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自律性を備えた人工細胞を創出し、生命と物質の境界を探る

瀧ノ上 正浩

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120226

「生命とは何か」という問いに物理学で答えていこうと挑戦しているのが瀧ノ上正浩・東京工業大学講師だ。生命の本質を微小空間で再現し、その挙動を数式で表す。いま挑戦しているのは、細胞の自律性を人工的に作り出すことだ。

–– Natureダイジェスト:なぜ、人工細胞を作るのですか?

瀧ノ上:生命と物質の違いを理解したいからです。生命のモデルを物質から合成することで、生命に必須な基本的特徴を明らかにしようとしています。

–– 合成してみるという研究方法は、生物学では珍しいのではないでしょうか?

以前はそうだったかもしれません。しかし今は、分子生物学の研究が進んで生命に関する膨大な情報が得られるようになったので、それを利用して生命機能を再構成したり、設計したりするアプローチも盛んになっていると思います。

私は生命を物理学で解明していこうと考えていますが、原理に基づき設計するというのは、物理学では当たり前の手法の1つです。それにより、多様な生物に共通に見いだされる本質的な特徴を再現したいと思っています。

–– 生命の本質的な特徴とは?

私が着目しているのは、生命の「自律性」です。自律性とは、自分で勝手に「動く」「組み上がる」「情報処理する」といった性質のことです。生命は非常に複雑なので、一言ではその特徴を表現できないと思われますが、自律性は、含まれなければならない必須の条件だと考えます。

–– 自律性をどのように解析していくのですか?

自律性はどこから生じるのだろうかと考えて、生命現象が非平衡開放系であることに着目しました。非平衡開放系とは、物質やエネルギーの流入と流出が常に起きている系ということです。人間を例にとれば、食事により栄養が体内に入り、生体反応に使用され、不要なものが体外に出ていくという系です。

このとき、入ってくるものと、出ていくものとのエネルギー差が「秩序」、すなわち自律性を生み出しているのです。

–– 非平衡開放系が自律性を生み出していると考えるのですね?

そうです。ここで注意しなくてはならないのは、細胞サイズにおいては日常のスケールの法則が成り立たないことです。

生命反応が起こる場はミクロのスケールで、その世界では、粘性や揺らぎの効果が大きくなり、マクロの世界での一般的な方程式が成り立ちません。そのため、細胞サイズの非平衡開放系の概念の導入が必要となってくるのです。

生物物理学とマイクロ流体工学で挑む

–– 現在、自律的な人工細胞の研究はどこまで進んでいるのですか?

私の研究には、3つの柱があります。細胞内の分子システム、細胞の反応容器の作製、細胞自体の運動です。

図1:細胞サイズの非平衡開放系の反応容器。
(a)移動キャリア水滴と固定リアクタ水滴は、電圧がかかっている条件下では、接触した際に融合するが、すぐに油に押し流されて分裂する。
(b)その際、キャリアの内容物(黄緑色)がリアクタ内に拡散する。右下の図のように、水滴の周囲はリン脂質の層で覆われている。

細胞内の自律的な分子システムとしては、例えば大学院時代の研究ですが、2つの情報(RNA分子)が入力されたら、1つの情報(RNA分子)が出力される人工的な生化学反応を試験管内で作製しました。具体的には、核酸やタンパク質、ATP(エネルギー)などを混合し、RNAの合成反応回路が自動的に進行する反応系です。反応を方程式で記述し、挙動を予測することもできました1

–– では、自律的な反応容器は?

人工細胞の反応容器として油中水滴を用いました。その名のとおり、油の中に存在する水滴です。各水滴が反応容器に相当します。ただし、油中水滴は閉鎖系なので、持続的な自律性を作り出すために非平衡開放系とする工夫が必要です。

そこで油中に水滴を流し、2つの水滴が、くっついたり離れたりするようにしました。水滴が融合すると、拡散により内容物の移動が起こるのです。これを連続的に繰り返すことで、水滴に物質の出入りが起こりうる状態を作り出せました。

