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重力レンズでダークエネルギーに迫る

ダークエネルギーサーベイ(DES)計画が使用する新開発のカメラは、弱い重力レンズ効果のかすかな効果を調べるため、数百万個の銀河を撮影する。

R. HAHN/FERMILAB

遠い銀河の画像は、最高の条件で撮影したとしても少し歪んでいることがある。しかし、これはそういうものなのであり、撮影装置の欠陥ではない。質量が時空を歪めるので、遠い銀河から来る光は、その途中にある見えない物質のそばを通過するときに曲がってしまう。このため、天体の像はわずかに変形したり引き伸ばされたりする。

これは「弱い重力レンズ効果」と呼ばれる現象で、まもなく始まる予定の2つの天文学の調査では、この効果を積極的に利用して、ダークエネルギー(暗黒エネルギー)の手がかりをつかもうとしている。ダークエネルギーは宇宙の膨張を加速させている主因とみられており、謎に包まれた研究対象だ。やり方は2段階だ。天文学者たちは、空の広い領域にわたって歪みのパターンを観測して、そこからまず、ダークマター(暗黒物質)の密度と分布を調べようとしている(「向きをそろえる銀河」を参照)。

このダークマターの分布は、宇宙に目に見えない「足場」を構成していて、それはクモの巣状に張りめぐらされている。宇宙の形成後、目に見える物質はこのダークマターが作る足場の周囲に集まったと考えられている。そこで2段階目として、天文学者たちは、この目に見えないクモの巣が、宇宙の歴史を通じてどのように変化したかを調べることにより、ダークエネルギーの影響を見いだしたいと考えている。

ダークエネルギーが及ぼした影響については、すでに、宇宙の目印を使う方法で調べられている。例えば遠い超新星を標準光源としたり、銀河分布に見られる「さざ波」を標準定規とする方法などである。しかし、こうした方法は、宇宙の膨張速度がダークエネルギーのためにどのように変化してきたか、ということしか教えてくれない。これに対して、弱い重力レンズ効果では、像の歪みから遠い場所における重力の作用がわかる。このため、理論研究者にとって早急に解決しなければならない問題への手がかりが得られるのだ。

つまり、宇宙の加速膨張は、謎めいたダークエネルギーの「斥力として働く重力」(負の圧力)のために起こっているのではなく、宇宙の異なる場所では重力の働き方も異なっていることのサインではないのか、という問題だ。

コーネル大学(米国ニューヨーク州イサカ)の宇宙物理学者Rachel Beanは、「弱い重力レンズ効果を使った観測は、重力の性質について、枠にとらわれない知見をもたらしてくれると思います。これは、ほかの方法では得ることができません。だから、潜在的な可能性は大きい。しかし、同時に困難も大きいと思います」と話す。

「強い」重力レンズ効果とは、大きな質量の集まりが銀河の像を大きく歪める現象のことだ。これに対して「弱い」重力レンズ効果は、非常にかすかなもので、たくさんの銀河を詳細に調べないと検出できない。その新たな観測計画の1つが、国立天文台(東京都三鷹市)と東京大学などが開発した「ハイパー・シュプリーム・カム」(HSC)という新型カメラを使う計画だ(http://www.ipmu.jp/ja/node/1375)。HSCは、ハワイにある口径8.2mのすばる望遠鏡に取り付けられ、2012年8月28日にファーストライト(初受光)を迎えた。国立天文台HSC開発チームリーダーである宮崎聡准教授は、「HSCは、2018年までに空の1500平方度の領域の1000万個の銀河の画像を撮影することをめざしています」と話す。

HSCのライバルとなる観測計画が、米国などが進める「ダークエネルギーサーベイ」(DES)だ。DESは、チリの口径4mのブランコ望遠鏡を使う。研究責任者(PI)であるフェルミ国立加速器研究所(米国イリノイ州バタビア)のJosh Friemanは、「装置は2012年9月中に稼働し始める予定です」と話す。DESは、ブランコ望遠鏡を使う観測計画の中心になるので、HSCよりも多くの観測を行うことができ、2018年までに5000平方度の領域の3億個の銀河の画像を撮影できるはずだ。しかし、望遠鏡の口径が小さいので、HSCほど遠くの宇宙を観測することはできない。

これらの巨大なデジタルカメラ(HSCは8億7000万画素、DESは5億7000万画素)を使っても、「弱い重力レンズ効果を測定することは、とてもとても難しいのです」とBeanは打ち明ける。例えば、重力レンズ効果によって引き起こされる微妙な歪みを検出するためには、望遠鏡の光学系によって生じる収差と、地球大気による分散を補正しなければならない。

ならば、宇宙空間から観測すればよい。実際、欧州宇宙機関(ESA)は、ユークリッドと呼ばれるダークマター・ダークエネルギー観測衛星を2019年に打ち上げる計画だ。米国では、広域赤外線探査望遠鏡(WFIRST)と呼ばれるダークエネルギー観測用宇宙望遠鏡計画があり、米国学術研究会議(NRC)が2010年に発表した天文学・宇宙物理学探査10年計画で、宇宙空間から行う天文学の最優先計画に位置づけられた。まだ予算はついていないが、実現すれば、観測時間の多くを弱い重力レンズ効果の測定に使うことになるだろう。

一方、弱い重力レンズ効果を使う方法よりも、超新星を使う方法や、バリオン音響振動の観測のほうが優れているのではないか、と考える天文学者たちもいる。バリオン音響振動は、宇宙の銀河分布の中に隠れている「さざ波」のような構造で、その元になった物質濃淡はビッグバンの数十万年後にできたと考えられている。バリオン振動分光探査計画(BOSS)の研究責任者である、ローレンスバークレー国立研究所(米国カリフォルニア州バークレー)のDavid Schlegelは、「私は、どちらが優れているか、まだ結論は出ていないと思っています。例えば、弱い重力レンズ効果は、銀河がランダムな方向を向いていることを仮定していましたが、実際にはそうではないことが判明しつつあり、観測結果に及ぼすその系統的な影響を取り除かなければならなくなっています」と指摘する。

ダークエネルギーという謎の解決には、多様な方法をとることが重要だと考える天文学者たちもいる。ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の宇宙物理学者Chris Stubbsは、「10年前、天文学者たちは、ダークエネルギーが本当に存在することを証明するのに一生懸命でした」と振り返る。現在では、その存在についてはほとんど疑いがなくなり、天文学者たちは、さらに詳しく調べるために、弱い重力レンズ効果などの方法を使おうとしているわけだ。

ダークエネルギーは、距離、方向、物質の密度によって変化するのか。ダークエネルギーによる効果と、変化する重力による効果とを見分けることはできるのか。「私たちは今、ダークエネルギーを調べるために最適化された観測装置と実験方法でこの問題に挑戦する時代に、ようやく入りつつあるのです」とStubbsは話している。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2012.121220

原文

Cameras to focus on dark energy
  • Nature (2012-09-13) | DOI: 10.1038/489190a
  • Eric Hand