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Y染色体消滅説に反論

男性たちよ、心配することなかれ。Y染色体は消滅せぬ。

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雄という性別を決定するY染色体では徐々に遺伝子が消失しており、Y染色体の消滅は避けられない運命であるという考えに疑問が投げかけられた。ホワイトヘッド生物医学研究所(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の遺伝学者David Pageの研究チームが、ヒトとアカゲザルのY染色体を比較し、Y染色体は消滅しないだろうという報告をしたのだ1

論文によると、ヒトのY染色体は、ヒトとアカゲザルが分岐した2500万年前から、たった1つの遺伝子を喪失しただけだという。論文筆頭著者のJennifer Hughesは、「この結果によって、最終的にはY染色体は消滅するという説は葬り去られるでしょう。2500万年という年月は、ヒトのY染色体の歴史の大部分を占めているからです」と言う。

Y染色体の略歴

Y染色体は、ほとんどの哺乳類の共通祖先において約2億〜3億年前に出現した。SRYと呼ばれる遺伝子が、近縁遺伝子SOX3から進化し最初のY染色体となったのだ。そして、Y染色体ともともと対になっていた、SOX3が存在する染色体がX染色体となった。それまでにもすでに雌も雄も存在していたが、性別は温度などの環境要因によって決定されていた。だが、Y染色体の出現により、性決定機構は一変した。

常染色体の対と同様、初期のX染色体とY染色体は遺伝物質を交換していた。その後、Y染色体は何百個もの遺伝子を徐々に喪失し、X染色体と組み換える能力の大部分を失って崩壊していった。現在、性染色体間では、そのDNAの末端部でのみ組み換えが起こっている。

そして2002年、Y染色体の崩壊率から、Y染色体は約1000万年後には消滅するだろうという発表があった2。すでに、モグラレミングやアメリカトゲネズミなど、数種の哺乳類はY染色体を喪失しており、性決定遺伝子はほかの染色体にある。

サルについての研究から

2010年、HughesとPageらは、チンパンジーとヒトのY染色体間に大きな違いがあることを見いだした3。チンパンジーのY染色体は、ヒト系統と分岐したおよそ600万年前から、多くのタンパク質コード遺伝子を喪失していたが、ほかの部分では何度も重複が起こっていた。Hughesは、このような遺伝子増幅によってチンパンジーは精子産生に関与する遺伝子の余分なコピーを獲得し、これが妊娠可能な雌と多数の雄が交配する雑婚種のチンパンジーにとって有益な形質であったとの理論を展開している。「精子をうまく産生できれば、それ以外の遺伝子を失っても問題にならないでしょう」とHughesは言う。

今回、研究チームはアカゲザルのY染色体を解読した。アカゲザルは、ヒトとチンパンジーの共通祖先で、約2500万年前に分岐した。Hughesは、アカゲザルも雑婚であるため、Y染色体はいくつかの遺伝子を喪失しており、精子の産生に関与する遺伝子の重複があるだろうと予想した。ところが、アカゲザルのY染色体はヒトが喪失したたった1個の遺伝子が多いだけだった。この遺伝子はY染色体の特に不安定な部位に存在していた。ヒトのY染色体とアカゲザルのY染色体の遺伝子は、ほぼ同じだったのだ。

「今回の結果から、5000万年後にも、Y染色体は存在していると確信しました。Y染色体は消滅しません」と、ストワーズ医学研究所(米国ミズーリ州カンザスシティ)の遺伝学者Scott Hawleyは言う。Hawleyは、Y染色体の遺伝子がなければ男性は不妊になってしまうので、存在し続けるのだと主張している。

一方、ラ・トローブ大学(オーストラリア・メルボルン)の遺伝学者で、2002年の論文でヒトY染色体の消滅を予測した研究者の1人であるJennifer Gravesは、この新しい成果を称賛しているが、それでもY染色体が長期間維持されるという予測に疑問を持っている。ヒトのY染色体では、活性のある遺伝子と破壊された遺伝子の両方を含む、DNAの逆位重複が多く見られる。Gravesは、こうした重複は染色体の「断末魔の叫び」であると考えている。「常染色体に別の性決定遺伝子が出現したら、Y染色体は明日にも消滅するでしょう」と、Gravesは語っている。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120502

原文

The human Y chromosome is here to stay
  • Nature (2012-02-22) | DOI: 10.1038/nature.2012.10082
  • Ewen Callaway

参考文献

  1. Hughes, J. F. et al. Nature 483, 82-86 (2012).
  2. Aitken, R. J. & Graves, J. A. M. Nature 415, 963 (2002).
  3. Hughes, J. F. et al. Nature 463, 536–539 (2010).