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科学としての歴史

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「歴史は繰り返す」という格言は、時に真実であるように思われる。例えば米国では、1861~65年の南北戦争後に民族間・階級間の反目による暴力事件が都市部で急増し、それが全米に広がって、1870年頃にピークに達した。国内騒乱が次に増加したのは1920年頃で、人種的反感による暴動、労働者のストライキ、反共感情の高まりなどにより、多くの人が近いうちに革命が起こるかもしれないと思った。米国社会は1970年頃にも不穏な状態に陥り、激しい学生デモ、政治的暗殺、暴動、テロが頻発した(『暴力の周期』参照)。

コネチカット大学(米国ストーズ)で個体群動態学の研究をしているPeter Turchinは、米国の政情の不安定さがピークに達した3つの時期の間隔が約50年であるのは偶然ではないと言う。Turchinは15年前から研究に数学的手法を取り入れて、森林生態系における捕食者-被食者周期の追跡などを行ってきた。そして、近年は、この手法を歴史学に応用している。彼は、米国の経済活動、人口統計学的傾向、暴力事件の発生件数に関する歴史記録を分析した結果、すでに新しい国内騒乱の波が生まれているという結論に達した1。この波がピークに達するのは2020年頃で、少なくとも1970年頃のピークと同程度の大きさになるだろうと彼は言う。「1870年頃ほどひどいものにならないことを祈るばかりです」。

歴史学の分野では、近年、すべての人間社会を形作る各種の社会的な力を特定し、これらをモデル化することにより、歴史学に科学的手法を適用しようという試みが広がっている。Turchinらのアプローチもそうした試みの1つであり、彼らはこれを古代ギリシャの歴史の女神クリオの名にちなんで「クリオダイナミクス(歴史動態学)」と呼んでいる。英国の歴史学者Arnold Toynbeeは「歴史とは単なる忌まわしい出来事の連続にすぎない」と言ったとされるが、Turchinはこの言葉を引用して、「歴史動態学とは、歴史がそうではないことを示す試みなのです」と言う。

しかし、歴史学者の大半は、歴史動態学を懐疑的な目で見ている。多くの歴史学者は、歴史を偶然と個人の弱さと特別な状況が複雑に混ざり合ったものととらえており、「歴史の科学」などという大雑把なとらえ方ができる訳がないと考えている。ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の文化歴史学者Robert Darntonは、1999年に書いたコラムで、「マルクス主義や社会ダーウィン主義から構造主義やポストモダニズムまで、壮大な理論が次々と登場した1世紀を経た今日、ほとんどの歴史学者は一般法則への信仰を捨て去った」と指摘した。

ほとんどの歴史学者は、政情の不安定化のような現象は、実際の出来事に関する詳細な物語を組み立てて理解しなければならないと考えている。パターンや規則性は探しているが、それが特定の時間と場所を背景にした出来事であることは、絶対に忘れない。マンチェスター大学(英国)で初期近代史を研究しているDaniel Szechiは、「我々は、できないことを望んだりせず、自分たちにできることをしています」と言う。そして、「我々はあまりにも無知なので」意味のある周期を見いだすことができないのだと付け加える。

しかしTurchinらは、非線形数学や、数千人から数百万人の相互作用を一度にモデル化できるシミュレーションや、歴史に関する情報を収集して巨大なデータベースを構築・分析する情報科学技術の力を借りて、再び一般法則を考えるべきときがやって来たと主張する。歴史動態学の登場はむしろ遅すぎたと考えている人さえいる。ビクトリア大学ウェリントン(ニュージーランド)で宗教の進化について研究しているJoseph Bulbuliaは、「歴史学者はこれまで、適当な手続きを踏まずに複数の事例の中から1つのサンプルを選び出し、それを観察すれば知見を一般化できるとしてきました。こうした悪しき習慣から、抜け出す必要があるのです」と言う。

