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地震研究の成果を最大限に活かすために

日本列島の東北地方沿岸部の広い範囲に巨大な津波が襲いかかり、悲劇的な被害をもたらしてから1年が経過した。地震の短期予測は、少なくとも現時点ではあまりにも難しすぎる。ならばせめて、地震による被害をもっと軽減するために何ができるかを考えなければならない。

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震は、現代の地震学者がそこで起きていることを迅速かつ定量的に明らかにできること、そしてそれが、被害と犠牲者を軽減することに結びつくことを、はっきりと実証した。それでも、改善の余地は大いにある。リアルタイムの観測データは、まだ世界中の国々で完全に共有されているわけではないし、最高の監視装置が地球上にくまなく配備されているわけでもない。地震研究の成果を実際面で役立てるには、さらなる努力が必要だ。現時点では、学術研究と防災・減災の現場との間にはあまりにも大きなギャップがあると言わざるを得ない。

過去30年の間に地球上の広い範囲をカバーする地震観測網が整備され、米国地質調査所の米国地震情報センター(NEIC)は、世界の地震活動を休むことなくリアルタイムに監視できるようになった。NEICは、東北地方太平洋沖地震の発生から20分~1時間ほどで震央の位置を特定し、そのマグニチュードは約9で、沈み込み帯で発生する大地震に典型的な断層挙動が見られたことを明らかにした1。この情報は、緊急事態に対応する各部門に、警戒体制をとるよう喚起した。実は、2004年の時点では、同様の警報を出すまでには数時間から数日が必要であり1、つい最近までこのような迅速な対処はできなかったのだ。

震源に近い地域を考えれば、さらに迅速に、地震発生から数分以内というレベルで、震源および地震の規模を特定できる地震観測システムが必要になる。日本の気象庁の地震観測システムは、東北地方太平洋沖地震の発生から3分以内に、マグニチュード7.9という最初の推定値をはじき出した。この推定値に基づき、気象庁は宮城県沿岸に高さ6 m、隣接する岩手県と福島県の沿岸に高さ3 mの津波が襲来するおそれがあるとする警報を発した。これだけ早い段階に警報が発せられたことで、どれだけ多くの人命が救われただろうか。正確に見積もるのは困難だが、少なくとも数千人はいたと考えてよい2。しかし残念ながら、高さ10 mの津波防潮堤が整備されていた岩手県の住民の一部は、津波の高さがせいぜい3 mなら自分たちは安全だと考えてしまい、すぐには避難しなかった。結局、津波はこうした防潮堤の多くを越えて沿岸部に押し寄せたのである。

改良の余地

既存の技術をもっとうまく利用するだけでも、予報官は津波警報を改良できる。迅速に津波警報を出すうえでは、震源に近い場所からの高精度のデータ、そして地震のマグニチュードおよび断層挙動を特定する方法が重要になる。後者については、短周期地震波の情報だけでなく、特に大規模な地震でその影響が大きいとされる長周期地震波の情報も必要だ。気象庁は高精度のデータを持っているが、まだそのデータを最大限には活用できていない。現在のシステムは短周期地震波の情報しか利用していないため、当初、東北地方太平洋沖地震のマグニチュードを過小評価してしまった。

気象庁では2008年以降、オフラインで改良型システムのテストを進めているが、実用化にはまだ至っていない。一方、NEICはよいシステムを持っているが、各地のリアルタイムのデータ量が十分でない。日本列島には、津波警報のためのデータ収集に適した数百台の広帯域地震計が配備されているが、NEICがリアルタイムに利用できるのは、その数台からのデータのみだ。ただし、全世界でNEICにリアルタイムにデータを送っている地震観測点は、2004年には350か所だったが、2011年には1183か所に増えており1、この傾向が続くことを望みたい。

理想的なのは、米国のNEICと日本の気象庁の双方が、各々のシステムの欠点を改良し、相互補完することだ。これが実現すれば、日米両国は地震の発生中にその影響を確認するための予備システムを互いに持つことになる。地震の被害を受けた国のオペレーションセンターが機能しなくなってしまう場合も考えられるため、これは非常に重要な目標課題だ。

今日では、地震計のデータに加えて高精度のGPSのデータもあり、地面の動きの大きさを知ることができる。リアルタイムのGPSデータを利用して迅速に警報を発する方法を新たに開発している研究グループもある。これにより、地震のマグニチュードに加えて震源断層の大きさを見積もることも可能となり、より正確な津波警報を出せるようになるはずだ。例えば日本では、この方法で、数分以内に正確な津波警報を出せるだろう。

このように、より迅速で、信頼性が高く、安定な警報を発するためには、地震計のデータとGPSデータの両方を各国がリアルタイムでやり取りすることが必要不可欠である。

日本には全国規模の緊急地震速報システムもある。このシステムは、地震動の最初の兆候を検知することにより、本格的に揺れ始める1~30秒前に警戒を呼びかけることができる(津波の場合には沿岸部到達の5~30分前に警報を出すことができる)。実際、東北地方太平洋沖地震の際にもこのシステムはよく機能したが、きわめて複雑な断層破壊と多発する余震のため、システムが混乱して、一時的に停止しなければならなかった。

この種の早期警報システムは、社会で稼働中の制御管理システムと組み合わせることで最大の効果を発揮する。新幹線はその好例で、強い揺れが到達するより早く、運行システムを自動的にシャットダウンするのだ。東北地方太平洋沖地震が発生したとき、被災地を走行していた新幹線は24台もあり、なかには時速200 km以上で走行していた列車もあった。しかし、地震の発生から数秒以内に非常ブレーキがかかり始め、すべての新幹線が、脱線することも、大きな損傷を受けることも、重傷者や死者を出すこともなく停止した。同様の自動停止システムは、現在、一部の民間企業にも採用されている。

地震学者は、技術者と緊密に連携して、このようなシステムを最適化していかねばならない。地震学者は多くの学術理論や手法を生み出してきたが、その利点は産業界にはあまり認識されておらず、もっと実用的なものにするための経済的誘因もほとんどない。これに対して、材料科学や生物医学の分野では、学界が優れたものを開発すれば、産業界に採用される可能性は非常に高い。なぜならそれらは、利益を生む商品となる可能性があるからだ。地震学者と地球物理学者は、分野間および産業界との交流・協力を促進するために、より積極的な役割を担っていくべきである。

よい人材を育てることも、同じくらい大切だ。我々は、東北地方太平洋沖地震を目の当たりにして、自然が時として想定外の振る舞いをすることを痛感した(「想定外の巨大地震がなぜ続くのか」参照)。柔軟で創造的な精神を持ち、型にはまらないものの見方ができるよう、学生を育てていくことが重要であろう。災害が契機となって現在の通説を再考するのではなく、通説(例えば大地震が発生しうる場所など)にきちんと異議を申し立てられるような、自発的・能動的な研究者を育てていかねばならない。科学プロジェクトが大型化し、今の若い科学者たちは高度に技術的な問題に圧倒されてしまう傾向にある。我々は、彼らが若いうちから専門を絞り込みすぎたり、常識にとらわれすぎたりしないように気をつけ、一歩高みに上がって全体を見るよう奨励しなければならない。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2012.1205s17

原文

Earthquake hazards: Putting seismic research to most effective use
  • Nature (2012-03-08) | DOI: 10.1038/483147a
  • Hiroo Kanamori
  • 金森博雄はカリフォルニア工科大学パサデナ校の地震学者。

参考文献

  1. Hayes, G. P. et al. Seismol. Res. Lett. 82, 481-493 (2011).
  2. Heki, K. Science 332, 1390-1391 (2011).