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3万年前の花が咲いた

氷河期の地球。北方地域には、冷たく乾燥した草地マンモス・ステップが広がり、マンモスやケサイ、ジャイアントバイソンがンが闊歩(かっぽ)していた。だが、マンモス・ステップ生態系は約1万3000年前に消滅し、現在、同様の生態系は存在しない。

このほど、マンモス・ステップ生態系の構成要素であった植物の1種が、ロシアの研究チームにより現代によみがえった。約3万年前ジリス(地上に住むリス)が地中に埋め、永久凍土の中にずっと保存されていた果実や種子を掘り出し、発芽させて開花させることに成功したのだ1。今回花を咲かせた植物は、復活させることができた古代植物の中でも古さが際立っている。これまで最も古い復活古代植物は、約2000年前での種子から育ったナツメヤシだった。

凍結した組織からよみがえった先史時代の植物。

S. YASHINA ET AL. PROC. NATL ACAD. SCI. USA

ジリスの穴は、シベリア北東部のコルイマ川下流の岸辺で発見され、全部で70個にのぼった。それらは現在のツンドラの表面から深さ20~40mのところにあり、周囲からはマンモスなどの動物の骨が見つかっている。そして、一部の穴には果実や種子が数十万個貯蔵されており、そのうえ、低温で乾燥した環境のために保存状態がきわめて良好だった。

この大昔のジリスの穴にあった種子から植物を育てようという試みは、今回が初めてではない。カヤツリグサ、ギシギシ、クマコケモモ、スガワラビランジ(Silene stenophylla)といった草本の種子の育成が試されてきた。しかし、これらの植物は、発芽はするのだが、じきに生育が止まって地上部が枯れてしまい、育てることができなかった。

こうした厳しい状況を打開しようと、ロシア科学アカデミーの土壌科学物理化学生物問題研究所(プーシチノ)のDavid Gilichinskyは、別の方法で発芽を試してみることにした(惜しくもGilichinskyは、2012年2月18日に他界した)。Gilichinskyの研究チームは、スガワラビランジの未成熟の果実から胎座組織を採取し、組織培養したのだ。植物の胎座は、種子の成熟過程を通じて種子に接している部分で、形態形成因子などが存在し、栄養素の輸送にかかわり、盛んに代謝が行われていると考えられる。例えば、ピーマンの内側の白い部分がそれにあたる。

ほどなく、培養組織からシュート(苗条:茎とそれに付いている葉をひとまとめにした単位)が形成された。研究チームはそれをもとにして植物体を増やした。

さらに、このナデシコ科の植物は花を咲かせ、発芽能力のある種子が得られた。すでに繁殖能力を持つ2代目の植物体が育っている。成育した古代のスガワラビランジは、コルイマ川の岸辺に見られる現代のスガワラビランジよりも多くのつぼみをつけた。だが、根の広がり方はゆっくりだった。このことから、昔のスガワラビランジの表現型は現生のものとは異なっており、氷河期の極端な環境に適応していたのだろうと考えられる。

「とうとう、氷河期の植物の復活に成功したのです。なんてすばらしいことでしょう」。こう話すのは、ユーコン古生物学プログラム(カナダ・ホワイトホース)のGrant Zazulaだ。Grantはこれまで、古代種子を発芽させたといういくつかの報告を調査・検討してきた経験を持つ。「絶滅した植物種が、永久凍土に保存されていた種子から現代によみがえるというのは、十分にありうる話です」。

確かに、マンモス・ステップ生態系を構成していた植物の中には、現代まで永らえているものもある。しかしながら、氷河時代のマンモスの胃の中や凍ったリスの食物貯蔵穴から発見されている、彼らが生きた時代のものと全く同じカヤツリグサや野の花などの組み合わせは、今ではどこにも見られない2。だが今後、さらに古い年代(数十万年前)の植物の生きた組織を復活できる可能性はある。そうなれば、もっと長い時間スケールの進化的変化が明らかになり、氷河期などの失われた生態系のようすが解明されるかもしれない、とZazulaは考えている。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120507

原文

Wild flower blooms again after 30,000 years on ice
  • Nature (2012-02-23) | DOI: 10.1038/482454a
  • Sharon Levy
  • *PNAS is not responsible for the accuracy of this translation.

参考文献

  1. S. Yashina et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 109, 4008–4013 (2012).
  2. B. V. Gaglioti et al. Quatern. Res. 76, 373–382 (2011).