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36年目のボイジャー、太陽系の果てを探索中

米航空宇宙局(NASA)ボイジャー計画の責任科学者Edward Stoneが今知りたいこと、それは、ボイジャー探査機が本当に「太陽系の端」にたどり着いたのかどうかだ。ボイジャーは、1977年に2号、1号の順で打ち上げられて以来、外惑星を超え、約200億kmもの危険な旅を続けてきた。Stoneらは、ボイジャー1号がついに太陽系の端に近づいたことを示すサインを探している。太陽系の端に到達すれば、太陽から噴き出して外方向へ進む荷電粒子が形作る「泡」である太陽圏がそこで終わり、そこから先は星間空間になる(「未知の世界を進む」を参照)。

ボイジャー1号は、宇宙空間に飛び立ってから2012年9月5日で35周年を迎えた。ヘリオポーズ(太陽圏界面)と呼ばれる太陽系の境界を検出し、それがどういうものであるかを調べることが、おそらくボイジャー1号の最後の任務となる。Stoneはカリフォルニア工科大学(米国同州パサデナ)の物理学者で、ボイジャーの打ち上げ時からずっとこの計画の責任者を務めてきた。「ボイジャー1号が出発したとき、宇宙開発は始まってまだ20年にすぎず、探査機がこれほど長く、また太陽からこれほど遠くまで飛行できるという保証はありませんでした」と振り返る。

並外れて長生きのボイジャー1号は、8年前、太陽系の境界領域に入っていることを示すサインを検出し始めた。しかし、太陽系を出るということは、Stoneらが予想していたより、長くて複雑なプロセスであることが明らかになりつつある。ボイジャー1号が太陽系を完全に離れる頃には、この探査機で得られたデータが、太陽系の端に関する研究者たちの考え方を大きく変えているかもしれない。

ボイジャー1号は1977年に打ち上げられた。搭載機器のうち4つ(名称を黄色の文字で示している)は今も、太陽系の果ての状況についてのデータを送ってきている。

NASA/JPL-CALTECH

ボイジャー1号からの最新データによると、ボイジャー1号は今、予想されていなかった「宇宙のよどみ」を横断しているらしい。ジョンズホプキンス大学応用物理学研究所(米国メリーランド州ローレル)の宇宙科学者Robert Deckerらは、ボイジャー1号の現在の場所、つまり太陽から約121.6天文単位(182億km)の地点では、太陽から放出される粒子の平均速度はほぼゼロになっているとNature 2012年9月6日号に報告した1。ボイジャー2号は、1号とは別方向へ飛行し、1号よりも太陽に約30億km近い場所にいるが、このような粒子速度の低下はまだ検出していない。

Deckerらの研究チームは、2011年、太陽粒子速度の変化を初めて報告した2。このとき、ボイジャー1号は太陽から外側へ向かう、太陽系の半径方向の粒子速度のみを測定した。研究チームは、粒子速度の変化はボイジャーがヘリオポーズに近づいているサインだと考えた。ヘリオポーズでは、約500万年から1000万年前に爆発した超新星によって作られた強力な風に、太陽粒子が衝突していると考えられている。この衝突により、太陽粒子は太陽系の外方向への運動を止め、水の流れが壁にぶつかったときのように、横方向に流されるはずだ。

この現象を確かめるため、オペレーターは、ボイジャー1号に横方向に回転するよう、命令を送った。ボイジャー1号は45度ずつずれた7つの回転位置で粒子速度の測定を行い、この一連の測定を計5回行った。ボイジャー1号に命令が届くまでには17時間かかること、ボイジャーの送信機が使う電力はわずか23ワット(電気スタンドほどの電力)であることを考えれば、この通信そのものが離れ業だった。この結果、太陽からの粒子の速度は太陽系の半径方向と垂直な方向でもゼロであることがわかり、研究者たちを驚かせたのである。つまり、太陽粒子は恒星風によって激しく揺さぶられてはおらず、ほぼ静止していることを示していたのだ。

「ヘリオポーズではこのようなことは起こりえないはずです」とDeckerは話す。研究チームは論文で「このため、ボイジャー1号は、現時点ではヘリオポーズの近くには達していない。少なくとも予想された種類のヘリオポーズの近くにはない、と私たちは結論する」と報告した1

