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遺伝子に刻まれた知能

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80年前に行われたスコットランドの知能検査から新しい結果が得られた。当時、11歳だった被験者のうち、現在も生存している人の追跡調査を行い、老年期における知能の維持には遺伝要因が関係していることがわかったのだ1

研究者たちは長い間、加齢に伴って認知機能はどのように変化するのか、また、認知機能が急速に衰える人もいればそうでない人もいるのはなぜか、解明しようとしてきた。しかし、これまでの研究では、多くの場合、すでに老年期の者が被験対象となっていた。

1990年代後半、エディンバラ大学(英国)の心理学研究者Ian Dearyの研究チームは、あるデータセットの存在を知った。スコットランドでは1932年および1947年に、11歳の小児数千人を対象に一般知能検査が行われていたのだが、このデータは何十年も極秘にされていたのだ。Dearyは、これこそ、加齢に伴う認知機能変化の研究をさらに進展させられるものだと思った。

Dearyらは、早速、11歳のときに知能検査に参加した人を捜し始めた。だが、多くの人は11歳のときに検査を受けたことを覚えていなかった。それでも約2000人のDNAサンプルを集め、新たに知能検査を行った。このとき、被験者の年齢は65歳以上になっていた。

これまでの研究チームのデータの解析からは、小児期の知能は老年期の知能とよく相関することが示されていた。「しかし、完全な関連ではありません。小児期よりも老年期に知能が高い人もいれば、その逆の人もいるのです」と、Dearyは言う。そこで、Dearyらは、ほかの人よりも速く知能が「老化する」人がいることに注目した。

安定した遺伝

Dearyらは、集めたDNAサンプルについて、50万個以上のありふれた遺伝的多型(ゲノムのDNA配列が一塩基のみ変化している)の有無を調べた。そして、これらの多型が認知機能の安定性(年を取っても知能がどれほど維持されているか)に関連するかどうかを計算した。

2000人というサンプルサイズは小さすぎるため、認知機能の安定性に関連する個々の遺伝子シグネイチャーを追跡するのに必要な統計的検出力は保証できない。しかし、遺伝要因がどの程度認知機能の老化に寄与するかを見積もるには十分だった。これらの多型により、認識機能の安定性の違いのおよそ4分の1を説明できることがわかったのだ。

次の段階は、この形質の基礎となるDNA配列変化の同定だろう。「ここで示された遺伝的影響が本当に意味するのは何でしょうか? そして、それは生物学的にどのように作用しているのでしょうか?」こんな問いを投げかけるのは、コロンビア大学医療センター(米国ニューヨーク)の神経心理学者Yaakov Sternだ。彼はこの研究にかかわっていない。

認知機能の老化に、教育、職種および余暇活動などの環境要因が与える影響を研究しているSternは、このスコットランドの「魅力的な」データから、加齢に関連する認知機能の低下に遺伝要因が寄与する程度について、貴重な知見を得ることができたと言う。その一方で、遺伝要因は環境とも相互作用するため、知能は多かれ少なかれ環境の影響を受けていることに注意すべきだとも言い、「まだ、環境の影響を考慮する余地がたくさんあります」と主張する。

デューク大学医療センター(米国ノースカロライナ州ダーラム)の遺伝学者David Goldsteinは、「現在、変性疾患の遺伝的基礎がたくさん研究されており、生涯を通じて維持される知能に影響を与える個々の遺伝的多型のいくつかが明らかになるかもしれません」と語る。また、Sternは、英国のNational Survey of Health and Development(NSHD;全国健康発育調査)のようなほかの大規模で長期間にわたる研究(Nature ダイジェスト2011年6月号「揺りかごから墓場まで―英国コホート研究」参照)の参加者が老年期に達することから、Dearyらはまもなくより多くのデータを得られるだろうと言う。

「これらの遺伝的影響を見つけるために、何が必要になるかはわかりません。しかし、確かに存在するとわかっていることが、我々を探求へと駆り立てるのです」とGoldsteinは語っている。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120403

原文

Life-long intelligence in the genes
  • Nature (2012-01-18) | DOI: 10.1038/nature.2012.9842
  • Heidi Ledford

参考文献

  1. Deary, I. J. et al. Nature 482 212–215 (2012).