マウスの幹細胞から卵子を作製
京都大学の斎藤通紀(さいとうみちのり)らの研究グループが、マウスの幹細胞から卵子の作製に成功した(2012年10月4日、Science にオンライン掲載)。体外受精後に雌のマウスに移植したところ、健康な仔マウスが得られたことから、卵子としての能力に問題がないことが確認された1。この研究成果は、哺乳類の発生メカニズムや不妊の原因を解明するための強力なツールになると考えられる。
「我々人類は、長い間、胚性幹細胞(ES細胞)や多能性細胞から生殖細胞を作製しようと取り組んできました。そしてついに成功したのです。彼らは、実にうまくやりました」とエディンバラ大学(英国)の生殖生物学者Evelyn Telferは語る。
幹細胞研究者はこれまで、幹細胞や前駆細胞から多くの種類の細胞を作製してきたが、生殖細胞については困難を極めていた。生殖細胞の発生プログラムは、体細胞のものに比べて非常に複雑で、その1つに、生殖細胞特有の分裂方法がある。体内の大部分の細胞は、染色体の両方のセットのコピーを持つのだが、生殖細胞は「減数分裂」を行って成熟するため、各染色体の単一コピーしか持たないのだ。
しかし、この研究グループは2011年に、マウスの幹細胞から機能的な精子の作製に成功した2(Nature ダイジェスト 2011年10月号24~25ページ参照)。
「精子の作製はおそらく、卵子よりは容易だろうと考えられていました」と医学生物学研究所(シンガポール)の発生生物学者Davor Solter(今回の研究には参加していない)は話す。精子は体内で最も単純な細胞の1つだが、卵母細胞ははるかに複雑だ。「その卵母細胞を作ることができれば、発生すべてが可能になるのです」とSolter。
卵子にするにはさらに操作が必要
今回の研究で、斎藤らの研究チームは、マウスの2種類の細胞、すなわちES細胞と線維芽細胞から樹立した人工多能性幹(iPS)細胞から、卵子作製を試みた。精子作製の時と同様に、シグナル伝達分子のカクテルを用い、幹細胞をまずエピブラスト細胞に変化させ、その後、始原生殖細胞(PGC)に変化させた。どちらの細胞も卵子の前駆細胞である。精子の場合は、雄のPGCを生殖能力のない雄マウスの精巣に注入するだけで、精子に成熟させることができた。しかし、卵子の場合には、さらに操作が必要だった。
研究チームは、マウス胎仔から将来卵巣になる組織の体細胞(生殖細胞を含まない)を取り出し、作製したPGCと共に培養(凝集培養)した。凝集培養された細胞は、自然に卵巣様構造を形成したので、彼らはその凝集塊を雌マウスの卵巣被膜下に移植した。そして4週間後、幹細胞由来のPGCは、卵母細胞になった。研究チームはこの卵母細胞を成熟させて受精可能な成熟卵を得ることができたので、精子と体外受精をして、得られた受精卵を仮親の雌マウスに移植した。生まれた仔マウスには、成長後、生殖能力があることが確認された。
マウスの体内に存在するPGCは、数が非常に少ないうえに単離が難しいため、PGCの調節機構についてはこれまでほとんど調べることができなかったと、斎藤は言う。PGCが精子や卵子になるには、特定の遺伝子群が抑制される「ゲノムインプリンティング(遺伝子刷り込み)」と呼ばれる過程を経る。発生にはこの過程が不可欠であるにもかかわらず、その開始や抑制される遺伝子の選択機構についてはほとんどわかっていない。
また、減数分裂についてもまだ不明な点が多い。特に卵母細胞は、胎仔期に形成されてから排卵されるまで休止状態のままなのだが、この仕組みは詳細にはわかっていない。「この研究成果はすぐに、発生の初期段階の解明に最も大きな影響を与えるものとなるでしょう」と斎藤は言う。「精子と卵母細胞の作製に成功したことで、この重要な細胞系統で何が起こっているのか、実際に調べることができるようになったのです」。
生殖細胞についての疑問点の多くは、生殖医療にも関係してくるだろうと、Telferは話す。
現在、斎藤らの研究グループは、ヒト細胞からもPGCを作製しようとしている。ヒトとマウスの幹細胞には違いがあるため、それが難しいことは明らかだ。そのうえ、PGCを培養するための卵巣組織をヒトから得ることは、倫理的な観点から、現実には不可能だろう。
しかし、今回の技術に十分工夫を重ねることで、「最終的には、ヒトでも可能になる」とSolterは言う。このアプローチがヒトでも有効なら、研究に利用できる卵母細胞を制限なく供給できるようになるかもしれないと、彼は付け加える。「現時点では、卵母細胞の使用には、倫理的および法的な規制がありますが」と彼は言う。
翻訳:三谷祐貴子
Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 12
DOI: 10.1038/ndigest.2012.121206
参考文献
- Hayashi, K. et al. Science http://dx.doi.org/10.1126/science.1226889 (2012).
- Hayashi, K., Ohta, H., Kurimoto, K., Aramaki, S. & Saitou, M. Cell 146, 519–532 (2011).