ボイジャー1号は、最初に太陽粒子の速度低下を記録した2010年以来、少なくとも10億kmの厚さを持つ、ヘリオポーズの「控えの間」にいるらしいとDeckerらは考えている。論文の共著者の1人で、ジョンズホプキンス大学応用物理学研究所の宇宙科学者Stamatios Krimigisは、「粒子の速度がなぜ遅くなるのかは謎のままです」と話す。この問題は、理論研究者たちの頭を悩ませている。「太陽系を出て銀河系(天の川銀河)の空間に入ったことを何から判断できるのか、もはや、いかなる指針もなくなってしまいました」とKrimigisは嘆く。

しかし、アラバマ大学(米国同州ハンツビル)の理論物理学者Gary Zankの意見は異なっている。「私は、今回のDeckerらの論文で私たちのモデルを変えなければならないとは思いません」とZankは話す。彼の研究チームを含め、複数の研究チームが、外部太陽圏の磁力線が集まってできた壁が荷電粒子の流れを遅くしていて、これがボイジャー1号が記録したゼロに近い粒子速度の説明になる、と提案している3

ボイジャー1号はまだ、ヘリオポーズに達していないが、すでに手の届く距離にあるのかもしれない。2012年5月、ボイジャー1号は太陽系の外から来る、それまでなかったような宇宙線(高エネルギーの陽子や原子核など)の一時的増加を記録した。宇宙線の一時的増加は7月にも観測され、このときは同時に、太陽系内で加速されていると考えられる低エネルギーの宇宙線が減少していた。Krimigisは、「この変化は、ボイジャー1号が太陽系の周辺部に近づいていて、2012年末までにヘリオポーズを横切るかもしれないことを示しています。しかし、自然は私たちの想像力を超えていて、私の予想は全く間違っている可能性もあります」と話す。

サウスウェスト研究所(米国テキサス州サンアントニオ)の物理学者David McComasと、ニューハンプシャー大学(米国同州ダラム)のプラズマ物理学者Nathan Schwadronは、別の説明を提案している。彼らはAstrophysical Journalに掲載予定の論文の中で、ボイジャー1号は、外部太陽圏を走っている磁力線が銀河系の磁場と連結する領域にあると提案する。磁場がこの領域で太陽系外からの宇宙線の通り道を作っているため、宇宙線を測定すれば一時的な増加が見られるだろうという。太陽圏の中で加速された宇宙線は、別の磁力線に沿って運動する傾向があり、ボイジャーに到達する可能性は小さい。「もし、このモデルが正しければ、ボイジャーがヘリオポーズに到達するのはまだ何年も先かもしれません」とMcComasとSchwadronは話す。

ボイジャー1号が太陽系を実際に離れ去るとき、さらなる驚きが待っているかもしれない。研究者たちは長い間、ヘリオポーズの外側に「バウショック」が存在すると考えてきた。バウショックは、超音速の航空機の周囲にできる衝撃波のようなもので、太陽系が星間物質をかき分けて進む際にでき、その場所の電離気体の密度を突然、不連続に変化させていると考えられている。しかし、McComasらは2012年5月、NASAの観測衛星IBEXのデータがこの描像に疑問を投げかけていると報告した4。IBEXは地球を回る軌道にあり、ヘリオポーズを通過して太陽系内に滑り込んだ電気的に中性な原子を検出することにより、星間物質を調べている。その測定結果は、太陽と太陽系の惑星が星間物質の中を運動する速度は、これまで見積もられていたよりも約12%遅いことを示した。この速度では遅すぎてバウショックはできない。

はっきりしないことはいろいろあるが、Stoneはそれを困ったことだとは思っていない。それどころか、彼はボイジャーの片道旅行が、予想もしなかった多くの驚きをもたらしてくれたことを喜んでいる。ボイジャーは電力を供給するプルトニウム同位体が尽きる2025年頃に活動を終える予定だ。Stoneは、2025年までにはボイジャー1号、2号共にヘリオポーズを完全に通過していると予想する。「ボイジャーが私たちに教えてくれたことは、常に驚くべき事実に出会う心構えをしておけ、ということです」。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2012.121218

原文

Voyager’s long goodbye
  • Nature (2012-09-06) | DOI: 10.1038/489020a
  • Ron Cowen

参考文献

  1. Decker, R. B., Krimigis, S. M., Roelof, E. C. & Hill,M.E. Nature 489, 124–127 (2012).
  2. Krimigis, S. M., Roelof, E. C., Decker, R. B. & Hill,M.E. Nature 474, 359–361 (2011).
  3. Zank, G. P. Space Sci. Rev. 89, 413–688 (1999).
  4. McComas, D. J. et al. Science 336, 1291–1293 (2012).