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シナプスの活動を一括して調べることで、神経回路の緻密な配線メカニズムに迫る!

–– 脳神経系の回路に興味を持たれたきっかけは?

池谷: 大学院の修士課程までは、古典的な電気生理学の手法で研究していました。神経細胞に電極を刺し、シナプス電位や活動電位を記録する、というものです。これだと、電極を刺した細胞についてはよくわかるのですが、脳全体のことはいっこうにわかりません。しだいに、脳回路全体の活動を記録し、シンフォニーとして理解したいと考えるようになりました。

そこで、2002年にコロンビア大のラファエロ・ユステ准教授のラボに留学しました。ユステ准教授はイメージング研究の第一人者で、神経細胞の活動を一括して記録しようと試みていました。脳のスライス標本に蛍光色素を取り込ませ、神経細胞の振る舞いを一気に記録するというものです。私は留学先で手法の改良を試み、帰国後も同じ研究を続けました。

入出力端子が 1 万個もある神経細胞素子

–– そもそも脳神経系の回路はどのようなものでしょうか?

池谷: 脳回路は「複数の神経細胞による情報のやりとり」です。実際には、1つの神経細胞が複数の部分回路に組み込まれ、脳機能を兼担しています。1つの神経細胞は、約1万個の上流の神経細胞から入力を受けており、自らもまた約1万の下流の神経細胞に情報を出力します。つまり、神経細胞どうしのつなぎめ(シナプス)が、入力用に1万個、出力用に1万個あるわけです。個々の神経細胞は、それぞれが膨大な情報を集積し、その演算結果を分配する素子といえます。神経細胞においては、入力用の神経線維を「樹状突起」、シナプスにある受信機を「スパイン」と呼びます。出力用の神経線維は「軸索」、送信パーツは「シナプス終末」といいます。

–– 樹状突起からの情報入力に注目されたのですね。

池谷: はい。樹状突起はその名前のとおり、大樹のように枝分かれしています。古典的な理解では、「樹状突起の枝上の点(スパイン)で集められた情報が細胞体で統合され、ある一定以上の強い情報が集積したときに、軸索に向けて強い信号(スパイク)を送り、出力する」とされていました。ところが、1990年代後半に、樹状突起の一部に強い電流を注入すると、出力には結びつかない「局所的スパイク」が観察されることがわかりました。一方で、局所的スパイクは人工的に不自然な状態だから生じたのだという見方も少なくありませんでした。そこで私は、自然な状態で局所的スパイクが生み出すような大きなシナプス入力が本当にあるのかを検証しようと考えて、スパインへの入力のようすを観察することにしました。

–– イメージング手法も独自に開発されたのですか?

池谷: 既存の「カルシウムイメージング法」に独自の改良を加えました。カルシウムイメージング法は、神経細胞が情報を出力したときに上昇するカルシウムイオンを光でとらえる手法で、広く使われています。これを出力ではなくて、入力(つまり、スパインのカルシウムをとらえる)へ応用しようと考えたわけです。ただし、問題もありました。強いレーザー光を当てるために、観察中に神経線維が痛んでしまうのです。試行錯誤の末、光の毒性を下げるために抗酸化剤を適用しながら、照射するレーザーを可能なかぎり小さくするとともに、微弱な光を着実にとらえる超高感度なCCDカメラを用いることにし、「大規模スパインイメージング法」を開発することができました1

図1:大規模スパインイメージング法で得られた、樹状突起への情報入力データ(右)。シナプスの位置を3次元に再構築したところ、近傍のシナプスが同期して活動していることがわかった(左)。

用いる試料も工夫しました。通常、脳を数百µmの厚さに切った脳スライスを用いるのですが、これでは神経線維は切れてしまっています。そこでスライスのまま培養することにしました。すると神経線維が伸びてつながり、再び回路を作るようになります。こうして「数万個の神経細胞からなる回路(マイクロサーキット)」を構築させたうえで大規模スパインイメージングを行ったのです。こうすると、スパインへ情報が入力された際に入力部位が光り、そのようすを回路全体で観察できます。この手法は、これまで可能だった同時観測数を一気に2桁も増やすことになり、世界に大きなインパクトを与えました。

クラスター入力は LTP を介して形成

–– 樹状突起の入力はどうなっていたのでしょう?

