セントロメアの研究からヒストンと似た新規のタンパク質が見つかった
–– ヒストンコードとは何ですか?
深川: 遺伝というと、一般的にはDNAの塩基配列が思い出されるのではないでしょうか。それによって遺伝情報がコードされ、次世代に伝えられるという。しかし最近、塩基配列とは別の情報も次世代に伝達されることがわかってきました。塩基配列は変化していないのに、生物の表現型が変化し、その表現型が伝わることがあるのです。
その情報を伝える実体は何なのか、世界中で探索されています。現在有力視されている1つが、ヒストンの修飾です。ヒストンの修飾状態が情報としてコードされていると考えられ、それをヒストンコードと呼んでいます。
–– そもそもヒストンとは何でしょう?
深川: ヒストンは、DNAを巻き付ける球状のタンパク質です。DNAは細長いひも状なので、ところどころでヒストンに巻き付いて、絡まないようになっています。DNAは、生体内では、ヒストンと一緒に存在します。そのヒストンに、メチル基やアセチル基が「付く」「付かない」といった修飾状態が、コードになっていると考えられています。
–– 深川先生は、ヒストンコードに異議を唱えている?
深川: いや、そうではありません。ヒストン以外にも情報コードが存在するのではないか、と言っているのです。だから、もっといろいろなコードを探すべきだと。遺伝という現象は複雑で、DNAの塩基配列とヒストンの修飾のみが担うといった単純なものではないだろうと思います。今回のセントロメアの研究で、特にそう考えさせられました。
セントロメアは塩基配列で決まらない
–– セントロメアとは何ですか?
深川: 細胞内でDNAは、染色体として存在しています。ヒトでしたら46本の染色体があります。セントロメアとは、その染色体の中央付近の領域を指します。
それがどういう働きをしているかというと、細胞が分裂する際、このセントロメアの上に特殊なタンパク質が集まってきて、タンパク質の複合体が形成されます。すると、細胞の両端から繊維が伸びてきてこのタンパク質複合体に接着し、各染色体を運んでくれるのです。
–– セントロメアは重要なのですね。
深川: そうなのです。セントロメアの上にタンパク質複合体がきちんと形成されないと、染色体がうまく分配されません。すると、娘細胞にすべての染色体が伝わらず、がんなどの病気が起きたり、突然変異が起きたりします。
–– その研究が、ヒストンコードとどのようにつながるのでしょうか?
深川: 先ほど、セントロメアは染色体の中央付近と言いました。しかし、染色体をDNAのレベルで細かく見ると、どのDNA領域がセントロメアとして機能するのかがよくわかっていないのです。今回の私たちの研究は、それを明らかにしました。そして、ヒストンと似ているが異なるタンパク質の重要性が見えてきたわけです。
–– セントロメアとして機能するDNA領域がわからないという意味は?
深川: セントロメア研究の歴史から説明させてください。今から20年ほど前、セントロメアは、ほかの場所と何が違うのだろうかと、いろいろな生物のセントロメア領域のDNA配列が調べられました。その結果わかったことは、セントロメアとして機能する場所は、それを決める特殊なDNA塩基配列を持つのではなく、どのような塩基配列でもかまわないということでした。いったん、セントロメアとして機能する場所が決定されると、それは次世代に受け継がれていくのです。遺伝情報として塩基配列のみが強調されていた時代なので、皆が驚きました。
それで、セントロメアの場所を決めているのは何なのかが探索され、センプA(CENP-A)というヒストンタンパク質が決め手らしいとわかってきました。あらゆる生物のセントロメアに、センプAが伴われていたからです。この分子に皆が注目し、熱心に研究されてきました。
–– やはりヒストンタンパク質がセントロメアを決めていたのですか。
深川: そうなのですが、私自身は、セントロメアの機能構築には、センプA以外にも重要なタンパク質がもっとあるはずだと感じていました。センプAだけでは説明しきれない点がたくさんあったからです。
コードとなる新タンパク質を同定
–– 今回、セントロメアの機能構築を決めるタンパク質が見つかったのですか。
深川: はい。ここからが私たちの今回の研究の話です。セントロメアの上に多種類のタンパク質が集合しますが、それらの性質を徹底的に調べたのです。すると、その中に、DNAに結合する性質を持ち、ヒストンに似ているタンパク質複合体が2つ見つかりました。センプ-T-W(2量体)とセンプ-S-X(4量体)です。
そこで構造解析技術を用いて、この2つのタンパク質の結晶を作り、性質を詳しく調べました。すると、おもしろい実験結果が次々と出てきたのです。この2つが出会うと反応が起こり、センプ-S-X(4量体)の半分が、センプ-T-W(2量体)に入れ替わり、1つの複合体(センプ-T-W-S-X)が形成されるのです。
さらに驚いたことに、この複合体が形成されると、それにDNAが巻き付いて独自の構造が形成されました。このセンプ-T-W-S-X複合体こそが、セントロメアの機能構築のカギとなるタンパク質だとわかったのです。これで、セントロメアがどのように形成されていくのかという謎が解明できたと思っています。いろいろな生化学的実験や変異導入試験でその重要性を証明することができました(図1)。
–– センプAは重要でないのですか?
