Editorial

20年発覚しなかった研究上の不正行為

藤井善隆という日本の麻酔学者が、1人の科学者による撤回論文本数の世界記録を樹立する可能性が高くなった。彼が発表したすべての論文についての検証が行われ、その欺瞞は、過去20年間の約200本の科学論文に及ぶことが判明した。なぜ20年という長い期間、不正を続けることができたのだろうか。

Nature 2012年9月20日号346ページのNews記事で詳報されているように、藤井は、研究の大量捏造を行い、研究参加者をでっち上げたことさえあった。ところが、共同研究者も研究助成機関も学術雑誌の編集者も、それに気付かなかった。というより、少なくとも誰も手を打たなかった。

ほかの不正行為の事例と同様、多数の問題点が事後的に指摘され、再発防止を 確保するための方法に焦点が当たることになるだろう。それ自体は正当なことだ。それと同時に、藤井が実現不可能なペースで臨床研究論文を発表していたことを誰も調査せず、これだけ長い時間が経過してしまった理由にも光が当てられるだろう。

藤井は、さまざまな人々、とりわけ、所属機関や学術雑誌の編集者などの目を欺き、所属機関から研究に対する承認を得たと虚偽の主張をした(編集者の1人は、自らの誤りを公式に認めた)。最も不可解と思われるのが、論文の共著者を騙していたことで、藤井と共著で10本以上の論文を発表した者もいた。こうした共著者たちは、疑わしい点はなかったと話す。藤井の不正行為を白日の下にさらすうえで重要な役割を果たした日本麻酔科学会は、調査を続けている。

ただ、正直に言うと、現在の制度では、共著者が疑いを持ったとしても、注意を呼びかけるのは難しかったと考えられる。同僚の誤った行動に対して内部告発すると、同じ分野の先輩研究者を怒らせて、自らのキャリアを危険にさらすおそれもある。

不正行為を当局に通報すると報酬が得られる制度もある。例えば9月中旬、米国政府は、おそらくは世界最高額となる報奨金を内部告発者に支払った。脱税事件に関与して投獄された元銀行員が、1億400万米ドル(約83億円)を受け取ったのだ。評論家、特に法律家は、自分の身を危険にさらすインサイダーを増やす唯一の方法は、こうした莫大な報酬だと言う。インサイダーが名乗り出ることが、脱税のような犯罪を防ぐために最も有効な方法なのだ。

しかし、この方法は科学の世界ではうまくいかないだろう。研究助成機関は、内部告発者に与える現金を用意できない。それに、内部告発者が受け取る報奨金が、研究プロジェクトに交付される助成金よりも高額になったとき、大騒動になるのは明白だ。

脱税事件の場合には、摘発によって回収できる金額が莫大なので、高額の報奨金も正当化される。しかし、研究上の不正行為によって生じるむだの大きさについても、政府は考慮していい。不正行為が数十年間も続き、科学文献に包み隠されていたような場合には、なおさらだ。また、金銭的報酬を提供せずとも、当局が学術上の不正行為を規制する活動に投じる資源を増やすことは、十分な合理性を持つ。

例えば日本では、内部告発者が、その主張を所属機関ではなく、外部組織に提起しやすく変更したらよい。日本国内にそのような制度は存在しているのだが、その運用において、関係省庁の諸機関は、内部告発者の申し立てを関係機関に転送しており、内部告発者の立場が脅かされている。

藤井の不正発覚以降、前向きな取り組みが見られる。日本麻酔科学会は、有効な内部告発の仕組みを新設する計画を立てている。また、時間はかかったかもしれないが、藤井の問題含みの論文を効果的に一掃した学術雑誌の23人の編集者も称賛に値する。また、藤井の発表データが完璧すぎることを明らかにするために用いられた方法のように、結果を統計的に評価する方法は容易に利用できるようになっており、論文発表された知見を監査し、必要に応じて警告を発する方法として浸透していくことが期待される。

藤井の不正行為は、今回もまた、1人の研究者による特異で極端な事例ととらえられることになるだろう。しかし、こうした不正行為の継続を許した問題点が、世界各地の科学コミュニティーに存在していることを、しっかりと認識すべきである。

翻訳:菊川 要、要約:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2012.121231

原文

Through the gaps
  • Nature (2012-09-20) | DOI: 10.1038/489335a