高エネルギーの原子X線レーザーを実現
ローレンスリバモア国立研究所(米国カリフォルニア州リバモア)のNina Rohringerらは、原子の状態遷移によるレーザー(原子レーザー)としては初めて、光子エネルギーが849電子ボルト(eV)と高いレーザーの発振に成功し、Nature 2012年1月26日号に報告した1。今回のレーザーの光子エネルギーは軟X線領域にある。軟X線領域の原子レーザーはすでにあったが、これほど高い光子エネルギーを持つものは初めてで、今後の目標である硬X線領域(光子エネルギーが5keV超)の原子レーザーに向けて、重要な第一歩を踏み出したと言える。
今回のレーザーは、一般のレーザーと同じように原子の反転分布を利用している。反転分布とは、ある原子の集まりにおいて、低エネルギー状態にある原子よりも、高エネルギー状態にある原子のほうが多い状態のことだ。Rohringerらは、960eVのエネルギーの光子を出すX線自由電子レーザー(注・今回のレーザーとは原理が異なり、原子の反転分布を使っていない)という装置を使い、ネオンガスに反転分布を作り出した。
Rohringerらが使ったX線自由電子レーザーは、SLAC国立加速器研究所(カリフォルニア州メンローパーク)の「線形加速器コヒーレント光源」(LCLS)だ。LCLSは、高品質・高エネルギー(最大14GeV)の電子ビームを使った、自己増幅自発放射(SASE)によるX線発生装置で、ネオンの反転分布を作るのに不可欠の道具となった。つまり、LCLSは、新しい原子X線レーザーの発振に必要なポンピング(原子などをエネルギーの高い状態に引き上げること)に使われた。
今回は、X線レーザーの発振にX線自由電子レーザーを使う必要があった。このような事実は、新しいレーザーの意義を低めてしまわないのだろうか。これについては、そうした面と、そうとはいえない面の両方がある。LCLSはすでに、これまでにない輝度のレーザー様X線を作り出しており2、その光子エネルギーも500eV〜8keV超の範囲で調整可能だ。パルスは5〜80フェムト秒(fs、1フェムト秒は10−15秒)の長さで、1個のパルスには最大で1013個の光子が含まれている。LCLSは、実験室内でkeVエネルギーの強いX線に材料をさらす研究を初めて可能にし3,4、さらに、単一ナノ結晶5やウイルス6の画像撮影にも使われた。
しかし、自己増幅自発放射に基づくX線自由電子レーザーは、すべて、その放射の品質に関して原理的な限界を抱えている。その放射プロセスは本質的に偶然に支配される面を持っているため、時間的コヒーレンスは低く(つまりX線場を作る波がよく同調しておらず)、一連のレーザーパルスにおけるスペクトルと時間のジッター(揺らぎ)が大きいのだ。
昔から広く使われてきた方法に、あるタイプの可視光レーザーでエネルギーを与えて反転分布をポンピングし、別の光学的性質を持ったレーザーを実現させるというやり方がある。例えば、フェムト秒可視光レーザーをポンピングするために、ナノ秒可視光レーザーが使われている。Rohringerらは今回の研究で、この考え方をスペクトルのX線領域へと広げた。
光子エネルギーが20〜300eVと低い初期のX線レーザーでは、電気放電あるいは高強度可視光レーザーによって作られたプラズマ媒質の中で、電子衝突、再結合、光イオン化などの物理過程によってポンピングが行われていた7。しかし、反転分布をポンピングするために必要なエネルギー密度は、レーザー光子エネルギーの3乗に応じて大きくなるので、こうしたシステムには限界があった。
よりエネルギーの高いX線レーザーを実現するには、非常に高いエネルギー密度が必要だ。実際、1980年代にローレンスリバモア国立研究所で研究が進められたエクスカリバー国家防衛計画では、熱核爆発で生じる極端に高いエネルギー密度でポンピングして、反転分布硬X線レーザーを実現する検討がなされた8。しかし、このようなX線源の応用分野は限定されてしまう。