図2:水滴1個の自律的な回転運動の図は、その時間経過を追った軌跡。1回転は約5秒。

–– シンプルな方法ですね。

単純ですが、今までなかった発想です。初期生命が複雑な方法で非平衡性を獲得していたとは考えにくいので、単純なほうがいいと思います。具体的には、マイクロ流体工学の技術によりシリコーン樹脂に微小な流路を作製し、油を流します。その流れに乗って水滴が運ばれ、水滴同士が接触すると融合が起きるが、その後、流れの圧力により分裂するという仕組みです2, 3。融合は電圧で制御できます。物質の流出入は微分方程式で表せ、濃度の経時変化を予測することができました。

今後は、この反応容器に入れる分子システムを工夫し、非平衡開放系の反応システムをもっと詳細にデザインしていきたいと考えています。

–– では、細胞の運動は?

油中水滴に電圧をかけて実験していたときのことです。2つの電極に一定の直流電圧をかけ続けると、水滴が電極の間でくるくる回転運動を見せたのです。よく見ると、水滴は2つの電極に交互に近づいたり離れたりして動いていました。

理論を基に解析した結果、細胞サイズの誘電体の場合、電荷が静電気のような形で注入され、電荷の出入りが起こるという原理がわかってきました4

そこで、この原理を利用して、細胞サイズの誘電体ビーズが方向性をもって運動するように設計してみました。複数の電極を斜めに設置し、そこに、誘電体を多数入れてみたのです。すると、予想どおり、誘電体が一定の方向に、しかもゴミなどの障害物は回避しながら動いていくことが確認できました5

それは、なだらかな連続

–– 今後の研究は?

当面は現在の研究成果を発展させますが、将来は、細胞のような自律性を構築する方法論を確立させたいです。

方法論が確立できれば、例えば、メインテナンスフリーの自律的なデバイスや治療方法の開発など、さまざまな応用が考えられるでしょう。

–– 方法論の確立ですか?

物質から自律性ができてくるのは本当におもしろいでしょう。この分野を基礎科学の1つにできたらいいなと考えているのです。そうれば、誰もが利用できるようになると思います。そのためにも、方法論の確立が望まれます。

–– 研究上大切に思っていることは?

現象の理論化・数式化は重要ですが、実際に実験で確認したり構築したりすることが、私自身は重要と考えています。対象に接することで発見できるものも多いですから。また、異なる領域の学問や技術を融合させることも、新たな概念や発想を得るうえで大切な方法だと思っています。

–– 若い人のご指導も熱心ですね。

私は学生の頃から「細胞を創る会」という学際的な研究会に参加しています。細胞機能の再構成・設計をめざすこの会で、私はずいぶん成長することができました。今は私がそのお返しをする番です。

今年は、ハーバード大学で開かれた大学生対象の生体分子をデザインする国際コンテスト(BIOMOD)に、私の所属する東工大の有志学生を指導して参加し、準優勝しました。学生を指導する中で、私が刺激を受けることも多いです。

–– 今、生命と物質との境界を、どのようにとらえてますか?

生命の定義は簡単ではありません。いったい何を作ったら「生命」を作ったといえるか — 回答は容易ではないでしょう。今後もずっと得られないかもしれない。

しかし、生命を構成する分子集合体と、非生命を構成する分子集合体は、なだらかにつながっているという印象を、私は抱いています。そして、人工細胞を創出しようとする試みの中で、ある自律的な生命システムの1つの形に近づくことはできるだろうと考えています。

–– ありがとうございました。

聞き手は藤川良子(サイエンスライター)。

参考文献

  1. Takinoue M, et al., Phys Rev E. (2008)78 : 041921
  2. Takinoue M, et al., Small. (2010) 6 : 2374-2377 (cover of the issue)
  3. Takinoue M, et al., Anal Bioanal Chem. (2011) 400 : 1705-1716
  4. Takinoue M, et al., App Phys Lett. (2010) 96 : 104105
  5. Takinoue M, et al., Proc MEMS2011. (2011) 1173-1176

Author Profile

瀧ノ上 正浩(たきのうえ・まさひろ)

東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻講師。2002年、東京大学理学部物理学科卒業、07年、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了・博士(理学)、08年、京都大学大学院理学研究科物理学教室博士研究員、09年、東京大学生産技術研究所特任助教、11年より現職。11年、JST さきがけ「細胞機能の構成的な理解と制御」研究者。

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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