Editorial

科学的根拠に基づいた銃規制をめざせ

2012年7月に米国コロラド州の映画館で起こった銃乱射事件は、死者12人、負傷者58人を数える大惨事となった。事件と関係して数多くの問題点が提起され、さまざまな分析も行われた。犯人のJames Holmesが、事件のわずか数週間前まで大学院生として米国立衛生研究所(NIH)の研修助成金を受け取っていたことから、NIHの関与を示唆する報道さえ登場した。

もちろん、こんな当てこすり記事はバカげている。しかし、今回の事件に多くの人々の注目が集まったことで、Holmesに銃器入手を許した現行法制への取り組みに、米国の政治家がいかに消極的であるかを再認識させることになった。このような環境の下では、今回の事件のような大量殺人の議論が、やはり多くの死者が生じる竜巻や地震など自然災害の議論と、全く同じように扱われてしまうことが多いのだ。自然災害のほうが、偶然で不可避な要素ははるかに多い。

しかし、自然災害のような真に不可避な事象でさえ、科学をもって戦うことができる。例えば米国地質調査所では、約250人の専門職員が、地震がもたらす危険性の評価に取り組んでいる。

一方で、銃器の研究については、米国政府は何もしてこなかった。全米ライフル協会はそれどころか、そうした研究が行われないよう目を光らせてきたのだ。全米ライフル協会は、銃所有者による圧力団体で、1996年から、銃に関する科学的な取り組みを抑え込む活動を進めてきた。そのときは、米国疾病管理予防センター(CDC、ジョージア州アトランタ)が始めたばかりの銃器による暴力に関する総額260万ドル(約2億円)の研究を、シンパの国会議員を使って廃止に追い込んだ。

しかし、このCDCの研究からは数々の知見が得られている。特筆すべきものとしては、銃のある家庭の人々について、殺人のリスクが2.7倍高く(A. L. Kellermann et al. N. Engl. J. Med. 329, 1084-1091; 1993)、自殺のリスクが4.8倍高い(A. L. Kellermann et al. N. Engl. J. Med. 327,467-472; 1992)というものがある。それ以降、米国議会は、各年度の歳出法に、CDCの外傷予防関連予算が「銃規制の擁護や助成に用いられること」を禁止する定めを置いてしまった。

全米ライフル協会の影響は、今年に入っても拡大を続けており、この禁止規定の適用範囲が、保健社会福祉省のすべての機関にまで広がった。その中には、重要なNIHも含まれているのだ。しかし、幸いにもNIHは、この禁止規定を狭く解釈するという歓迎すべき方針をとり、次のような声明を発表したのだった。「NIHは、外傷予防と暴力低減に関する研究プログラムと公衆衛生教育プログラムを支援する。このプログラムには、公衆衛生上の問題である銃器による暴力に関連するプログラムも含まれる」。

それでも、この領域でNIHが支援する研究の数は限られている。NIHの助成金データベースで、「銃器」を検索すると、5つのプロジェクトしか該当せず、助成金の総額も260万ドル(2011年)に過ぎない。その1つは、急性アルコール摂取と各種自殺方法(銃器の使用を含む)との関係を調べるプロジェクトで、もう1つは、外傷性脳損傷の子どものいる家族向けの研修・教育ツールの作成をめざすプロジェクトだ。

健全な公共政策に関する合理的な決定が、科学抜きになされることはなく、銃器に関しても同じことがいえる。例えば最も基本的な問題、つまり、銃の所有者の登録制度や免許制度を利用して、銃の犠牲者を減らす方法があるのかどうかという問題に取り組むためには、絶対に、査読のある研究論文が必要だ。ちなみに、米国の最も新しい2009年のデータによれば、銃による年間死者数は3万1347人にものぼる。

銃の問題について、基本的な科学研究を政治の犠牲にしてはならない。このメッセージを国会議員に対して主張する責任を負うのは科学者であり、国民である。特定の利益団体が、数々の政策領域において、論争点の多い重要な問題に関する研究を萎縮させている。科学者と国民が、メッセージを強力かつ定期的に送らなければ、萎縮効果の悪しき増大は止まらない。

翻訳:菊川 要

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2012.121129

原文

Who calls the shots?
  • Nature (2012-08-09) | DOI: 10.1038/488129a