深川: いいえ、センプAは重要です。おそらく、セントロメアが機能するための目印として働くのだろうと想像しています。
–– センプ-T-W-S-X複合体の何がコードなのですか?
深川: 実はセンプ-S-Xは、セントロメア以外でも働いていることがわかっています。細胞内でDNAが傷つくと、その修復が起こるのですが、DNAの損傷部位にセンプ-S-Xがさっと移動するのです。そして、そこでは別なタンパク質と複合体を作って機能するのです。
ここからは推論ですが、ヒストンに似たタンパク質はほかにもたくさんあって、それが、さまざまなDNA領域で独自の機能を果たすように情報を与えているのではないかと思うのです。センプ-T-W-S-X複合体は、セントロメアの機能構築でコードとしての役割を持ちますが、ほかには、転写にかかわるヒストンに似たタンパク質がDNAと結合して、転写のオンオフを制御するなどの例が想像されます。ヒストンだけでなく、ヒストンに似たほかのタンパク質も独自のコードを持っているのではないでしょうか。
–– センプ-T-W-S-X複合体の発見という成果は、構造解析を取り入れたから?
深川: はい。今回の研究論文の筆頭著者である西野達哉君が、2年半ほど前に、私たちの研究室に来てくれました。彼は、構造解析の専門家であり、生物学にも興味があります。そのおかげで、例えば突然変異を加えた影響を調べるときでも、すぐに構造にフィードバックして、その図を見ながら検討することができます。研究の視野が広がり、生物学のレベルが違ってきたように思えます。
私は、大学院時代の恩師に、新しい技術を取り入れることに躊躇してはいけないと教わりました。装置がないことも言い訳にならない。世界の誰かがその技術や装置を利用しているならば、それを前提に自分も研究を進めていかなくてはいけないと。今回の研究でも、その教えが役立ったと思っています。
–– ありがとうございました。
聞き手は藤川良子(サイエンスライター)。
Author Profile
深川 竜郎(ふかがわ・たつお)
国立遺伝学研究所教授。1995年総合研究大学院大学生命科学研究科博士課程修了(理学博士)。同年、英国オックスフォード大学博士研究員。1999年国立遺伝学研究所助手、2003年助教授を経て、2005年より現職。2002年、日本遺伝学会奨励賞受賞。2005年、文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。
Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 4
DOI: 10.1038/ndigest.2012.120426
参考文献
- Nishino T, Takeuchi T M, Gascoigne K M, Suzuki A, Hori T, Oyama T, Morikawa K, CHEESEMAN I M, and Fukawaga T, Cell 148, 487-501 (2012).
- Hori T, Amano M, Suzuki A, Backer CB, Welburn JP, Dong Y, McEwen BF, Shang WH, Suzuki E, Okawa K, Cheeseman IM, and Fukagawa T, Cell 135, 1039-1052 (2008).