Editorial

内部告発者の保護強化のための法整備を急げ

米国食品医薬品局(FDA)が、局内の職員を秘密裏に監視していたことが発覚した。この監視活動によって得られた約8万ページの文書が、皮肉にも、インターネット上に流出したことが発覚のきっかけだ。

FDAは「5人の科学者職員が、FDAによって承認され、あるいは承認過程にあった乳がんと大腸がんの画像診断装置の安全性に対する懸念を公表した」という疑いを持ち、監視ソフトを用いて、この5人の科学者の通信内容を収集した(Nature 2012年7月26日号418ページ参照)。結果、そのうちの4人が失職するに至った。

この監視活動は、2010年の春に始まり、政府から科学者職員に支給されたパソコンによる通信内容がすべて収集され、弁護士との通信、科学者職員相互の通信、少なくとも1人の連邦議会議員、そのほか、議会の職員、マスコミとの通信内容まで把握されていた。この監視活動によって、21人の関係者のリストが作成され、その中には、別の4人の科学者職員も含まれていた。

これらの科学者職員は、政府を相手取って訴訟を起こした。訴訟記録によれば、FDAの監視活動では、科学者のプライベートな時間に私的なネットワーク上で私有のパソコンを用いて私的な電子メールアカウントに送受信された私的な電子メールまで、収集対象になったとされている。この事件の調査にあたっている共和党のCharles Grassley上院議員(アイオワ州選出)は、監視活動全体が、FDA法務部長の許可の下で行われたと話している。

これについてFDAは、局内の職員が法的許可を得ずに商業的機密情報を公表することは、連邦食品・医薬品・化粧品法違反だと指摘しており、この点は正しい。またFDAは、「少人数のFDA職員が……固有情報の無許可開示を行った可能性を示唆する証拠を得ていた」と付言している。そして、「可能ならば、無許可開示を行った者を特定し、それ以外にも無許可開示がなかったかどうかを明らかにすることだけが目的だった」と表明した。

FDAの言い分を十分に聞いてくれるのは裁判所だけであろう。現代社会では、監視ソフトを使えば、キーワードによる通信内容の収集ができるため、FDAの監視活動の対象範囲は、息をのむほど広く侵害的だといえる。訴訟記録によれば、この監視活動で、秘密保持特権が認められる科学者とその弁護士との通信内容、この事件で科学者職員が政府の特別法務官室(内部告発者の告発を調査する役割を担う)に対して行った正式な告発、そして司法省とFDAの上位官庁である保健社会福祉省(DHHS)の監察長官との通信内容までが収集されていた。DHHSの監察長官は、無駄、不正行為、権力乱用の一掃を通じて、DHHSの各制度の品位を保つことを任務としている。

気がかりなのは、DHHS監察長官が一貫した決定を繰り返したのに、それをFDAが無視した点だ。FDAは、2010年の5月中旬に疑惑の科学者職員の調査を監察長官に要請したが、その際、監察長官は、FDAが犯罪行為を示す証拠を有していないという決定をすばやく下し、何らの措置も発動しなかった。

訴訟記録によれば、FDAが主張する科学者職員による情報開示は、内部告発者の行為として保護されていることが、監察長官の決定において指摘されていた。その時点で、FDAは、科学者職員のパソコンのうちの1台しか監視していなかった。その後も監視は中止されず、数週間後には、他の4人の科学者のパソコンにもスパイウェアが導入され、監察長官は、FDAから再調査を要請された。監察長官は、再び措置の発動を留保し、その際に司法省が不起訴とした事実も指摘したことが訴訟記録に示されている。特別法務官室はFDAの行動に危機感を抱き、2012年6月、政府の全部署に対して、その監視活動によって内部告発者の権利を踏みにじってはならない点を強調する警告を発した。

今回の事件によって、公務員の悪行を内部告発しようとする者が不安を感じるのは確かだ。そうした不安感を解消するためにすばやく行えることが1つある。2012年5月、米国上院は、科学者を含む連邦政府職員による内部告発に対して、その法的保護を著しく高めるための法案を満場一致で可決した。法制化には下院での可決が必要であり、下院は迅速に動くべきである。

翻訳:菊川 要

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2012.121032

原文

Secret disservice
  • Nature (2012-07-26) | DOI: 10.1038/487405a