池谷: ラット由来の脳スライスを対象に、前述のようなマイクロサーキットを構築し、海馬の神経細胞の樹状突起からの入力についてイメージングしてみたところ、確かに、複数のスパインから同時に情報が入り、局所的に大きな入力が起きていることがわかりました。8µm以内の近傍のスパインがグループ化し、同期して蛍光を発していたのです1。その後、脳スライスではなく、成体のマウスの大脳皮質でも同じように近傍のスパインが同調していることが、東京大学大学院医学系研究科の喜多村和郎准教授との共同研究で確認できましたので、局所同期のルールには普遍性があることがわかりました。そこで私たちはこの現象を「クラスター入力」と呼ぶことにしました。

–– クラスター入力はどのようにもたらされるのでしょうか?

池谷: まず、神経細胞のグループ化は遺伝的に決まっているわけではなく、あるルールのもとに自然と起きる自己組織化現象だと考えました。生物における自己組織化の例としては、シマウマの模様などが知られています。

次に、複数の情報をまとめる際に、互いに近い場所へ集まる入力のほうが安定化するだろうと考えました。つまり、複数の神経細胞がランダムに活動し、その情報がスパインにランダムに送られたとしても、「たまたま近傍で同時に入力された情報が好んで選択され、ほかが削除されるような機構」があれば、自然にクラスター入力が生まれるのではないかと考えたのです。そこで目をつけたのが「長期増強(LTP)」という現象です。記憶や学習においては、特定の神経細胞どうしの情報伝達が長期にわたって高いレベルで維持されるLTPが重要だとされていますが、クラスター入力はLTPを介して形成されるのではないかと仮説を立てました。

状況証拠として、記憶や学習が進行していない「生まれたばかりのラット」では、クラスター入力が観察されないという事実がありました。そこで、誕生まもないラットの海馬スライスを、特殊な薬剤を与えてLTPが起きないようにしたところ、予想どおり、成体になってもクラスター入力がないままであることがわかりました1。さらに、京都大学(次世代研究者育成センター白眉プロジェクト)の松尾直毅准教授に、「LTPが起きたスパインを光らせてラベルできる遺伝子改変マウス」を供与いただき、マウスが学習した後の海馬を調べたところ、やはり近傍のシナプスでLTPが起きやすいことがわかりました。つまり、学習をすると、LTPによってクラスター入力が効率よく作られるのだと推測できたわけです。

脳回路が疾患・障害に関与する?

–– クラスター入力は、脳神経系の疾患や障害にも関与しているのでしょうか?

池谷: 検証はこれからですが、可能性は大きいと考えています。実際、ある種の精神遅滞がスパインの形成異常と関与しているとの報告がなされています。また、初期の認知症はMRIなどの画像診断では目立った異常が検出できないことがあるのですが、もしかしたらクラスター入力などのミクロレベルで変化が始まっているのかもしれません。将来は、創薬や診断、教育などにもつながる研究へと展開できれば嬉しいです。

–– 最後に、今後の目標や課題についてお話しください。

池谷: 私は、今やっている研究から次のインスピレーションを得るタイプのようです。最近は、「神経細胞、血管、グリア細胞の三者が一体となって脳機能を作り出しているようだ」との感触を得ていて、それぞれの回路が独自に機能しつつもゆるく作用し合う仕組みを解析したいと考えています。最終的には、「脳回路学」と呼べる新学問を確立できたら嬉しいです。

–– ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

池谷 裕二(いけがや・ゆうじ)

東京大学大学院薬学系研究科 薬品作用学教室准教授。1993年3月に東京大学薬学部卒業、1998年3月に薬学博士を取得。その後、大学院薬学系研究科の助手、講師を経て、2007年8月より現職。途中、2002年12月から2005年3月までコロンビア大学生物科学部門に留学。

池谷 裕二氏

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120520

参考文献

  1. Takahashi et al. Science 335:353-356 (2012)