生態学から歴史学へ

Turchinが歴史動態学の着想を得たのは、彼が冗談めかして「中年の危機」と呼んでいる時期のことだった。1997年、当時40歳だった彼は、個体群動態学に関する主要な生態学的問題には、すべて答えが出てしまったと感じた。そして次の未開拓領域として彼が目を付けたのが、歴史学だった。これにはあるいは、彼の父親であるロシア人のコンピューター科学者Valentin Turchinの影響があったかもしれない。父Valentinは、社会を支配する一般法則の存在に疑問を抱き、全体主義の起源について反体制的な論文を執筆したことなどを理由に、1977年にソ連から国外追放処分を受け、家族を連れて米国に移住していた。

Turchinの説明によると、歴史動態学の新しさは、パターンを探すことにある訳ではない。従来の歴史学でも、政情の不安定化などの現象を、政治的、経済的、人口統計学的変数と相関させた成果が得られている。動態学と歴史学の違いはスケールにある。Turchinらは、数百年から数千年分の歴史データを系統的に収集し、そうした変数の相互作用を数学的に分析しているのだ。

歴史動態学で社会の長期傾向を分析する場合、人口、社会構造、国力、政情の不安定さという4つの主要な変数に注目する。4つの変数のそれぞれが、複数の方法で評価される。例えば社会構造は、健康格差(平均余命に関する定量的なデータなどの数字を使って評価したもの)や富の格差(最大の資産と賃金の中央値との比として評価したもの)などの因子によって決まる。とはいえ、それぞれの変数に関係のあるデータを見つけるのは難しいため、ぴったりの数字を選べないこともある。各変数を完璧に表現できる数字など存在しないことは、研究者自身も認めている。しかし、彼らはそれぞれの変数について、少なくとも2種類の数字を選び出し、問題の影響を最小限に抑えるよう努めている。

Turchinらは次に、歴史データベース、新聞のアーカイブ、民族学研究など、ありとあらゆる情報源を利用して、4つの変数を表現する数字を時間に対してプロットし、歴史的なパターンや未来の出来事の目印を探る。例えば、社会が不安定化したり暴力が多発したりする時期が近づくと、不正行為の指標が増加し、政治協力が解消される傾向が見られる。こうした分析は、変化が起こる順序をたどることも可能にする。研究者は、そこから役に立つ相関を見つけ出し、この相関に基づいて因果関係を説明することもできる。

終わりなき周期

Turchinは、歴史考古学研究所(ロシア・エカテリンブルグ)のSergey Nefedovとロシア国立人文大学(モスクワ)のAndrey Korotayevの2人とともに歴史動態学の概念に磨きをかけていく過程で、政治的不安定性に関するデータが2つの傾向に支配されていることに気付いた。1つは、彼らが「長周期」と呼ぶもので、2~3世紀にわたって続く。この周期は、労働力の需要と供給のバランスがほぼ釣り合った、どちらかといえば平等主義的な社会から始まる。やがて、人口が増加してくると、労働力の供給が需要を上回り、エリート集団が形成され、最も貧しい人々の生活水準が低下する。ある点まで来ると、社会の中でエリートが過剰になり、彼らは権力を求めて争い始める。その結果、国家は政治的に不安定になり、崩壊し、次の周期が始まる。

Turchinらは、「長周期」に重なる50年(約2世代)の周期も発見していて、これを「父子周期」と呼んでいる。父親は、社会の不公平に気付いて暴力的に反応し、息子はその負の遺産に耐え忍びながら生きてゆく。しかし、孫の世代が再び戦いを開始する。Turchinは、この周期を森林火災に例える。森林火災で焼け野原になっても、下草が十分に生えてきて、次の周期が始まるという訳だ。

この2つの相互作用する周期は、紀元前5世紀以降の欧州とアジア全域で見られるパターンと合致している、とTurchinは言う。例えば、紀元前1世紀に起きたローマ共和国からローマ帝国への困難な移行は、この2つの周期を使って記述できる。古代エジプト、中国、ロシアにも同じパターンが見られるという。

また、2011年にエジプトで発生した反政府運動がHosni Mubarak大統領の独裁体制を崩壊させて世界を驚かせたタイミングも説明できるという。当時、エジプト経済は成長していて、その貧困率は発展途上国の中では最も低い水準にあったので、普通に考えればムバラク政権の安定は続くはずだった。しかし、革命に至る10年間に、エジプトでは大学を卒業したものの安定した職に就けない若者の割合が4倍に増えていた。これはエリート過剰の指標であり、それゆえ問題を引き起こす、とTurchinは主張する。

