Editorial

インフルエンザウイルス論文は、全文掲載が当然

インフルエンザと公衆衛生の専門家が、2012年2月16~17日に世界保健機関(WHO)本部(スイス・ジュネーブ)に集まり、NatureScienceによって受理されながら掲載されていない論文の問題について議論した(go.nature.com/uyr1uu参照)。会議では、今回の問題の理論的根拠は、米国バイオセキュリティー科学諮問委員会(NSABB)のPaul Keim委員長代行による見解だけであることが明白になった(本誌2012年4月号9ページ参照)。

こうした問題を系統的に審査するために設立された機関が、世界中でNSABBだけであるという点に関しては、米国政府とNSABBの功績といえる。NSABBは、関係するすべての政府部署(情報機関と安全保障機関を含む)の職権上の代表者に加えて、独立した立場の研究者によって構成されている。NSABBの助言は、今回の研究の影響と規制可能性に関する公開の議論における重要な第一段階となった。第二段階が今回のWHO会議で、WHOは、NSABBと同様に、勧告を行う権限しか持っていない。

論文掲載をめぐる問題点を考えるうえでは、背景事情を知ることが重要だ。2003年にNatureとその他多くの論文誌の出版母体が集まって、公衆衛生や科学に利益をもたらす反面、バイオセキュリティー上の危険性を伴う可能性のある論文について、その掲載を審査する際の編集手順を定めた(Nature 421, 771; 2003参照)。この会議で採択された声明では、掲載することで生じる危険性が利益を明白に上回る論文については、不受理とする可能性を視野に入れていた。Natureでは、これに従って、独立した立場の顧問を起用し、今回の論文を検討したが、ほとんどの顧問は全文掲載を勧告した。バイオセキュリティー上の理由から誌上掲載を差し止める勧告のあった論文がNature系論文誌に投稿されたのは、これが初めてだった。

NSABBの意見が示されたこともあり、NatureScienceの双方は、単に投稿論文を不受理とするのではなく、もう1つの選択肢、つまり、重要な方法とデータを省略した編集版を掲載することを検討した。ただし、この選択肢が成立するためには、公衆衛生上の理由でこの研究結果を入手する必要のある者やこの科学研究をさらに進めることのできる者に対しては完全版を頒布する方法が存在する、というのが条件になると思われる。NatureScienceの両誌は、それに対応して完全版と編集版を作成した。

WHO会議に参加した者は、厳しい秘密保持義務を条件として、2編の論文の完全版と編集版を検討した。すでにブログやニュース報道では、この研究で新規の方法が用いられておらず、一方の論文が公開の会議で発表されていることから、編集版には意味がないという見解が示されていた。WHO会議参加者の1人は、「完全版と編集版を読んで初めてわかりましたが、編集版は何の役にも立たないと思います」と話す。

もう1つ、未発表データからもわかったことだが、哺乳類における感染力の脅威がこれまで考えられていた以上に大きいだけでなく、現存する鳥インフルエンザウイルスには、今回の研究で同定された変異の一部が存在しているのだ。つまり、ヒトに対する差し迫った危険が、すでにかなり高い程度に達している。また、WHO会議では、新たなデータを入手することがインフルエンザの監視にとって貴重であり、ウイルスの感染力の根底にある機構とH5N1感染者の高い死亡率を解明するために、今回の研究成果に基づいてさらなる研究を進めるべきだという結論が示された。

編集版では十分な機能は発揮されないこと、また全世界の公衆衛生に対する差し迫った危険を考えると、バイオセキュリティーを理由とした反対論は、研究論文の掲載や今後の研究を差し控えることの論拠としては、あまりにも一般論で、仮説的だと思われる。また、NSABBの勧告とWHO会議での勧告(go.nature.com/ky2skc参照)に関して言えば、それぞれの勧告に至るまでの議論で、問題となっている安全保障面、社会面と研究面の利害が十分には検討されていない。この点の議論を続けることが非常に重要だ。

今回の論文については、バイオセキュリティーやバイオセーフティー上の危険性が見つからないかぎり、最終的には全文掲載すべきだ、というのがNatureの考え方である。

翻訳:菊川 要

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120527

原文

Flu papers warrant full publication
  • Nature (2012-02-23) | DOI: 10.1038/482439a