Rohringerらの実験は次のようなものだった。LCLSのX線パルス(1個のパルスに1012個以上の960eV光子を含み、長さは40fs)を、直径数µmのビームに集中させ、ネオン原子の高密度の試料にぶつけた。この結果、高いエネルギー密度が得られ、ネオン原子の多くが基底状態(状態0)から、電離した高いエネルギー状態へポンピングされ、反転分布が作られた。励起状態のネオンイオンの大半は、オージェ過程というメカニズムにより、約2.7fsのタイムスケールで崩壊する。しかし、その一部は状態2よりも低いエネルギーを持つ状態(状態1)へ放射遷移する。LCLSのX線放射は多数の状態2のネオンイオンを突然作り出し、状態1のイオンも状態0が状態2に移るのと同じくらい急速に減少するので、状態2と状態1の間に一時的な反転分布ができ、それがレーザー発振を引き起こす(図1b)。
Rohringerらが実現したX線レーザーの最も重要な性質は、放出されるX線パルスが正確な中心エネルギーを持ち、エネルギーの広がりの幅は1eV未満であること、さらに中心エネルギーはネオンイオンの原子としての性質の結果であることだ。ネオンイオンが原子として備えている性質は量子力学の法則の結果であり、パルスごとに変化することはない。一方、ネオンガスに衝突し、ネオンガスを透過するLCLSのX線パルスのエネルギー幅は、1個のパルスでも8eVあり、多数のパルスにわたって平均すると15eVに近い(図1)。Rohringerらはこのプロセスをモデル化し、1eVというエネルギー幅は、ネオン試料から放出されたパルスの短い持続時間(約5fs)によって決まる物理的限界と矛盾しないことを示した。放出されたX線のエネルギー幅が小さいことは、849eV X線の時間的コヒーレンスはLCLSパルスよりも10倍以上高いことを意味している。
RohringerらのX線レーザーの出力は、LCLSの放射よりも低いが、コヒーレンスが大きく改善され、エネルギー幅も小さい。これは、正確なX線のエネルギー値を必要とする新しい研究領域を開く。そうした研究領域には、例えば光イオン化や非弾性X線散乱などの物理過程の研究があり、こうした過程は物質中の超高速変化の研究に使われる。さらに、RohringerらのX線レーザーパルスとLCLSパルスはぴったりと同調しているので、光子エネルギーの異なる2つのX線場が、試料に同時に相互作用することが必要な実験にも使えるはずだ。
X線自由電子レーザーでポンピングするRohringerらの方法は、ほかの反転分布に基づく方法でX線レーザーを生成した場合よりも、光子エネルギーがずっと高い。それだけでなく、レーザーのパルス繰り返し率(X線パルスが作られる頻度)は、自由電子レーザーと同じくらい高い。LCLSのパルス繰り返し率は最大で120ヘルツであり、それ以前のどのX線レーザーよりも100倍以上高い。今回の新しいレーザーはLCLSよりも取り扱いが難しいが、その光子エネルギーの高さ、安定性、パルス繰り返し率を考えれば、物質の時間分解構造解析にかなり役立つ可能性がある。
翻訳:新庄直樹
Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 4
DOI: 10.1038/ndigest.2012.120430
原文
Even harder X-rays- Nature (2012-01-26) | DOI: 10.1038/481452a
- Jon Marangos
- Jon Marangosは、英国インペリアル・カレッジ・ロンドンのブラケット研究所に所属。
参考文献
- Rohringer, N. et al. Nature 481, 488–491 (2012).
- Emma, P. et al. Nature Photon. 4, 641–647 (2010).
- Marangos, J. P. Contemp. Phys. 52, 551–569 (2011).
- Young, L. et al. Nature 466, 56–61 (2010).
- Chapman, H. N. et al. Nature 470, 73–77 (2011).
- Seibert, M. M. et al. Nature 470, 78–81 (2011).
- Elton, R. C. X-ray Lasers (Academic, 1990).
- Ritson, D. M. Nature 328, 487–490 (1987).