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動的カシミール効果を初めて検証!

図1:実験系
動的カシミール効果が実証された実験系。aは光学顕微鏡で見た全体像で、暗い部分はシリコンで、明るい大部分のところはアルミニウムで作られている。上方から来ているのが駆動線で、左方向に出力するのがCPW(コプレナー導波路)。この部分の左右の長さは0.1mm。両者の交差部分にSQUIDが置かれている。bがその走査電子顕微鏡写真。

Ref.3

量子論によれば、真空は、生成と消滅を絶え間なく繰り返す仮想粒子で満たされている。この真空のゆらぎは、カシミール効果1など、測定可能な現象をも引き起こす。この(静的)カシミール効果とは、仮想光子が静止物体に及ぼす圧力によって生じる現象だ。一方で、1970年、Gerald Moore2は、加速度運動する物体が、量子真空の揺らぎから本物の光子を生成させるという理論を提唱した。これが“動的”カシミール効果だ。今回、Nature 2011年11月17日号376ページにおいて、Wilsonらは3、振動する鏡と同じ状況を作り出す実験系を、超伝導回路を用いて考案し、この動的カシミール効果を初めて実証したと報告した。

加速された物体は量子真空のゆらぎを変化させ、真空から光子対を放出する4とともに、物体の運動エネルギーを散逸させる。エネルギー保存の法則から期待されるとおり、この散逸する運動エネルギーは、真空から放射される電磁エネルギーの総和に等しい。動的カシミール効果は、当初、1枚の機械的な鏡が真空中を加速度運動するときに生じる現象として予想された。その後、光子の生成率がもっと高くなるような形に拡張されて、例えば、2枚の鏡を平行に置いて空洞を作り、一方の鏡の位置を時間的に振動させるような形が一般的になった。

動的カシミール効果は、システムを機械的に運動させて起こすわけだが、問題は、散逸するエネルギーも、それに伴う放射も、ともに非常に小さいことである。そこで、システムを光速に近い速度で運動させる必要性が出てくる。しかしそれは不可能なので、それと同じ効果が得られるような実験系が、これまでいくつか提案されてきた。最初に提案されたのは、屈折率が時間とともに急速に変化する非線形光学媒質を使った実験だった5

実際になされた別の実験6では、半導体で層状構造の壁を作り、これで動く鏡に相当する仕組みを実現した。外部からレーザーを照射し、壁の電気伝導率を周期的に変調したのである(鏡を動かすことに相当)。このような実験系は、実際に振動する鏡とよく似ている。

図2:光子対の発生
CPW の長さを43mmにして作った別タイプ のサンプルで、駆動線に10.3GHz 信号を送ったときの出力。SQUIDの動きによって光子対が生まれるが、理論によれば、それぞれの周波数は、ある周波数に対してプラスとマイナスの方向に同じ周波数だけずれて発生する。それを見ているのがaとbのチャートで(両者の横軸が正負になっている点に注目)、2つはきれいに相関しており、対称的な特徴を示している。

Ref.3

今回のWilsonらの実験3は、別の提案7に基づいている。微細加工技術で基板上に導波管(マイクロ波を伝送する長方形断面の金属管)を作り、その片端を、超伝導量子干渉素子(SQUID)という非常に高感度の磁力計で仕切ったのだ。この方法では、SQUIDを貫く時間依存性の磁束が、導波管内の電磁場を変調する。言うなれば、動く鏡の代わりにSQUIDが置かれたと考えればよい。大きな鏡を動かすわけではないので、実効速度は光速の数分の1という速さになった。

動的カシミール効果があろうとなかろうと、光子はあらゆる有限の温度で存在することができる。そこで、真空から生成した調べたい光子と、これらの光子を区別する必要がある。Wilsonらは、実験装置を約50ミリケルビン(mK)以下の極低温まで冷却し、システムができるだけ真空状態に近づくようにした。このような極低温環境では、残っている熱光子の数が非常に少なくなる。この状態でSQUIDを貫く磁束を時間変化させると、動的カシミール効果によって真空中から光子が生成したのである。測定部を導波管の開放端(もう片方の端部)に置き、生成した放射の強度と周波数を、ポンプ(励起)強度と周波数の関数として求めた。

Wilsonらが検出した放射のエネルギースペクトルは、広いマイクロ波周波数域に及んでおり、仮想の鏡が持つはずの振動数の半分付近を中心に、対称的な形を示した。動的カシミール効果では、光子は対になって生成し、その周波数の和は鏡の振動周波数と等しくなる。したがって、測定されたスペクトルは、まさに、動的カシミール効果によって生成する光子のスペクトルとよく一致したわけである。光子の強度とポンプ強度の比も、理論的予想とよく合っていることがわかった。さらに、Wilsonらは、出力ポートにおける光子の相関についても測定した。その目的のために、出力された光子の信号を2つの別々の分析回路に分けて、特異的な相関を検出した。こうした相関は、光子生成過程が量子的なものであることを示しており、動的カシミール効果のもう1つの特徴である。

こうした測定で常に問題となるのは、観測された光子が、動的カシミール効果とよく似た結果をもたらす別の過程で生じた可能性である。Wilsonらは、そうした系統的な可能性をいくつも考え、1つ1つ除外していった。例えば、導波管基板の電磁的特性やSQUIDの電子的特性における非線形性が、パラメトリック下方変換という過程により、出力ポートで光子を生成させる可能性が考えられた。けれども著者らによれば、実験に用いたポンプ強度は、そうした非線形過程を引き起こすのに必要なレベルよりもはるかに低いという。

また、非線形過程が起きていない場合であっても、量子真空の揺らぎではなく実験装置の制御不可能な雑音(熱雑音など)によって光子が供給される可能性がある。しかし、著者らは50mK(ミリケルビン)と250mKという2種類の温度で出力光子束を測定し、その信号が、熱的ゆらぎではなく量子的ゆらぎに支配されていることを確認した。

今回、Wilsonらにより動的カシミール効果が実証されたことは、現在進められているほかの実験や理論研究とともに、基礎物理学に大きなインパクトを与える可能性が高い。膨張宇宙における素粒子の生成やブラックホールの蒸発などが、机の上で実験可能になるかもしれないのだ。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120228

原文

Shaking photons out of the vacuum
  • Nature (2011-11-17) | DOI: 10.1038/479303a
  • Diego A.R.Dalvit
  • Diego A.R.Dalvitは、ロスアラモス国立研究所(米国ニューメキシコ州)理論部門に所属。

参考文献

  1. Casimir, H. B. G. Proc. K. Ned. Akad. Wet. 51, 793-795 (1948).
  2. Moore, G. T. J. Math. Phys. 11, 2679-2691 (1970).
  3. Wilson, C. M. et al. Nature 479, 376-379 (2011).
  4. Fulling, S. A. & Davies, P. C. W. Proc. R. Soc. Lond. A 348, 393-414 (1976).
  5. Yablonovitch, E. Phys. Rev. Lett. 62, 1742-1745 (1989).
  6. Braggio, C. et al. Europhys. Lett. 70, 754-760 (2005).
  7. Johansson, J. R., Johansson, G., Wilson, C. M. & Nori, F. Phys. Rev. Lett. 103, 147003 (2009).