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深海トロール漁が大陸斜面を削ると?

集中的な深海トロール漁で、耕した畑のようになった海底。バルセロナ大学CRG海洋地球科学グループ提供。

CRG Marine Geosciences, University of Barcelona

大陸棚の外縁から大洋底に至る大陸斜面に、「海底谷」と呼ばれる深いくぼみが発達している。重い網と漁具を引き回して海底の水生生物を捕獲する深海トロール漁が、この海底谷の細かい凹凸を平らにしてしまい、深海生物の生息環境を変えている。Nature 2012年9月13日号に発表された論文によると1、トロール漁が深海の地形を変える力は、地すべりや大しけの力に匹敵するという。

スペインの地中海沿岸では、1世紀近く前から、小型エビ(シュリンプ)を捕獲するトロール漁が行われてきた。最初は近海の浅くて平坦な海底で行われていたが、1960年代になると沖合に進出し、深さ800mもある険しい海底谷に入っていくようになった。しかし、トロール漁が起伏の多い地形に及ぼす影響については、よくわからなかった。

2006年、スペイン沿岸の海底谷を調査していた地球科学者たちは、滑らかな斜面をいくつか発見した。彼らは、こうした地形は、周囲の海水よりも重い水が斜面を流れ下ることで形成されたのではないかと提案したが、1つの斜面が、重い水の流れと無関係な位置にあった2。その理由を考えていたスペイン海洋科学研究所(バルセロナ)の海洋地質学者Pere Puigらは、トロール漁の存在に気付き、漁の際に海底の隆起部分が削られてシルト(砂と粘土の中間の大きさの粒子)となり、それが海底谷の底に沈んでいくのではないかという仮説を立てた。

研究者らは6か月間、海底谷のシルトの流れを測定し、海底からコアサンプルを採取し、海底谷のビデオ撮影を行った。次に、海底谷の高解像度地図上にシルトの変化が見られる地点をプロットし、トロール漁船の4年分の操業位置を記録した詳細なデータと比較した。その結果、トロール船団が操業している時間はシルトの流れが速いことや、トロール漁が盛んな場所ほど海底谷の谷壁が滑らかであること、また、トロール漁が行われている海域と行われていない海域では堆積物に違いがあることが明らかになった。1970年代以降、海底谷に流れ下る堆積物の量は2倍になったと推定された。

海洋保全研究所(米国ワシントン州ベルビュー)の主任科学者Elliott Norseは、海底谷の構造が滑らかになると、生息できる生物の種類が減少すると言う。またヨーク大学(英国)の海洋生物学者Callum Robertsは、浅い海での知見を参考にするなら、海底谷の凹凸が失われると、生物の種類も変わると言う。「大型の魚は複雑な生息環境を好みますが、成長が速く、若くして死ぬ中型エビ(プローン)やホタテガイなどは、広々として構造化されていない生息環境を好みます」。Puigらのチームは、次に、大陸斜面で生物多様性を調査する計画を立てている。

トロール漁は持続可能な漁法ではないかもしれない。2011年には国連食糧農業機関(FAO)が、乱獲されている水産資源のリストに小型エビを入れており、多くの環境保全団体が深海トロール漁の全面禁止に賛成している。しかし、水産資源管理に従事する人々の中には、十分な禁漁期間をおけば個体数は回復すると考えている人もいる。

2012年7月には、欧州委員会が、EUの全海域でトロール漁を禁止したいという希望を表明したが、スペイン漁業連合(Cepesca)のJavier Garat事務総長は、海洋保護区では10年前から特定の海域での漁が禁止されていることを指摘して、トロール漁も同じように特定の海域でのみ禁止とするべきであり、それと同時に科学的モニタリングも進めるべきだと語った。

欧州議会と欧州理事会は、2012年の秋にEU海域でのトロール漁の全面禁止を提案することを検討しているが、Capescaは、その提案の修正を求めてロビー活動を行う予定である。Puigも、地質学的破壊や生態系の破壊が「起きてしまった」場所で持続可能な漁場が現れてくる可能性もあるため、トロール漁についても、包括的に禁止するのではなく、ケースバイケースで判断しなければならないと言っている。

翻訳:三枝小夜子、要約:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2012.121111

原文

Fish trawling reshapes deep-sea canyons
  • Nature (2012-09-05) | DOI: 10.1038/nature.2012.11356
  • Lucas Laursen

参考文献

  1. Puig, P. et al. Nature 489, 286–289 (2012).
  2. Canals, M. et al. Nature 444, 354–357 (2006).