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米国を超えるアジアの科学技術投資

米国は競争への不安を抱えている。それはズバリ、「中国をリーダーとするアジア圏が、米国に代わって、世界における科学と技術の原動力になろうとしている」という現実だ。それを明確に示したのが、2012年1月17日に発行された約600ページに及ぶ米国立科学審議会(NSB)の『科学工学指標2012年版』だ。そこでは、世界の研究活動の現状が概観され、教育、学術インフラ、知識ベースの労働力、国際市場に関する調査結果が明らかにされている。これについて、一部の政策専門家は、このようなトレンドは米国の利益につながる協力関係を樹立するチャンスだと指摘する。

「相当な規模の科学とイノベーションが国外で進められており、このことを我が国は心しなければなりません。長期的に見た場合、我が国の競争力に悪影響を与えるおそれがあるからです」。こう話すのは、米国立科学審議会のRay Bowen会長だ。NSBは、米国政府の主要な研究助成機関の1つである米国立科学財団(NSF)を監督している。

高まる影響力 アジアの10の国と地域での研究開発投資は、過去15年間で3倍に膨れ上がり(1)、ジャーナル掲載論文数も増加した(2)。米国とアジアの研究者による共同研究の数は2000年以降ほとんど変わっておらず(3)、このことは、米国がアジアでの研究を利用するために努力する余地があることを示唆している。中国で科学系学位の授与数が急増していることから(4)、この傾向は、今後も続くと考えられる。

NSF

『科学工学指標2012年版』によれば、2009年に、中国、インドなどアジアの10の国と地域における研究開発投資の総額は、米国に追いついてしまった(「高まる影響力」参照)。「この新しいデータをきちんと認識して、『現在の財政難にあっても、研究開発投資を最優先する必要がある』という正しいメッセージが、米国政府(と業界)に伝わるよう期待しています」。こう話すのは、マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)の研究担当副総長のClaude Canizaresだ。

これに対して、ロチェスター工科大学(米国ニューヨーク)の工学者で、科学政策の専門家であるRon Hiraは、真の問題点は、米国の研究開発投資が少なすぎることではなく、2000年以降、米国でハイテク製造業に投資を振り向ける力が衰えてきていることだと指摘する。Hiraによれば、インドと中国のほうが、ハイテク産業の保護と育成に熱心だったのだ。米国では、「終わりなきポスドク研究に取り組む研究者が多すぎます。その研究成果をいかに経済成長に結びつけるかが大事なのです」。

ジョージア工科大学(米国アトランタ)で科学とイノベーションを研究するHenry Sauermannは、米国は考え方を改める必要があるかもしれないと話す。各種指標によれば、知的財産や訓練を受けた人材がアジアと開発途上国で生まれる可能性は、ますます増大しているという。米国は、失われてしまう可能性のある価値の作り手として行動するのではなく、アジアの発想と専門知識を活用すべきなのだ、とSauermannは言う。

例えば米国の研究者は、もっと努力して、中国人著者ないしは中国語の論文を読み、中国の研究機関との共同研究を進めるべきなのだ。「中国での研究予算は増えており、研究論文が公開され、誰もが利用できるようになっています。これはチャンスです」。

一方、オハイオ州立大学(米国コロンバス)に所属する科学政策の専門家Caroline Wagnerは、科学工学指標の対象は、トムソン・ロイターズに索引登録されているジャーナルに掲載された研究論文だけであり、全世界の論文数の10%にも満たない(Wagnerの推定による)ことにも留意すべきだという。つまり、開発途上国での科学研究の相当部分は、科学工学指標に反映されておらず、この点をきちんと認識することが重要だと話す。

科学工学指標の対象外となった論文は、英語以外の言語で書かれている可能性が高く、その論文の書かれた国の利益になるものが多い(例えば、ブラジルの果樹に関する研究や中国の菌類に関する研究)。それは、必ずしも米国など世界経済を担うメンバーには役立たないかもしれないが、「とてつもない規模の科学研究が見過ごされていることを、忘れてはいけません」とWagnerは指摘する。

翻訳:菊川 要

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120423

原文

Research in Asia heats up
  • Nature (2012-01-26) | DOI: 10.1038/481420a
  • Eugenie Samuel Reich