宗教の浸透・成長などの歴史問題にも、Turchinはこのアプローチを適用している。その結果、中世のイランとスペインにおけるイスラム教への改宗などが、伝染病が広がるモデルとよく一致することを見いだした2

ジョージ・メーソン大学(米国バージニア州フェアファクス)のコンピューター社会科学者で、自律的な決定主体(エージェント)の相互作用をモデル化した「エージェント・ベース・モデル」を使ってコンピューター・シミュレーションを行っているClaudio Cioffi-Revillaは、自分の専門分野を自然に補足するものとして歴史動態学を歓迎する。Cioffi-Revillaのチームは現在、近年の気候変化が、人口密度が高く、干ばつに苦しめられている東アフリカの大地溝帯地域の人々に及ぼす影響を明らかにするモデルの開発に取り組んでいる。このモデルは、家庭を表す一連のデジタルエージェントから出発して、季節による移動パターンや民族の協力などの規則に従い、これらを相互作用させる。研究者らはすでに、労働の専門化と干ばつに対する脆弱性が自発的に現れてくるのを確認しており、将来的には、難民の流れを予測し、紛争が起こりやすくなる場所を特定できるようにしたいと考えている。Cioffi-Revillaは、歴史動態学が歴史データから抽出した規則をエージェントに供給することにより、自分たちのモデルを強化できるかもしれないと言う。

世界的な傾向

歴史動態学には、ジョージ・メーソン大学グローバル政策センターのJack Goldstone所長という味方もいる。Goldstoneは、米国外で起こる出来事を予測するために米国中央情報局(CIA)が資金を提供している政情不安定特別調査委員会のメンバーでもある。彼は、過去に起きた革命を調べて歴史動態学的パターンを見つけ出し、エジプトの急進派と穏健派の争いは今後もまだ数年は続き、5~10年の組織作りの期間を経て、安定を回復するだろうと予想した。「革命が速やかに落ち着く可能性もありますが、それはまれです」と彼は言う。「新国家の建設にかかる時間の平均は約12年で、それより長くかかることも多いのです」。

けれどもGoldstoneは、歴史動態学が役に立つのは大雑把な傾向を見るときだけだとクギを刺す。「歴史のある側面については、科学的・歴史動態学的なアプローチが適当で、自然で、有益であると言えます」と彼は言う。例えば、「1つの戦争のさまざまな戦いでの死者の数、自然災害による犠牲者の数、国家の再構 築にかかる年数など、出来事の発生頻度と強度をマッピングすると、強度の低い出来事は発生頻度が高く、強度の高い出来事の発生頻度は低いという一貫したパターンが見つかり、このパターンは厳密な数式に従っているのです」。しかし、産業革命のようなほかに例のない出来事や、特定の個人の生涯を予測する場合には、証拠に基づいて物語を作る従来の歴史学者のアプローチが最も優れている。

引退した経済学者で、現在もマサチューセッツ大学アマースト校(米国)で社会の複雑性の進化に関する研究を精力的に続けているHerbert Gintisも、歴史動態学が個々の歴史的出来事を予測できるとは考えていない。けれども彼は、歴史動態学が明らかにするパターンや因果関係が、回避すべき落とし穴や問題を未然に防ぐために取るべき行動について、政策立案者に有益な教訓を与えられるかもしれないと考えている。彼は、航空機産業を例にとってこれを説明する。「技術者は、特定の飛行機がいつ墜落するかを予想することはできませんが、飛行機が墜落したときにブラックボックスを回収して慎重に調べ、墜落の理由を解明しています。そのおかげで、現在は昔に比べて飛行機が墜落することが格段に少なくなったのです」。

しかしながら、こうした議論は、歴史動態学に対する懐疑論を抑える役には立っていない。Szechiによると、傾向から予測することの本質的な弱点は、歴史情報が恐ろしく断片的であることにあるという。記録が保存されるか破壊されるかは偶然に左右される。例えばアイルランドでは、内戦中の1922年にダブリンのフォーコーツ(アイルランド最高法廷)の周辺で激しい戦闘があり、火災が発生したため、保管されていた中世の公文書がすべて失われてしまった。より一般的には、知識は狭い範囲のテーマについてしか保存されないとSzechiは言う。「例えば我々は、中世の南イングランドのいくつかの街で穀物の価格がいくらであったか、詳しく知っています。けれども、その時代のごく普通の人々がどのように暮らしていたのか、全然わかっていないのです」。

