ハイヒールを履いたゾウ
ゾウの足は、厚底の靴のようなつくりをしている。ゾウの足は太くて硬い柱のように見えるが、実際にはウマやイヌと同じようにつま先立ちの状態である。かかとの下に厚い脂肪のクッションがあるため、底が平らに見えるのだ。このクッションの中に、6本目の指が後ろにつっかい棒をしたような形で隠れていることを、英国ロンドン大学王立獣医カレッジのJohn Hutchinsonらが明らかにした1。この指は、種子骨と呼ばれる、動物のくるぶしの腱が付着する小さい骨の一群の1つから進化したものである。
長さ5〜10cmのこの指は、長い間、軟骨片としてなおざりにされていた。しかし、最初の報告2から約300年経った今、ゾウの足底の後方部分が体重で押しつぶされないよう支えている骨であることが明らかになった。しかも、後ろ足の6本目の指には関節まであるという。
一部のモグラやカエルにも同じように余分な指があり、ジャイアントパンダはゾウと同じ種子骨を、竹を握るための「親指」へと適応させた。「ゾウの6本目の指は、骨の連結など、基本的にはパンダの親指とすべて同じです」とHutchinsonは話す。「これは、進化史の中で何度も繰り返されるテーマの1つです。新しい骨を1つ進化させる代わりに、種子骨の1つを転用して機能的な指に変化させたのです」。
この指が無視されてきた理由の1つは、生きているゾウを調べることが非常に難しいためである。ゾウは麻酔が効きにくく、通常のX線や超音波では足をうまく造影できない。現実的な唯一の有効な選択肢は、死んだゾウを解剖することだ。「幸いにも私には、ゾウの冷凍した足のコレクターとしておそらく世界一という、怪しげな肩書きがあります」とHutchinsonは話す。彼はいくつかの動物園と長年にわたって交流を続けており、動物園から死亡したゾウの足が送られてくるのだ。彼は現在、いくつもの冷凍庫にゾウの足を60本以上保管している。
さらに、この指は脂肪のクッション内に深く埋もれているため、研究者たちも見逃していたのだと、Hutchinsonは考えている。「クッション内には、繊維や仕切り、そして縫うように入り組んだ筋肉や腱があり、そうした複雑な構造の真ん中に6本目の指があるのです」とHutchinsonは説明する。「かなり慎重に解剖して構造をよく考えないと、この指は奇妙な軟骨片としか思えないでしょう」。この余分な指が博物館の標本に見当たらない理由はそこにある。博物館の学芸員が捨ててしまうのだ。
Hutchinsonらは、CTスキャンや電子顕微鏡を使い、解剖学的・組織学的研究を行って、6本目の指を3年かけて調べた。その結果、その余分な指は、最初は棒状の軟骨として発生し、ゆっくりと骨に変わっていくが、残りの足の骨はそれより何年も前に骨化してしまっていることがわかった。CTスキャンからは、ゾウの足に重量負荷をかけると、6本目の指が足底の脂肪クッションの後方を補強するつっかい棒の役目をすることも明らかになった。足底のクッションが重い体重でつぶれてしまわないよう助けているのだ。だから、ゾウは年を取って体重が重くなると、この指の強度が増していくのだろう。
ゾウの最古の祖先は足底が平たく、6本目の指はなく、くるぶしは地面に着いていた。進化して巨大化するにつれて、つま先立ちになり、足をまっすぐ伸ばして体重をよりうまく支える姿勢をとるようになった。こうした変化の中で、種子骨の1つが、体重負荷を分担するつっかい棒として転用されたのである。
しかし、ウィーン獣医大学(オーストリア)のGerald Weissengruberは、今回の論文には「根本的な欠陥」があると話す。パンダの親指やヒトの種子骨のように、骨にははっきりと筋肉が付着しておらず、この6本目の指が種子骨かどうかわからないというのだ。さらに、Hutchinsonが調べたような飼育されていたゾウには足や骨に疾患があると指摘している。疾患によって軟骨が骨に変化してしまう場合があり、また、後ろ足の「関節」は骨折にすぎない可能性もある。同じことがウマのひづめの軟骨でもよく見られるのだ。Hutchinsonもこうした問題を認めており、「軟骨の骨化のどこまでが正常で、どこまでが病的なものなのか、我々にはわかりません。それを知るために野生のゾウを調べることができればありがたいですけどね」と話している。
翻訳:船田晶子、要約:編集部
Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2012.120303
参考文献
- Hutchinson, J. R. et al. Science 334, 1699–1703 (2011).
- Blair, P. Phil.Trans. 27, 53–116 (1710-12).
関連記事
キーワード
Advertisement