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音を見るチンパンジー

Stone/Getty Images

チンパンジーは、明るいものには高い音、暗いものには低い音を対応させるという具合に、色と音の感覚を結びつけているという研究成果が、シャリテ・ベルリン医科大学(ドイツ)と京都大学霊長類研究所(愛知県犬山市)により発表された1。研究チームを率いた認知神経科学者Vera Ludwigによれば、チンパンジーもヒトと同じように何らかの「共感覚」を感じているのだという。共感覚とは、1つの感覚刺激から別の知覚が無意識に生じる感覚のことで、特定の文字や数に特定の色を感じたり、特定の味に特定の形を感じたりすることである。

ほとんどすべてのヒトは、高音には明るく輝く色、低音には暗い色を結びつける傾向がある。例えば、「ミル」のように高母音で発音される音節を白色と感じ、「モル」のような低い調子の音節を黒色と考える。このような対応付けはちょっとした共感覚であり、感覚の処理に関与する隣接する脳領域間に絡み合った神経結合が生じているためであるとLudwigは考えている。

では、ヒトは言語によって音と色を関連付けることを学ぶのだろうか、あるいは生来備わっている先天的な能力であり言語は必要ないのであろうか。Ludwigは、それを確かめようと、飼育されているチンパンジー(言語を持たない)でこれらの対応付けについて実験した。

Ludwigらは、まず、8〜32歳の6頭のチンパンジーに、小さな黒色の箱、あるいは白色の箱を見せた後、画面上でその箱と同じ色の正方形を選ぶと果物の報酬が得られる、という訓練を行った。続いて、チンパンジーが正方形を選択する際に、高い音あるいは低い音を聞かせる実験を行った。その結果、白色が正解の場合に高い音、黒色が正解の場合に低い音を聞かせると(一致条件)、チンパンジーは平均93%の確率で正しい色を選んだ。ところが、色と音の組み合わせを逆にすると(不一致条件)、正答率は約90%に低下した。

一方、同じテストをヒト33人に行ったところ、ほとんど誤答はなく、知覚の偏りを検出できなかった。しかしながら、ヒトは一致条件の場合に、より迅速に正しい解答を選んだ。

ホワイトノイズ

今回、チンパンジーとヒトで、音と色の組み合わせに同様の偏りが見られた。このことから、言語はこうした対応付けを知覚するために必要ではない、とLudwigは話す。彼女によれば、このような偏りは、およそ600万年前にヒトとチンパンジーが分かれる前の共通祖先にすでに存在しており、ヒトの言語に影響を与えた可能性があるという。

これに対し、ヴァンダービルト大学(米国テネシー州ナッシュビル)の神経科学者で、共感覚の神経的基盤を研究しているEdward Hubbardは、チンパンジーがヒトと同じ機構で共感覚を感じることには疑問を持っている。彼は、ヒトには、単語や数、そのほか、さまざまな文化的な構成概念が関与していると指摘する。「音に色を感じたり視覚動作に応答して音が聞こえたりするなどの共感覚は、動物とヒトでは違う形式のものかもしれません」と、Hubbardは話す。

また、今回の研究成果は共感覚とは無関係ではないかと疑問を呈している研究者もいる。マックス・プランク脳研究所(ドイツ・フランクフルト)のDanko Nikolicは、音と色の対応付けのような「知覚の癖」は真の共感覚とは異なるとしている。共感覚は、感覚を処理する脳領域間に神経結合が生じているからではなく、より高い概念間の関連付けから生じると考えているのだ。「あまりに多くの現象が共感覚とされているのです」。

ヒトにおいて、この共感覚という現象は珍しいものであり、また、共感覚の経験が主観的性質を持つことを考えると、チンパンジーをはじめ、ほかの動物で、共感覚を見つけることは難しいだろうと、Ludwigは話す。今回の研究とは解釈が大きく異なるが、約1%のヒトが、数あるいは文字に色が見えると推定しているという研究もある2。現在、Ludwigと共同研究を行った日本の研究チームが、チンパンジーにおいて、共感覚のほかの事例を探索している。例えば、ヒトでは低音を大きな物体とも対応付けるのだ。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120204

原文

The chimpanzee who sees sounds
  • Nature (2011-12-05) | DOI: 10.1038/nature.2011.9541
  • Ewen Callaway

参考文献

  1. Ludwig, V., Adachi, I. & Matsuzawa, T. Proc. Natl. Acad. Sci. USA http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1112605108 (2011).
  2. Simner, J., Mulvenna, C., Sagiv, N., Tsakanikos, E., Witherby, S. A., Fraser, C., Scott, K. & Ward, J. Perception 35, 1024–1033 (2006).