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哺乳類トゲマウスに見られる皮膚の剥落および再生能力

トカゲが尾を切って捕食者から逃れることはよく知られており、この行動は「自切」と呼ばれている。トカゲのような爬虫類の尾の筋組織と骨は、必要が生じれば、決まった面で切断してもさしつかえない構造になっている1。その後治癒したときには、構造的には不完全ながらも、機能する新しい尾が再生する2。一方、珍しいペットの飼い主しか知らないと思われるが、アフリカトゲネズミ(Acomys〈トゲマウス〉属)は、尾の皮膚を脱ぎ捨てることによって敵から逃れる。今回、Nature 9月27日号でSeifertら3は、このトゲマウスの尾の皮膚で見られる剥落と再生が、体のほかの部分にも認められることを明らかにし、この魅力的で、臨床応用の可能性もある能力の、分子的・構造的基盤の詳細を明らかにした。

これまでの研究で、トゲマウスの尾の皮膚と下層の筋肉や骨との結合は、ハツカネズミ(Mus musculus)などのほかの齧歯類と比較してゆるいことが明らかにされており4、トゲマウスの皮膚が容易に剥落するのは、この特徴のためであると考えられている。今回、Seifertらは、Acomys kempiおよびAcomys percivaliという2種のトゲマウスを野外で捕獲して、その皮膚の特性を詳細に調べた。実際、Seifertらが捕獲したときにも、そのトゲマウスは、手で普通につかんだだけで背中の皮膚が60%も剥がれてしまったほどだ。

今回の研究で、トゲマウスの皮膚は、一定の負荷をかけることで、きわめて容易に傷つくことがわかった。ハツカネズミと比べると、引っ張りに耐える力は20分の1しかなく、77分の1のエネルギーで皮膚が破れる。トゲマウスの皮膚は、ある決まった点で破れるという構造をしている訳ではない。つまり、皮膚が容易に剥がれてしまうのは、全体的に破れやすい構造になっているためではないかと考えられた。この破れやすさの根底にある分子的・生体力学的な特性はまだわかっていないが、Seifertらは、トゲマウスの皮膚ではハツカネズミ類と比べて毛包(毛根部を覆っている組織)が大きく、表面積に占める毛包の比率が高いことを指摘しており、それが何らかの影響を及ぼしているのかもしれない。

トゲマウスの皮膚が剥がれる能力もさることながら、より注目されるのは治癒の能力だろう。

皮膚は、外側の表皮層と内側の真皮層で構成されている。Seifertらによれば、皮膚が剥がれたトゲマウスでは、毛の生えた皮膚が30日以内に再生し、表皮の再生はハツカネズミよりも速かったという。また、トゲマウスでは、下層に形成される創傷床組織(瘢痕に関連する組織)が小さく、さらに、その組織を構成するタンパク質も異なっていた。通常、哺乳動物の創傷床組織の特徴は、整列した I型コラーゲン原線維で構成されていることである。しかし、トゲマウスでは、主として細胞外マトリックス(ECM)分子である「III型コラーゲン」により構成されていたのだ。なお、治癒しつつあるトゲマウスの表皮細胞は新しい毛包を形成し、毛包の形成に関与するシグナル伝達経路が胚の毛の発生で利用されるものと類似していることもわかった。

ほかの哺乳動物の皮膚の治癒では、毛包の新規形成は起こりにくいと考えられているが、ウサギやハツカネズミに生じた大きな傷では、毛包の再生が確認されている5,6。この場合、傷口の表面に表皮細胞が「はうように」広がり、多くの毛包を含む新しい表皮層が形成される。興味深いのは、ウサギやハツカネズミの傷跡に生えた新しい毛は色がなく半透明なのに対し、トゲマウスの新しい毛では普通の色がついていたことだ。

