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ミステリアスな金の表面

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120230

原文:Nature (2011-11-24) | doi: 10.1038/479482a | Gold’s enigmatic surface

Robert J. Madix & Cynthia M. Friend

金はかつて考えられていたほど不活性ではない。金を使って分子合成を促すことができる。飽和炭化水素から一次元ポリマーの形成を誘導する金のようすを、走査トンネル顕微鏡がとらえた。

炭素–炭素結合形成反応は、例えばポリマーなど、特定の構造と特性を持つ分子を作るために利用されている。ところが、出発物質として飽和炭化水素(アルカン)を使用すると、この反応は非常にやっかいになる。分子内の強い炭素–水素(C–H)結合を最初に切断しなければならず、厳しい反応条件が必要になることが多いからだ。一般的に、反応条件が厳しいと、分子内の特定のC–H結合を切断することが困難になり、炭素–炭素結合が形成される場所を選択的にコントロールすることが難しくなる。このたび、Zhongら1は、金の表面にアルカンが吸着すると金の一次元チャネルの構造が変化することをScienceに報告した。このチャネルが、アルカンの末端もしくは末端近傍でのみ炭素–炭素結合が形成するよう重合を誘導する、つまり、金表面でアルカンモノマー鎖の末端あるいは末端付近が選択的に反応してポリマーが形成されるというのだ。

この結果は意外に思えるかもしれない。金は昔から化学的に不活性と考えられてきたからだ。しかし、最近の研究から、金表面は不活性ではないことが示されており、現在では自己集合単分子層の支持表面として金表面が用いられている2。さらに、例えば酸素原子が金と結びつくことによって、金の表面で特殊な反応中心が形成される。この現象をきっかけに、炭素–酸素結合や炭素–窒素結合を形成する金触媒反応の開発が進み3–5、化学工業で重要な低分子量化合物の形成を選択的に触媒するために利用されている6。金を反応促進に用いるメリットは、反応中心が存在しないところでは、ほかの一般的な触媒金属を用いるよりも化学結合が切断されにくいことである。つまり、表面で主反応が始まったとき、生成した中間体化学種が副反応に参加しにくく、形成される生成物の種類をうまくコントロールできるのだ。

今回の反応1は、こうした効果を利用して高分子量化合物を合成したよい例である。Zhongらは、実験結果が2つの原則に基づくと考えた。「C–H結合が切断されるほどの高温になっても、高分子量アルカンは金表面に結合したままである」という第一の原則と、「アルカンのC–H結合が切れてアルキル中間体が金表面に形成されると、隣り合ったアルキル基どうしの再結合が生じてポリマー鎖が生成する」という第二の原則だ。

金属状態の金によるC–H結合の切断は、よく報告されている。例えば、金表面に結合したブチル基(CH3CH2CH2CH2)は、280ケルビン(K)でC–H結合開裂が起こり、ブテン(CH3CH2CH=CH2)が生成する7。また、金と結合したt-ブチルチオール((CH33CSH)の末端C–H結合は、490 Kで切断される8。さらに、アルカンは、主としてファン・デル・ワールス相互作用によって貴金属表面に結合する。このことは、アルカン鎖の炭素原子の数(ひいては分子量)とともに結合強度が増加することを意味している。金からのアルカンの脱離に必要な温度は測定されていないが、グラファイトからの長鎖アルカンC32H66の脱離に必要な温度は550 Kであることが知られている9。アルカンとグラファイトとの結合力は、アルカンと金との結合力と同程度なので、金からのC32H66の脱離に必要な温度を推定できる。したがって、Zhongらの推測どおり、C–H結合開裂が起こる温度ではアルカンは金表面に結合したままであることが明らかである。

第二の原則を裏付ける証拠もある。加熱すると、隣り合うアルキル基(臭化アルキルという化合物に由来する)どうしが金表面でカップリングしてアルカンを形成することが、過去に報告されているのだ7。さらに、走査トンネル顕微鏡を利用した別の研究からは、金表面上で大きく複雑な有機分子フラグメントどうしの間で炭素–炭素結合が形成され、非常に規則正しい表面構造が得られることが明らかになった10。したがって、総合的に見て、2つの原則からZhongら1の反応を予測できることは、十分理解できる。

