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ヒッグス粒子を追い詰める

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120202

原文:Nature (2011-12-15) | doi: 10.1038/480301a | Detectors home in on Higgs Boson

Eugenie Samuel Reich

ヒッグス粒子の質量範囲が狭められ、そのシグナルらしきものが検出された。いよいよヒッグス粒子は見つかるのか。

2011年12月13日、欧州原子核研究機構(CERN:スイス・ジュネーブ近郊)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)を使った2つの国際共同研究グループ、ATLAS実験(東京大学や高エネルギー加速器研究機構など、日本の研究機関も参加)とCMS実験の物理学者たちが、ヒッグス粒子出現の可能性を示唆するシグナルを検出したと発表した。この結果は、長らく探索されてきたヒッグス粒子の存在を示す決定的な証拠ではないが、これまでで最も可能性が高いものだ。ヒッグス粒子は、ほかのすべての素粒子に質量を与える力場の現れである。今後、さらなるデータが得られれば、質量約125ギガ電子ボルト(GeV)のヒッグス粒子の存在が証明されるだろう。

しかしながら、両グループとも、現段階のデータは、統計的にはヒッグス粒子が存在しないとは言い切れないと強調する。CMSの報道官Guido Tonelliは、「我々はまだ、何かを発見したと言えるだけの証拠を集めるには至っていません。ヒッグス粒子かもしれないという仮説と矛盾しない事象超過が観測されただけなのです」と言う。ATLASの報道官Fabiola Gianottiも同様の見解を示している。「それは、何か興味深いものですが、バックグラウンドの揺らぎであるかもしれません」。

2011年11月、CMSとATLASは複合解析の結果を発表し、これにより、ヒッグス粒子が隠れる余地はほとんどなくなった。ヒッグス粒子が存在するなら、その質量は114GeV~141GeVの範囲になければならない。最新の結果は、その範囲をさらに狭めた。ATLASは115~130GeVの範囲外のすべての質量を排除し、最大で3.6標準偏差という統計レベルで、質量125~126GeVのヒッグス粒子が存在するという結論に達した。CMSは、さらに117~127GeVまで絞り込み、最大で2.6標準偏差という統計レベルで、質量124GeVのシグナルを検出したと報告している。素粒子物理学の世界では、ある素粒子が存在する証拠として認められるには5標準偏差の統計的有意性が必要とされており、3標準偏差では、ヒッグス粒子が存在しているかもしれないとしか言えない。ATLASとCMSの結果はまだ組み合わされていないため、結合確率は得られていない。また、それぞれの実験グループは、LHCでの高エネルギー陽子−陽子衝突により過剰な素粒子が生成しており、それらはヒッグス粒子が生成・崩壊してできたものであるかもしれないとも報告した。

一方、両実験では、119GeV付近に別のシグナルが観察されており、状況がさらに複雑になっている。そのシグナルは125GeV付近のものに比べて弱く、ヒッグス粒子存在の証拠としては説得力に乏しい。しかし、このシグナルの存在により、新しいデータの中から、何が本物で何が偽物なのかを解釈するにあたり、より一層の慎重さが必要になった。ヒッグス粒子がどちらのエネルギーであっても、素粒子物理学の標準モデルとも、標準モデルを拡張した超対称性理論とも矛盾しない。超対称性理論では、既知の素粒子は、未発見の、重い超対称性パートナーと対応しているとされているのだ。

標準モデルでは、弱い核力を伝えるWボソンとZボソンが質量を持つ一方で、電磁力を運ぶ光子は質量を持たない。この理由を説明するために、英国の物理学者Peter Higgsをはじめとする科学者により、1964年に提唱されたのがヒッグス場だ。ヒッグス場があれば、ヒッグス粒子が現れる。ヒッグス場を提唱した科学者の1人、インペリアル・カレッジ・ロンドン(英国)のTom Kibbleは、研究の焦点は、だんだん、ヒッグス場からヒッグス粒子を特定することへと移っていったという。ヒッグス粒子を除き、標準モデルが予言するすべての素粒子が粒子加速器で観察されているからである。「唯一、見つかっていないのが、ヒッグス粒子なのです」。

だが、たとえ今回の成果がヒッグス粒子を初めて観測したものであると裏付けられたとしても、多くの疑問が残る。標準モデル以外の理論に情報を提供するためには、ヒッグス粒子の生成と崩壊の過程を、より慎重に決定する必要がある。こうした理論は、理想的には、質量を持つことがわかっている素粒子が質量を持つに至った理由や、自然界の力の中で重力が極端に弱い理由など、積年の謎に答えを出してくれるはずである。

ヒッグス粒子の存在を断定するには、より多くのデータが必要である。これまで、ATLASとCMSは、それぞれ約500兆回の陽子−陽子衝突の結果を測定してきた。両グループの報道官によると、どちらも2012年末には、この4倍程度のデータを集めているはずだという。ATLASを率いるラザフォード・アップルトン研究所(英国オックスフォード近郊)のBill Murrayは、「来年には、疑問の余地のない答えが出るはずです」と言う。今回のシグナルは蜃気楼にすぎないのか、LHCという知識の宝庫が放つ真の輝きなのかが明らかになる日は、そう遠くない。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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