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男性用ピルの実現が近い?

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2012.121109

原文:Nature (2012-08-16) | doi: 10.1038/nature.2012.11210 | Birth control for men edges closer

Amy Maxmen

ホルモン剤を使わずに、雄のマウスを可逆的に不妊化できる方法が見つかった。

男性用経口避妊薬(ピル)の開発は、1970年代前半にはそれほど難しいとは考えられていなかった1。しかし現在に至ってもなお、開発はあまり進展していない。こうした中で、雄のマウスに一時的に生殖能力を失わせる新しい方法がCellに発表された2

この方法は、きわめて特異的な反応を利用する。精子形成に必要なタンパク質を遮断する物質(阻害剤)を投与することによって、精子を生産できないようにするのだ。BRDTと呼ばれるこの標的タンパク質は、精巣のみに存在し、精子細胞の分裂に必須であるため、2007年から薬物標的の候補として浮上していた。

米国立小児保健発達研究所(メリーランド州ベセスダ)の避妊薬開発プログラムディレクターDiana Blitheによれば、この処置をそのまま人間に利用することはできないが、従来の方法でみられた問題点の一部を回避できるという(Blitheは今回の研究に参加していない)。Blitheはこの方法に強い関心を持っており、「この分野には糸口がいくつかありますが、これはその中でとても有望なものです」と語る。

この方法が人間でも安全だと確認できれば、ホルモン剤を利用する男性避妊法よりも優れたものになるかもしれない。ホルモン法では、避妊効果が完全でないうえ、気分の揺れやにきび、性欲喪失などの副作用もあったからだ。

ホルモン法では一般に、プロゲステロンとテストステロンが利用される。プロゲステロンは精子の生産を制限するが、その一方で、高い筋肉量や勃起能力といった「男性的」な特徴を弱める作用もある。そのため、後から少量の治療用テストステロンを投与してそれを回復させる。

この研究を行ったベイラー医科大学(米国テキサス州ヒューストン)の生殖生物学者Martin Matzukは、「ホルモンのレベルに影響を与えないものが理想なのです」と話す。

臨床試験はごくわずか

BRDTを遮断する物質を注射された雄のマウスは、精巣が縮小して精子が減少し、生産された精子もすべて運動性を失っていた。

また、その物質を大量に投与されたマウスは、雌と交尾はするものの、子どもは産まれなかった。投与を止めて数か月すると、その雄マウスは再び雌を妊娠させることができるようになった。

研究チームは、この発見を男性用ピルの開発に利用するという課題に着手したばかりだが、同時にその治療法の作用機作(仕組み)を分子レベルで詳細に解明しようとしている。

BRDTが核内のDNAの立体配置を再配列して遺伝子の活性を変化させることは知られているが、再配列後にどのように細胞分裂や精子の生産停止につながるのかは、正確には明らかになっていない。また、このBRDT阻害剤投与で見られた効果は、標的との直接的な相互作用の結果なのか、BRDTと似た構造の別のタンパク質が媒介した結果なのか、はっきりしていない。今後の研究では、もっと確実に標的のみに作用するような物質を作ることが重要となる。

ノバルティス研究財団の1組織であるフリードリヒ・ミーシャー生物医学研究所(スイス・バーゼル)の生殖生物学者Mark Gillは、「精子形成を研究するにはよい系を発見したものだと思います。でも、男性用避妊薬として実用化が近いと言うには無理があります」と指摘する。

Gillは、行く手に多くの障害があることを予見する。「投与終了後に、投与、非投与の双方のマウスから同じような大きさの子どもが産まれるところまでは問題ないのかもしれません。でも、胎児が早期に死んだり、産まれてから異常が明らかになったりするような発達異常が生じる可能性もあります」。例えば、臨床試験で流産が1例でも報告されれば、試験は中止になるかもしれない。そうしたリスクゆえ、これまで製薬会社は男性用避妊薬の開発から手を引かざるを得なかったのだ。

そのため、米国内の男性用避妊薬開発の大部分で、米国立衛生研究所(NIH)がスポンサーとなっている。NIHの支援の下で開発されて臨床試験が行われている男性用避妊薬は、プロゲステロンとテストステロンのゲルという方法ただ1つだ。

これよりさらに手前の開発段階のものでは、テストステロンのピルやインプラントが挙げられる。また、これとは別に、精子の生産に不可欠なレチノイン酸も標的になっている。レチノイン酸の作用に対する干渉を狙った初期の実験では、飲酒後に気分が悪くなるという副作用が生じたため、副作用なく遮断する物質を開発しようとしている。

男性用ピルは、「間違いなく男性の欲しがるもの」だと、Matzukらの論文に論評を寄せたワシントン大学(米国シアトル)の内分泌学者William Bremnerは語る。Bremnerは、男性がすでに性交の機会の30%でコンドームやパイプカット(精管切除術)によって避妊を行っている事実を指摘している。

(翻訳:小林盛方)

参考文献

  1. Special Correspondent Nature 240, 441–443 (1972).
  2. Matzuk, M. M. et al.Cell 150, 673–684 (2012).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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