Zhongらの研究の最も興味深い側面は、金表面の溝に沿って長鎖アルカンが整列することと、それに伴って溝を広げるように表面構造が再組織化することであろう。この長鎖アルカンの整列が、末端C–H結合の選択的開裂のカギであり、生成するアルキル基のカップリングを促進するのかもしれない。そのような分子整列には先例がある。アセチレン(HC≡CH)が銀表面に結合した酸素と反応すると、吸着モノマーが生成する。次に、炭素–炭素三重結合が溝にはまり込むようにして、吸着モノマーが重合する11。銀と金は周期表で同じグループに属し、同じ表面構造を持つ。今回の発見によって、金表面と銀表面の化学的挙動には共通性があるという証拠が1つ追加されたのである。

図1:金の表面で起こる重合
a)この顕微鏡写真(両辺の長さは50nm×50nm)では、金表面の溝に沿ってポリマー鎖(明るい線)が平行に並んでいる。
b)この図(両辺の長さは9nm×13nm)は、より高い倍率でポリマー鎖を示している。矢印は、ポリマー直下の金原子の列にすき間があることを示している。これらのすき間は重合反応中に形成されるが、欠けた原子の役割については不明である。

しかし、銀と金の挙動には大きな違いもある。銀に関する過去の研究11では、各モノマーが銀原子を介してつながっており、結果としてポリマーは–(C–C–Ag)–という繰り返し原子モチーフから形成される。今回得られた金表面のポリマーの走査トンネル顕微鏡像では(図1)、金原子がモチーフに組み込まれるようすは観察されなかった。しかし、Zhongらは、反応中に金原子が消失してできた空孔を観察している。この消えた金原子の行方と重合過程での役割は、まだ明らかになっていない。一見したところ、この結果からは、表面を再構成する力は、並んだ金原子とポリマーとの相互作用によってもたらされるようである。

今後さらなる実験的・理論的研究を行って、重合に関する2つの重要ポイント、つまりチャネルにはまり込んだアルカンの役割と表面再構成の役割を明らかにすべきである。おそらく、分子がチャネルにはまり込むことによって、金表面の嶺沿いの金原子が、アルカン鎖の末端C–H結合に到達しやすくなるのであろう。分子動力学シミュレーションに加えて、分子構造とアルカン鎖の長さを変えた実験を行えば、これらのポイントが明らかになり、この興味深いカップリング反応に関する理解が深まるであろう。

(翻訳:藤野正美)

Robert J. Madix、ハーバード大学工学・応用科学大学院。 Cynthia M. Friend、スタンフォード大学SLAC国立加速器研究所。

参考文献

  1. Zhong, D. et al. Science 334, 213–216 (2011).
  2. Bain, C. D. et al. J. Am. Chem. Soc. 111, 321–335 (1989).
  3. Xu, B., Zhou, L., Madix, R. J. & Friend, C. M. Angew. Chem. 111, 404–408 (2010).
  4. Wittstock, A., Zielasek, V., Biener, J., Friend, C. M. & Bäumer, M. Science 327, 319–322 (2010).
  5. Angelici, R. J. J. Organometallic Chem. 693, 847–856 (2008).
  6. Christensen, C. H. & Nørskov, J. K. Science 327, 278–279 (2010).
  7. Paul, A., Yang, M. X. & Bent, B. E. Surf. Sci. 297, 327–344 (1993).
  8. Jaffey, D. M. & Madix, R. J. J. Am. Chem. Soc. 116, 3012–3019 (1994).
  9. Paserba, K. R. & Gellman, A. J. Phys. Rev. Lett. 86, 4338–4341 (2001).
  10. Grill, L.et al. Nature Nanotechnol. 2, 687–691 (2007).
  11. Guo, X.-C. & Madix, R. J. Surf. Sci. 56, 21–28 (2004).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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