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がん幹細胞を初めて追跡した

増殖中の腫瘍内の細胞系譜の追跡が初めて行われた。この皮膚腫瘍では、赤色に標識された細胞は、すべて単一の幹細胞から生じた。

Gregory Driessens

がんの研究はさまざまな形で進められている。例えば、腫瘍細胞のゲノム解読、おかしな遺伝子活性を示すゲノムの探索、タンパク質に対応するゲノムの特徴抽出(プロファイリング)、そして実際に培養してその挙動を調べることなどである。しかし、正常状態を逸脱した細胞が、患者の体内で何をしているのか、また、どのように腫瘍を形成するのか、これまで追跡して観察することはできなかった。しかし今回、マウスにおいて腫瘍を研究している3つの研究チームが、厳密にその細胞を追跡することに成功した1–3。これらの結果は、「ごく一部の細胞が腫瘍の増殖を促進しており、がんを治療するためには、その細胞を除去する必要がある」という考え方を支持するものだ。

今回の成果はそれぞれ、脳、腸、皮膚の腫瘍研究から得られた。その1つ、脳における研究2を率いたテキサス大学サウスウェスタン医療センター(米国ダラス)のLuis Paradaは、これらの結果がほかのがんにも当てはまるかどうかを判断するのは時期尚早だ、と言っている。しかし、もしほかのがんにも当てはまるのであれば、「化学療法の有効性の評価や治療法の開発にパラダイムシフトがもたらされるでしょう」ともParadaは言う。例えば、その治療法が腫瘍を退縮させるかどうかという現在の基準に代わり、目標の細胞種を殺す治療かどうかが評価・検討されるようになるわけだ。

このシナリオの根拠となっているのは、正常組織が普通の幹細胞から作り出されるように、多くの腫瘍は、さまざまな種類のがん細胞を作り出す「がん幹細胞」から作り出されるという仮説だ。この仮説は、説得力はあるが論争点も多い。これまでは、がん生検で採取した細胞を、表面マーカーなどの因子を用いて選別し、各細胞群を実験マウスに移植することで、この仮説を検討していた。原理的には、このような細胞の中で、新しい腫瘍を作り出せる細胞が、がん幹細胞ということになる。しかし、この検証過程に懐疑的な人たちもいた。移植とは細胞を自然な環境から引き剥がす行為であり、がん細胞の振る舞いが変化してしまうかもしれないからだ。「ある1種類の細胞に何ができるかはわかっても、実際の細胞集団が何をしているかはわからないのです」と、皮膚の研究1を共同で率いたブリュッセル自由大学(ベルギー)のCédric Blanpainは言う。

この問題を解決するには、あるがままの細胞を追跡・観察するしかない。今回、異なる3つの研究チームが、遺伝学的技術を用いてそれをやり遂げたわけだ。Paradaの研究チームは、まず、健康な成体の神経幹細胞は標識するが、分化した子孫細胞は標識しない遺伝学的マーカーを用いて、脳腫瘍の一種である神経膠芽腫で、がん幹細胞も標識されるかどうか検討した。そして、すべての腫瘍には、標識される細胞(これがおそらく幹細胞)が少なからず存在することを見いだした。

なお、腫瘍には標識されない細胞も多く含まれていた2。この標識されない細胞は、標準的化学療法で死滅させることができたが、その後すぐに腫瘍は再発した。さらなる実験から、この標識されない細胞は、標識された細胞が分裂して生じたものであることが示された。化学療法と組み合わせて、遺伝学的な操作により標識された細胞を抑制すると、腫瘍は退縮し、神経膠芽腫に似ていない「痕跡を残す」のみになったと、Paradaは言う。

一方で、オランダ発生生物学研究所(ユトレヒト)の幹細胞生物学者Hans Cleversの研究チームは、腸を中心に研究した。彼らは、これまでに、健康な腸管の幹細胞を標識する遺伝学的マーカーが、がんの前駆細胞である「腸管の良性腫瘍内の幹細胞」も標識することを示している4。彼らの最新の研究3では、この腸管の幹細胞マーカーと、薬剤誘導性の4色の蛍光タンパク質遺伝子を組み込んだマウスを用いた。このマウスでは、薬剤で誘導するたびに、特定の幹細胞由来の細胞を異なる蛍光の色で追跡することができる。この実験では、さまざまな細胞種から構成される単一色の腫瘍が生じ、各腫瘍が単一の幹細胞から生じていることが示された。さらに、幹細胞が腫瘍に細胞を供給し続けるかどうかを調べるため、再度、低用量の薬剤を投与して、少数の幹細胞の色を変化させた。その結果、新しい色の細胞系統が見られるようになり、やはり幹細胞は、ほかの細胞種を産生し続けることが示された。

皮膚の研究では、Blanpainの研究チームは、幹細胞を特異的な標的とはせず、個々の腫瘍細胞を標識した1。彼らは、分裂パターンによって細胞を2つに大別できることを見いだした。つまり、少数の細胞を産生して消滅する細胞と、多くの細胞を産生し続ける細胞である。この結果は、腫瘍増殖のエンジンとして、異なる細胞種があることを示している。腫瘍の侵襲性が高くなるにつれて、無制限に分裂することのできる新しい幹細胞がより多く産生され、限られた回数しか分裂できない分化した細胞は産生されなくなった。この事実は、早期に腫瘍の進行を停止させるヒントになるかもしれない、とBlanpainは言う。例えば、がん幹細胞を根絶するのではなく、がん幹細胞を非分裂細胞に分化させる治療法がありうるわけだ。

これらの3つの論文は、がん幹細胞が存在する明確な実験的証拠を示した、とホワイトヘッド研究所(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)のがん研究者Robert Weinbergは言う。「これらの論文は、がん幹細胞の概念を検証するうえで重要な貢献をしました」とWeinbergは言う。しかし、がん細胞はおそらく、観察された以上に複雑な方法でも活動しているのではないかと、彼は注意を喚起する。例えば、腫瘍内の幹細胞でない細胞が、幹細胞へと脱分化する可能性もあるのだ。

3つの研究チームとも、今回追跡したがん幹細胞が、長年の移植研究で同定されてきた従来のがん幹細胞とどのように関連するかを解明するのが、次の課題だと見ている。研究者たちは、すでにがん幹細胞を消滅させる方法の探索に躍起になっている。そのような戦略が機能するかどうか明らかにできるツールは、すでにいくつもある。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2012.121114

原文

Cancer stem cells tracked
  • Nature (2012-08-02) | DOI: 10.1038/488013a
  • Monya Baker

参考文献

  1. Driessens, G., Beck, B., Caauwe, A., Simons, B. D. & Blanpain, C. Nature 488, 527-530 (2012).
  2. Chen, J. et al. Nature 488, 522-526 (2012).
  3. Schepers, A. G. et al. Science 337, 730-735 (2012).
  4. Barker, N. et al. Nature 457, 608–611 (2009).