News

光メモリーの集積チップ実現へ

光メモリーチップを使えば、通信のエネルギー効率がよくなるかもしれない。

インターネットで伝送されるデータビットは、光信号路と電気信号路を行き来している。データを効率よく伝送するために光信号が利用されるが、処理するためには電気信号に変換されているのだ。だが、このためにエネルギー効率が悪くなる。電気信号を使わない全光ルーターがあれば改善されるであろうが、十分な光メモリーデバイスがないため開発が進んでいない。このたび、NTT先端技術総合研究所のフォトニクス研究所と物性科学基礎研究所の共同研究チームが、消費電力が少なくデータ保持時間が長い小型光メモリーデバイスを開発し、インターネットの高速化・高エネルギー効率化への道を開いた1

研究チームの光メモリーデバイスは、光透過状態と光遮断状態を切り替えてデジタル信号を生成する光共振器を利用している。研究チームは、数年にわたってこうしたデバイスを研究してきたが、これまでのデバイスは消費電力が大きく、また、データを十分な時間保持することができなかった。今回の光メモリーセルでは、消費電力はわずか30ナノワットという従来設計の300分の1以下であり、そのうえデータ保持時間も10秒以上である(従来記録は約250ナノ秒だった)。「これは処理をサポートするのに十分な長さのデータ保持時間です」と、研究チームを率いた納富雅也は言う。

研究チームは、InP(インジウム–リン)の薄いスラブの中央に、長さ約4µm、幅約300nmの光学材料InGaAsP(インジウム–ガリウム–ヒ素–リン)を埋め込んだ。このInGaAsPがメモリーセルとして機能する。InPにはエッチングでナノスケールの孔が開けられ、特定波長の光のみを透過する構造体となっているが、出入りする光を導くためセルの中央を通る経路にはエッチングを施していない。

情報の読み出しと書き込みにはレーザー光が用いられている。特定波長の光をセルに照射すると材料の屈折率が変化して、光パルスを透過または遮断する。それぞれ「1」「0」の状態に対応するが、別の光パルスによって逆も可能になる。また、バイアスと呼ばれる一定のバックグラウンド光となる第二のレーザーは、メモリーセルの状態維持に役立っている。

さらに研究チームは、4つのメモリーセルを同一チップ上に集積化した。納富は、そのようなセルを100万個組み合わせて消費電力30ミリワットのデバイスを作製することが可能と考えている。従来のフラッシュメモリーは、平均50ミリワットの電力を消費する。研究チームは現在、光メモリーの読み出しと書き込みに必要なレーザーと光検出器を同一チップに搭載する研究をしている。

納富によれば、最初のターゲットは、ネットワークルーターやサーバーのメモリーだという。高いデータレートでは光信号のほうが電気信号よりはるかに効率がよいし、光信号と電気信号の相互変換が不要になればエネルギーの浪費が抑えられるからだ。その後、高速コンピューターのランダムアクセスメモリー(RAM)を光RAMに置き換えたいと、考えている。

しかしながら、非営利研究コンソーシアムSemiconductor Research Corporation(米国ノースカロライナ州ダラス)の特別プロジェクトリーダーVictor Zhirnovは、光RAMデバイスが将来コンピュータープロセッサーに使用できるかどうかについては懐疑的だ。光メモリーセルよりも電子メモリーセルのほうがはるかに小さいし、フラッシュなどの既存技術は数十年というデータ保持時間を誇っている、とZhirnovは言う。

一方、カリフォルニア大学バークレー校(米国)のConnie Chang-Hasnainは、「今回のデバイスは比較的長いメモリー保持時間を示しただけでなく、集積化も実証されており、大変おもしろいですね」と話す。「インターネットのデータ混雑はどんどんエスカレートしています。携帯電話からフェイスブックのデータセンターへ送られてくる猫の動画であろうと、コンピューターからサーバーに送られるネットバンキングの情報であろうと、将来、光メモリーがデータルーティングの一部を担う必要が出てくるでしょう」。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120504

原文

Optical memory could ease Internet bottlenecks
  • Nature (2012-02-26) | DOI: 10.1038/nature.2012.10108
  • Katherine Bourzac

参考文献

  1. Nozaki, K. et al. Nat. Photonics advance online publication
  2. http://www.nature.com/doifinder/10.1038/nphoton.2012.2 (2012).