今回試験したセルメチニブは、アレイ・バイオファーマ社(米国コロラド州ボールダー)とアストラゼネカ社(英国ロンドン)が開発した抗がん剤である。腫瘍細胞の増殖や生存を促す重要な生化学的段階を阻害する作用があり、この種の抗がん剤は現在、多くの企業で精力的に研究開発されている。セルメチニブのヒト臨床試験には、KRAS遺伝子に変異のある患者87人が参加したが、そのすべての結果はまだ公表されていない。アレイ・バイオファーマ社は2011年に、セルメチニブを標準的な化学療法薬とともに投与した場合、がんの進行が遅くなったと発表している。一方、患者全体の生存率に対する影響に統計的な有意性は見られなかった。

今回の並行臨床試験で使われた数百匹のマウスは、ヒト被験者と同じく変異型のKrasを持っていたが、一部のマウスは、腫瘍抑制因子遺伝子であるp53Lkb1も変異していた。セルメチニブと標準的化学療法薬を併用した場合、Kras変異に加えてp53変異があるだけなら効果が現れた。しかし、Kras変異に加えてLkb1変異があると、薬剤併用による効果は現れなかった。今回のマウス臨床試験の結果は、ヒト被験者で行う臨床試験と同様の手法で計測されている。つまり、動物実験でよくあるようにマウスを殺して腫瘍の容積を測るのではなく、非侵襲的なイメージング技術を使って測っているのだ。

今回のマウスの並行臨床試験の結果を踏まえると、セルメチニブの今後の臨床試験では、LKB1変異の有無について患者にスクリーニング検査を施すべきだろうとKungは言う。これにより、セルメチニブに抵抗性を持っていて遺伝学的に共通点のある患者群が、試験の結果に影響を与えているかどうかを判断できるようになると考えられる。

さらに、マウスの並行臨床試験からは、セルメチニブに対する腫瘍の短期応答を、FDG-PETというイメージング技術で測定できることもわかった。患者に何度も腫瘍生検をするわけにはいかないので、この技術はヒトでの研究にも役立ってくれるだろう。

現在の腫瘍治療では、多剤カクテル法や、特定の遺伝子型の患者に合わせた処方など、しだいに複雑な投薬計画が採用されるようになってきている。そこで、並行臨床試験を導入すれば、そうしたニーズにあった薬剤開発のスピードアップが可能になるだろうと、パリ・ディドロ大学(フランス)のがん研究者Hugues de Théは言う。彼は同様の方法を、特定の白血病の治療薬の臨床試験ですでに使っているが、今回の研究は、調べた腫瘍が遺伝学的に複雑であり、「技術的にみてたいへんな偉業だ」と話す。

ほかにも多くの研究機関が、並行臨床試験のための装置を開発中だ。だが、この試験は湯水のように金を使う。また、抗がん剤はたいがい毎日投与しなければならず、動物を扱う多くの人手が必要になり、さらに、生きている動物で腫瘍を画像化する技術にも費用がかかる。並行臨床試験の手法を用いて膵臓がんを研究しているTuvesonは、「マウス病院」ではおそらく、臨床試験用のがんマウスモデルを作り出すのに相当な費用を注ぎ込まなければならなくなるだろうと忠告する。「マウスを飼育したり、ヒトの病院と同じように病態の経過観察をしたりするためのインフラが必要ですが、大半の研究室にはそんなものはありませんからね」。

しかし、資金提供機関はこの手法の有望性を認識している。2009年に米国立がん研究所(メリーランド州ベセズダ)は、ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)のがん研究者であるPier Paolo Pandolfiに対し、肺がんと前立腺がんの並行臨床試験プロジェクトを確立させるために420万ドル(約3億4000万円)の助成金を供与した。Pandolfiは今回のNature掲載論文の共著者でもある。また、慈善団体のエンターテインメント・インダストリー基金(米国カリフォルニア州ロサンゼルス)のプロジェクトである「Stand Up To Cancer」からも、乳がんと卵巣がんの並行臨床試験に対して助成金が提供されている。これは新たに進むべき道の1つだと、Tuvesonは話す。「マウスを、ヒトについて知るための『映し鏡』として使うのです」。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120608

原文

Mice guide human drug trial
  • Nature (2012-03-22) | DOI: 10.1038/483389a
  • Heidi Ledford