News

NASAが本命視する原子力宇宙船

木星の大きな氷衛星を探査するNASAのミッション「プロメテウス計画」は、2006年に中止になってしまった。この計画では、原子炉による発電が採用される予定になっていた。

NASA/JPL

Michael Houtsは、宇宙飛行士を原子炉に乗せて火星に行かせたいと考えている。彼は、少量のウラン235(そのエネルギー密度は、液体ロケット燃料の100万倍にもなる)の核分裂により生成する熱で、軽量の水素推進剤を加熱・噴射させると、効率のよい動力源ができると確信している。NASAのマーシャル宇宙飛行センター(米国アラバマ州ハンツビル)の原子力研究部長であるHoutsは、宇宙での原子力発電や原子力推進の可能性にゆるぎない信頼を寄せているが、その技術開発のための資金提供に関しては、一貫性を持って進めてくることができなかった。

彼が率いる原子力推進プロジェクトは、今年は300万ドル(約2億5000万円)の予算を獲得したが、これは、NASAが2012会計年度に宇宙技術の研究開発に費やす13億ドル(約1100億円)に比べれば微々たる金額だ。「時々、研究資金がゼロになることもありました。そんなときには、チームも研究の勢いもなくなってしまうのです」とHoutsは言う。

2012年2月1日に米国学術研究会議が発表した報告書『宇宙技術のロードマップと優先事項』は、こんなHoutsの運命を一変させる可能性がある。この報告書は、技術コミュニティーがNASAの宇宙技術部門の優先事項を決定する初めての試みとして作成された。報告書作成委員会は、1年を費やして産業界と学界の両方の意見をとりまとめ、320の候補の中から16の最も重要な技術開発分野を選び出し、優先順位をつけた。そして、原子力発電と原子力推進が、このリストの上位に入ったのである。「宇宙探査のあり方が、すっかり変わってしまうでしょう」と、報告書作成委員会の委員長であり、ロッキード・マーチン・アストロノーティクス社(米国コロラド州デンバー)の前社長であるRaymond Colladayは言う。

報告書作成委員会が、原子力より高い優先順位をつけた技術もある。例えば、宇宙望遠鏡を使って太陽系外惑星を探す場合に、遠方の恒星の光をさえぎって、その周囲をまわる惑星のかすかな光をとらえられるようにするスターシェード(「日よけ」ならぬ「恒星光よけ」)やコロナグラフの開発だ。また、長期間にわたってミッションに従事する宇宙飛行士を自然放射線から保護する方法の開発も優先事項とされた。

その一方で、報告書作成委員会は、「小型核分裂炉が、有人・無人の太陽系探査に革命を起こすだろう」と予想しているのだ。原子炉は、惑星表面で長期にわたって続ける実験に電力を供給するだけではない。太陽系外縁部へのミッションでは、太陽からの距離が遠すぎて、最も効率のよい太陽電池をもってしても十分な電力を供給することはできない。そんな場合でも、この技術であれば、電力を十分に供給することができるのだ。

有人宇宙探査が始まれば、原子力推進システムは、小惑星や火星への数年にわたる旅に欠かすことのできないものとなるはずだ。原子炉の効率は化学燃料の2倍もあるため、原子力宇宙船は、宇宙飛行士をより遠くまで連れていけるだけでなく、これまでにない高速で進むことも可能になるからだ(『各種の動力源の比較』参照)。これによって、宇宙飛行士が曝露される宇宙線量を減らすこともできる。

NASAの主任技術者であるMason Peckは、将来、資金配分を決定する際に、この優先事項リストを指針として使うつもりであると言う。しかし、原子力宇宙船の開発には、資金だけでなく政治的意思も必要だ。原子力宇宙船が発射台の上や軌道にのる途中で爆発したらどうなるかという不安は、その開発を強く引きとめている。Houtsは、原子炉はシステムが軌道にのってから始動するため、万が一事故が発生した場合にも、放射性物質が地球を汚染するおそれは無視できるほど小さいと主張する。

にもかかわらず、この技術を実証しようとする過去の試みは、いずれもつまずいている。2003年には、NASAが木星探査機に原子炉を搭載して、その電力でイオンエンジンを駆動する「プロメテウス計画」に着手した。このプロジェクトは、2005年には4億3000万ドルもの資金提供を受けたが、その1年後にNASAの方針が変わって月への有人飛行が優先されることになり、中止になってしまった。目的地が月であれば、原子力推進など必要ないからだ。

プロメテウス計画は消滅したが、この研究が基礎となって、現在、新しい原子力電池(核分裂を利用せず、プルトニウムの崩壊により自然に発生する熱を利用して発電を行う装置)という形で実を結んでいる。先進スターリング原子力電池(ASRG)は、従来のスターリング原子力電池よりも軽量で、効率もよい。宇宙技術報告書は、この技術が「転換点」になるとする見解を示している。ASRGは、飛行試験を行う準備がほぼできている。NASAは現在、ASRGを利用するミッションを2つ提案している。1つは、土星の衛星タイタンの炭化水素の海をボートで探査するミッションで、もう1つは、彗星から彗星へと飛び移るミッションである。

Houtsは、放射性同位体をこれらのミッションの動力源に用いることは、政治的には大して問題にならないだろうと考えている。1997年に初期の原子力電池を搭載したカッシーニ-ホイヘンス土星探査機が打ち上げられたときは激しい論争が起きたが、今日では状況は全く違っている。Houtsが学術的な講演を行うとき、まず最初に、「NASAが2011年11月に打ち上げたマーズ・サイエンス・ラボラトリー(火星に巨大なローバーを送り込むミッション)に、プルトニウムが搭載されていることを知っていましたか」という質問から始めることが多い。聴衆の約半数は、知らなかったと言う。「こんな言い方をするとおかしいかもしれませんが、私にとってはよい知らせです」とHoutsは言う。「原子力電池が当たり前の技術になろうとしている、と感じ取ることができるからです」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120517

原文

Fission power back on NASA’s agenda
  • Nature (2012-02-09) | DOI: 10.1038/482141a
  • Eric Hand