Editorial

フランスが原子力発電所の安全対策を強化

スリーマイル島とチェルノブイリの原発事故の際には、それぞれ安全基準の徹底的な見直しが行われた。しかし、事故が過去の出来事になってしまうと、原子力産業、規制当局と政府は、原子力の安全性は回復され、専門家の手にゆだねられている、という安心感を与えるメッセージを出すことに後戻りしてしまった。

2011年3月に発生した福島原発事故の影響について語るのは、時期尚早であろう。しかし、福島第一原子力発電所の防御が崩壊したことで、現代の原子力の安全性に関する基本ドグマが崩れ去ったことは明白だ。そのドグマとは、安全性を確保するための一連のバックアップシステムや冗長システムを装備し、専門家が予測する外的脅威に対抗できる十分に強力な物理的防御を組み合わせれば、壊滅的な炉心溶融や放射性物質の環境中への放出は起こらないとするものだ。

福島での大災害から1年が経とうとしているが、福島原発事故は、原子力事業にとっての転換点となるのだろうか。それとも単に通常営業に戻るだけなのだろうか。フランス原子力安全局(ASN、パリ)のAndré-Claude Lacoste局長は、1月3日に行われた記者会見で、すでに状況は変化したとする見解を示し、「福島前と福島後では異なった対応になる」と約束した。

世界原子力発電事業者協会(WANO)は、その会員である事業者が福島原発事故を受けて適切な対応をする必要性を強調し、WANOによる原子力発電所の検査と監督を強化した。フランスは世界屈指の原子力発電立国であり、世界中で原発が廃止されれば最も大きな損害を受けるが、WANOの新たな方針は、このフランスにも適用された。ASNは1月3日に報告書を公表し、フランス国内のすべての原子炉の安全対策を全面的に強化することを発表した(Nature 2012年1月12日号121ページ参照)。

ASNが計画している総額数十億ユーロの安全対策強化は、フランス国内の原子炉について、極端事象に対する耐性と重大事故への対応準備を評価するテストプログラムの一環として実施される。この報告書は、驚くほど率直に書かれており、冷却水か電力の供給停止で、最悪の場合には、数時間以内に原子炉の炉心溶融が起こると明確に記されている。さらに、「ストレステスト」で見つかった多くの問題点も列挙されている。ストレステストでは、複数の原子力発電所における安全面の一部が現行の規格に適合していないことも判明している。

この報告書に対しては、原子力発電所の規制に責任を負うASNが、なぜこうした問題点をこれまで指摘しなかったのか、いぶかる論者がいるだろう。また、ASNがフランス国内の原子炉が基本的に安全だとした声明と、安全性の見地から設備更新が必要だと断言したこととの整合性を保てるのかどうか、疑問視する者もいるはずだ。しかし、国内の原子炉や規制の問題点を表立って論じることに積極的でない国が多い中で、原子力発電の欠点を挙げたフランスを不利な立場に立たせることは間違っている。福島原発事故以降、透明性のある議論よりも一般市民を安心させることを優先させる世界的風潮の中で、今回のASN報告書は「一服の清涼剤」といえる。

ASNは、原子力発電所を自然災害のような外的脅威からどのようにして守るのかという(世界共通の)ジレンマを回避するため、技術的解決法も提示した。今回の報告書では、すべての原子炉について、その脆弱性の程度を問わず、安全システムに「ハードコア」層を新設することが勧告されている。その中核層は、制御室と発電機、ポンプによって構成されており、発電機とポンプは、発電所自体の設計耐久性をはるかに超える物理的脅威にも耐えうるバンカー状の建造物に格納される。

この新政策がフランス政府によって最終的に実施されるかどうか、懐疑の声は当然出るだろう。バンカー状の建造物という構想は技術的に難しいかもしれない。原子力発電所を運営するフランス電力公社が新たな安全システムの費用を負担することになるだろうが、「高価なぜいたく品」と考える者もいるのではなかろうか。

長期的な展開はさておき、このフランスの計画には、直ちに得られるメリットがある。福島原発事故を受けて引き上げられた安全基準を、他国に浸透させることができるのだ。このフランス案に賛成できない政府、規制当局、企業は、その理由を今すぐ説明する必要がある。

翻訳:菊川 要

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120433

原文

Get tough on nuclear safety
  • Nature (2012-01-12) | DOI: 10.1038/481113a