毛包が再生することから、損傷組織を覆う表皮細胞は、治癒の過程において、毛包の形成を促す下層の細胞との間で相互作用していることがわかる。表皮細胞と下層の間葉細胞とのやりとりは、胚の毛包発生においても重要であることが知られている(参考文献7の総説を参照)。同じやりとりは、哺乳動物の成体の創傷治癒過程でも認められるものの、多くの場合、表皮が広がり始めるのが遅いようだ。それと比較すると、トゲマウスの創傷治癒過程では、上皮再形成(発生や創傷治癒のときに表皮を形成する細胞は「上皮」と呼ばれる)が高速であること、そして、毛包が再生することが特徴として挙げられる。カエルやサンショウウオなどの両生類の再生においても、上皮再形成がきわめて高速なことが典型的な特徴であることは、注目に値する8

Seifertらは、トゲマウスの組織再生能力をさらに詳しく調べるために、耳の組織に孔をあけて、その反応を観察した。するとその孔は、筋肉こそ作られなかったが、軟骨、脂肪、真皮、そして表皮の構造によって埋められることがわかった。それは、多くの点で、サンショウウオの肢の完全な再生過程と類似していた。

サンショウウオの場合、肢の切断端が、非増殖性の表皮細胞の層によって速やかに覆われる。続いて、その下層の組織の間葉前駆細胞が増殖し、「再生芽」と呼ばれる細胞塊が作られる9。そして、表皮層と再生芽との間の情報交換を通して、骨や末梢神経、筋肉の再生が促される10。この過程では、通常表皮と真皮とを隔てているECMの基底膜層は存在せず、また、再生芽の細胞は、フィブロネクチン、ヒアルロン酸、テネイシンというECM分子に取り囲まれている11–15

図1:アフリカトゲネズミの傷の修復
Seifertら3は、耳に直径4mmの孔をあけたトゲマウスの組織再生を調べた。その結果、軟骨、脂肪組織、皮膚が再生して孔が埋められ、そこには真皮層と表皮層が形成されるとともに、毛包も作られることがわかった。そのプロセスでは、はうように広がる表皮細胞が皮膚の外層を高速で再形成させていた。この層の下では、間葉細胞が増殖して細胞塊(フィブロネクチンおよびテネイシンというタンパク質も含まれる)を形成させるが、それはサンショウウオが肢を再生させるときに形成する再生芽と類似している。再生芽は、骨や神経組織などの構造の再生を促すことが知られている9。通常なら真皮と表皮とを隔てている細胞外基質の基底膜層は、トゲマウスがこの細胞塊を形成させているときには存在しない。

トゲマウスの耳の組織再生もサンショウウオの再生過程と同様に、間葉細胞の増殖とともに非増殖性の表皮層が高速で形成され、傷の表皮と間葉層との間にはECMの基底膜は形成されなかった。そして、間葉組織にはフィブロネクチン、テネイシン、およびIII型コラーゲンが多く含まれていたのだ(図1)。

一方、ハツカネズミの耳にあけた孔では(ハツカネズミの耳にあけた孔は再生しない)、最初こそ間葉細胞が増殖するものの、持続はしなかった。また、間葉細胞では平滑筋タンパク質「アクチン」の発現が認められた。これは、I型コラーゲン原線維を蓄積する細胞の特徴で、瘢痕組織形成に寄与している。なお、トゲマウスではアクチンの発現はわずかしか認められていない。

孔をあけた耳の再生は、ウサギや一部の系統のマウスなどの哺乳動物でも報告がある16–18が、今回の結果から、高速の上皮再形成とECM層の形成という2つの特性が、哺乳動物の組織再生能力と関係していることが確かめられた。

今回の研究成果は、両生類が通常備えている再生への経路が、少なくとも皮膚に関しては、哺乳動物でも利用できることを示唆している。皮膚以外の傷でも、この経路のロックを正しく解除すれば、瘢痕なき治癒が促されるかもしれない。しかし、瘢痕なき治癒と、組織のきれいな再生に寄与すると考えられている免疫反応の変化がトゲマウスの驚異的な再生能力19,20と関係しているのかどうかは、今回の研究では検討されていない。背中の皮膚の60%を失った動物がどうやって微生物の攻撃と組織の乾燥に耐えるのかは、今後の研究の興味深い課題だろう。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2012.121224

原文

Skin, heal thyself
  • Nature (2012-09-27) | DOI: 10.1038/489508a
  • Elly M. Tanaka
  • Elly M. Tanakaは、ドレスデン工科大学DFG再生医療センターに所属。

参考文献

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