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電圧で、絶縁体を金属に変える!

電圧を変えるだけで、絶縁体を金属に、また逆に金属を絶縁体にできたら、何とすばらしいだろう。しかもこの過程は非常に高速で起こり、エネルギー損失がほとんどない。

この「究極の電子スイッチ」という発想は、20世紀初頭にまでさかのぼる。当時の研究者たちは、材料の電気抵抗を変えようと、可動電荷を加えたり取り除いたりしていた。可動電荷は、材料表面に取り付けたゲート電極に電圧をかけ、電界を発生させることによって生成する。こうした方法で導電性材料の抵抗を変えるデバイスは、現在、電界効果トランジスタと呼ばれており、これに関する特許は1925年という早い時期に出願されている1。今回、「究極の電子スイッチ」への扉を開く電界効果デバイスが、中野匤規ら2によって報告された(Nature 7月26日号459ページ)。

電界効果トランジスタ(FET)の場合、ゲートに加わった素電荷の分だけ伝導チャネルの可動電荷キャリアが増えるが、チャネルに導入された電荷キャリアの一部が欠陥でトラップされると、可動電荷キャリアは少なくなる。いずれにせよ、このような半導体チャネルの電界によるスイッチング法は、今日使用されているほぼすべての電子デバイスの基礎であり、エレクトロニクス社会の中核となっている。また、電子密度を変化させることによって物質の研究が可能になるため3、この方式は基礎科学にとっても有用である。

電界スイッチングの難点は、薄い表面層でのみ起こり、チャネル材料全体では起こらないことであった。スポーツカーでもアクセルを少ししか踏まなければ、スピードが出ないのとよく似ている。さらに、いくつかの例外を除けば、電界で調節できたのは半導体の抵抗だけであり、金属を絶縁体に変えたり、絶縁体を金属に変えたりすることはできなかった。という訳で、電界による絶縁体-金属相転移が実現すれば、改良型トランジスタが誕生する可能性がある。

ここで中野らの研究チームが登場する。彼らは、実験で二酸化バナジウム(VO2)膜表面のイオン液体(主にイオンからなる液体)に電圧をかけて、巨大な電界を発生させたのである。VO2はユニークな固体である。室温では絶縁体であるが、340K(ケルビン)まで加熱すると金属に変わる。さらに、VO2は強相関酸化物であり、電子同士の相関が強く、ある電子の振る舞いは隣の電子の振る舞いに左右される。

図1:2種類のトランジスタの「オン状態」を表す断面図
a. 従来型電界効果トランジスタに電圧をかけると、ゲート電極に加えた電子(白点)によって、可動電子が生成する。これらの電子は、半導体材料の薄い伝導層からなるチャネルを、ソース電極からドレイン電極へ向かって流れる(矢印)。チャネルはゲート絶縁体と半導体の絶縁性部分に挟まれている。
b. 中野ら2が観測した二酸化バナジウムの転移のように、絶縁体-金属相転移を示す材料を利用したトランジスタでは、電子が流れるチャネルは膜全体に広がっている。チャネル中の可動電子の数は、ゲートに加えられる電子の数よりはるかに多い。

中野らは実験で、イオン液体への電圧印加によってVO2が絶縁体から金属に転移する(スイッチングする)ことを明らかにした。意外なことに、この転移は一部の薄い層だけでなく、調べた全サンプル(最大膜厚70nm)の膜全体で起こっていた。膜全体で転移が起こることは、スポーツカーでたとえるなら、「アクセルを思い切り踏み込む」ことに相当する。さらに、従来型のFETと異なり、VO2が絶縁体から金属に変わるとき、ゲートに加えた電荷キャリアよりもはるかに多い可動電荷キャリアが生成している。これは、動くことのできなかった多くの局在電荷キャリアが、転移によって自由に動けるようになり、非局在化したことによる(図1)。この過程はすべて室温付近で起こる。

こうした実験では、至る所に落とし穴が隠されているものである。そこで彼らは、スイッチングが本当にVO2膜全体で起こっていることを確かめるため、X線回折、抵抗測定、ホール効果測定という3つの方法を動員した。結果はすべてイエスであった。3つの測定結果はすべて膜全体でスイッチングが起こることを証明したのである。詳細なスイッチング機構は不明であるが、まずイオン液体が表面層をスイッチングすることにより、絶縁体-金属相境界が生じるようである。相の境界部分に大量のエネルギーが集中するため、格子構造の集団的変形が駆動され、絶縁体-金属相転移が膜全体を走り抜けるように進むようである。電界とイオン液体の荷電分子がどの程度スイッチングに影響を及ぼすのか、まだ明らかにされていない。

これらの実験は、電圧による絶縁体-金属転移の制御が可能であり、転移により材料の電子物性に大きな変化が生じることを示している。特に、表面に電界をかけるとVO2膜内の局在電荷が非局在化するという現象を利用すれば、将来、新世代の電子スイッチを作製できるかもしれない。新しいFETではチャネルの可動電荷キャリア密度が従来型FETよりかなり大きいが、トランジスタを小型化するために、まさにこのような高いキャリア密度が望まれているのだ。

中野らは、絶縁体-金属転移、つまり「オフ」状態から「オン」状態へのスイッチング現象を、現実的な電圧と温度で観測した。彼らのVO2デバイスは、印加ゲート電圧を100ミリボルト変化させると、チャネル電流が10倍に増加した。専門用語で表現するなら、オン/オフスイング約100mV/decadeである。このデバイスは、オフ電流に対するオン電流の比(測定値)が約100であり、原理上、ゲート電圧1Vで動作可能である。ちなみに、現在の携帯用低電力電子デバイスの場合、オン/オフ電流比は106が望ましく、ゲート電圧約1.5Vでオン/オフスイングは約90mV/decadeである。

中野らのデバイスはゲート電圧1 Vで動作可能なので、スイッチング性能を改善できれば、低電力技術分野で使用される見込みがある。スイッチングに関与する構造変化は電子的変化よりゆっくり起こることが多いため、スイッチング速度は遅くなりがちである。しかし、相転移が膜全体を通して音速で進行したとしても、最終的にはスイッチング時間が1ナノ秒を大幅に下回るようになるであろう。

むしろ応用で問題になるのは、イオン液体を固体絶縁体に置き換えた場合でもスイッチング可能かどうかである。この条件は、素子を集積して電子回路を形成する際に要求される。もちろん、スイッチング可能な最大デバイス厚さ、つまり、どの程度の厚さまでスイッチングが起こるのかがわかるとおもしろい。このデバイスのスイッチング機構の理解が深まり、材料工学が進歩すれば、固体の電子スイッチが実現するかもしれない。

相転移が物質中を高速で移動することによってスイッチングが起こるようなので、考えられるデバイス応用は、我々が知っているFETをはるかに超えるかもしれない。類似のスイッチングに使えそうな材料の数は膨大にあり、ab initio計算の予測力は進歩を続けている。おそらく、スイッチング性能を改善する材料の組み合わせが発見され、電子回路への応用に適したデバイスが実現されるであろう。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2012.121026

原文

Put the pedal to the metal
  • Nature (2012-07-26) | DOI: 10.1038/487436a
  • Jochen Mannhart and Wilfried Haensch
  • Jochen Mannhartはマックス・プランク固体研究所、Wilfried HaenschはIBM社T.J. ワトソン研究センターに所属。

参考文献

  1. Lilienfeld, J. E. US Patent 1745175 (1930).
  2. Nakano, M. et al. Nature 487, 459–462 (2012).
  3. Ahn, C. H., Triscone, J.-M. & Mannhart, J. Nature 424, 1015–1018 (2003).