現在、こうした穴を埋めるための学際的な取り組みが進められている。オックスフォード大学(英国)の人類学者Harvey Whitehouseは、有史以来の世界中の儀式、社会構造、紛争に関する情報のデータベースの構築を監督している。それはとてつもない大仕事であり、歴史学者、考古学者、宗教学者、社会科学者のほか、神経科学者までが参加していて、完了するのは何十年も先のことになるとみられている(ただし、英国政府は現時点で5年分の資金提供しか約束していないため、それ以降の資金をどこからか調達できたらという話である)。

それでもWhitehouseは、データベースに情報を提供する研究により、政治的暴力の直接的なきっかけが明らかになれば、Turchinのアプローチを補足することができると考えている。例えば彼は、そのような暴力が発生するためには、個人が政治団体に対して強い一体感を持ち始めていなければならないと主張する3。団体の一体感を強化する1つの有効な 方法は、儀式を利用することだ。特に、恐怖を感じさせたり、苦痛を与えたり、その他の方法で感情に強く訴えかける儀式は、鮮明な記憶を共有した団体を作り上げる。

「人は、自分の個人史が他者と共有されたときに、最も深い洞察を得たという印象を受けるのです」とWhitehouseは言う。2011年12月、彼は、オックスフォード大学の人類学者で内戦について研究しているBrian McQuinnとともに、リビアのミスラタで反カダフィ勢力の兵士を対象にして、アイデンティティの融合に関する調査を行った。この研究の結果はまだ発表されていないが、そうした融合がひとたびメンバー間に発生すると、彼らはグループのために喜んで戦い、死んでいくようになると彼は言う。ゆえにWhitehouseは、2020年頃に米国の政情が不安定になるというTurchinの予想が正しいならば、米国では今後数年間に、危険な儀式を行い、大きな報酬を約束する、強い結束を誇るグループが増えてくるだろうと考えている。

Turchinには、そのグループがどのような人々から構成され、戦いについてどのような大義を説き、どのような形の暴力行為を行うかを予想することはできない。これまでの騒乱を見ても、単一の問題を主因とするものはなかったと彼は言う。けれども彼は、大学卒業生の余剰と格差の拡大を含む社会的な紛争の前兆はすでに表れていると見ている。「格差の存在は、社会にとって好ましくないケースがほとんどなのです」と彼は言う。

とはいえTurchinは、はしかの流行と同じように、暴力のまん延も回避することができると主張する。伝染病の流行は、効果的なワクチン接種によって防ぐことができる。同じように、社会が歴史から学ぶ気があるならば、米国政府は、大学卒業生のためにより多くの仕事を創出したり、格差を是正するために断固たる行動に出たりすることで、暴力を未然に防ぐことができるだろう。

もしかすると、いくつかの社会問題については、革命が、唯一ではないにしても最善の解決策であるかもしれない。Gintisは、米国の女性と黒人に公民権を付与した1970年前後の騒乱に参加した経験を持つ。「エリートは権力を大衆に返還してきたと言われていますが、それは脅迫されたからにすぎず、騒乱の後に治安を回復するためにそうしたにすぎません」と彼は言う。「私は騒乱を恐れません。騒乱があったからこそ、我々は今、ここにいるのですから」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2012.121120

原文

History as science
  • Nature (2012-08-02) | DOI: 10.1038/488024a
  • Laura Spinney
  • Laura Spinneyは、ローザンヌ(スイス)在住のフリーライター。

参考文献

  1. Turchin, P. J. Peace Res. 49, 577–591 (2012).
  2. Turchin, P. Historical Dynamics (Princeton Univ. Press, 2003).
  3. Swann, W. B. Jr, Jetten, J., Gómez, Á., Whitehouse, H. & Bastian, B. Psychol. Rev. 119, 441–456 (2012).