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赤ワインはなぜ健康によいか

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赤ワインが体によいというのをしばしば耳にするが、これは赤ブドウの皮に豊富に含まれているレスベラトロールの効果による。レスベラトロールは、ブドウだけでなく多くの植物で作られており、数種の生物において寿命を延ばすと考えられる経路を活性化すること1や、レスベラトロールを摂取させたマウスは高脂肪食を食べても体重増加や糖尿病が見られないこと2,3が報告されている。

だが、こうしたレスベラトロールの効果の生化学的機構については、議論が続いている。このほどCellに発表された論文は、これまでの研究結果とは異なり、レスベラトロールの類似薬の開発について疑問が浮上している4

2004年、レスベラトロールの有効性を報告した研究者数人により、糖尿病のような加齢に伴う疾患の克服を目的として、Sirtris社が設立された。この社名は、老化に関係するタンパク質サーチュインからきている。設立者たちは、レスベラトロールの作用の一部は、サーチュインの一種、Sirt1の活性化によると主張していたからだ。

それ以来、多くの研究者がレスベラトロールの作用機序に取り組んできた。だが、期待とは裏腹に、これまでの結果はSirt1活性の測定に用いたテストに人為的な影響があったためであり、レスベラトロールは直接Sirt1を活性化しないこと5が示され、議論となっている。

ミッシング・リンク

今回の研究を率いた米国立心肺血液研究所(メリーランド州ベセスダ)の内分泌学者Jay Chungは、別の酵素AMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)に注目した。AMPKは、細胞がエネルギー枯渇状態である場合、およびマウスにレスベラトロールを与えた場合の両方で活性化されるが、レスベラトロールはAMPK活性化の直接の引き金にはならない。

研究チームはまず、環状AMP(cAMP)によって制御される一連のタンパク質を同定した。cAMPは、細胞のエネルギー産生が低下すると最初に産生される化学伝達物質の1つである。こうしたcAMPのエフェクタータンパク質を阻害すると、レスベラトロールはAMPKを活性化できないことがわかった。さらに、レスベラトロールが、cAMPを分解するホスホジエステラーゼを阻害することで、cAMPレベルを上昇させることもわかった。また、筋肉細胞に豊富に存在するタイプのホスホジエステラーゼ(cAMP特異的)の阻害剤をマウスに投与すると、まるでレスベラトロールを摂取したかのように反応した。高脂肪食を摂食しても、体重は増加せず、糖尿病も発症しなかったのだ。このとき、マウスの筋肉では、レスベラトロールによって誘導される多くの遺伝子が発現していた。

ペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア州)の分子生物学者Joseph Baurは、今回の成果について、「この分野を大きく進展させると思います」と言い、レスベラトロールの生化学的機構について多くのことが明らかになったとも付け加えた。しかし、ワシントン大学(米国シアトル)の生化学者Matt Kaeberleinは、レスベラトロールが効果を発揮するには、もっとさまざまな生物学的経路の活性化が必要だと考えている。

Sirtris社は、副作用のため、2010年にレスベラトロールに基づく薬剤の開発を中止したが、類似化合物の探索は続けている。Chungは、類似化合物も直接Sirt1を活性化するのではなく、ホスホジエステラーゼの阻害により作用しているのかもしれないと言う。しかし、同社の最高経営責任者George Vlasukは、レスベラトロールがホスホジエステラーゼの阻害によって作用することについては懐疑的だ。Vlasukは、Chungらが用いたホスホジエステラーゼ阻害剤はレスベラトロールよりはるかに強力なので、レスベラトロールが同じ機序で糖尿病や肥満を予防していると仮定するのは正確ではないと言う。さらに、同社が、かなり以前に、自社の他の薬剤がホスホジエステラーゼの阻害には作用していないと結論したとも付け加えた。

最近、慢性閉塞性肺疾患の治療を目的として、筋細胞で産生されるホスホジエステラーゼを阻害する薬剤が承認された。Chungは、この薬剤が2型糖尿病発症のリスクがある患者に与える効果を検討する臨床試験を行うことを望んでいる。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120404

原文

Questions hang over red-wine chemical
  • Nature (2012-02-02) | DOI: 10.1038/nature.2012.9970
  • Ewen Callaway

参考文献

  1. Howitz, K. T. et al. Nature 425, 191–196 (2003).
  2. Baur, J. A. et al. Nature 444, 337–342 (2006).
  3. Lagouge, M. et al. Cell 127, 1109–1122 (2006).
  4. Park, S.-J. et al. Cell 148, 421–433 (2012).
  5. Beher, D. et al. Chem. Biol. Drug Des. 74, 619–624 (2009).