ロンサム・ジョージの大いなる遺産
死してなお、カリスマ性を輝き放つロンサム・ジョージ。この有名なガラパゴスゾウガメの訃報に際し、エクアドルのラファエル・コレア大統領は、その死を悼み、期待を込めて、「いつか科学技術の力で彼をクローンとしてよみがえらせることができるだろう」と演説した。
バイオテクノロジーを駆使した復活が可能かどうかを判断するのは時期尚早だろう。しかし、すでに最初の一歩は踏み出されている。研究者たちはジョージの死後、数日以内に彼の細胞を生きた状態で保存し、組織を採取した。さらに、本土から遠く離れた飼育地ガラパゴス諸島サンタクルス島まで液体窒素を運び、生存能力のある培養細胞を将来作り出せるように、試料を保存している。
たとえこの努力が失敗に終わったとしても、ジョージの死はすでに、ほかのゾウガメたちに希望の光をもたらした。7月上旬、ロンサム・ジョージを偲ぶ国際ワークショップがサンタクルス島プエルトアヨラで開催された。その目的は、ほかのガラパゴスゾウガメ種やその生息域の減少・消滅を防ぐための活動を盛り上げることだ。「種も重要ですが、一番大事なのは生態系の保全です」と、ガラパゴス国立公園の保全・環境維持開発主任Washington Tapiaは話す。
ジョージは1971年にピンタ島で発見され、翌年、プエルトアヨラにあるチャールズ・ダーウィン研究所に移送された。保護活動家たちは、ガラパゴス諸島のほかの島にいる、ピンタゾウガメ(Chelonoidis abingdoni)と遺伝的に近い種の雌ガメと交尾させる繁殖計画を立ち上げた1。だが、なかなか結果が出ないまま月日が流れた。2008年には、彼が2頭の雌と暮らしていた施設内で複数の卵が見つかり、期待が大きく膨らんだが、残念ながら無精卵であった2。
そして2012年6月24日、ガラパゴス国立公園の保護官で、長年にわたってジョージを世話してきたFausto Llerenaが、施設内でぐったりとしているジョージを見つけた。まもなく死亡が確認され、その亡骸は、数時間足らずのうちに、冷蔵保存庫に収納された。
2008年、エクアドルは憲法を改正し、世界で初めて、自然とそこに生息する生き物たちに基本的権利を付与することを憲法に明記した国となった。そのためもあって、ジョージの遺骸は完全に解剖され、死因などが調べられた。執刀した獣医のMarilyn Cruzは、「我々がなすべき最後のことは、彼の組織を調べることです」と話す。Cruzは、ガラパゴス検疫機関の責任者を務め、現在、ジョージの遺骸の法的保護管理者となっている。
解剖では明らかな疾患が見つからなかったため、Cruzは、自然死の可能性が高いとする結論を出した。しかし、「肝臓と腎臓には少し異常があるように見える」ため、それについては研究者が詳しく調べる必要があるとCruzは話す。彼女も、培養のためにジョージの皮膚細胞の試料を採取した。こうした細胞から将来的に、幹細胞や生殖細胞、あるいはさらに、ジョージのクローンを作製することもできるかもしれない。
ジョージが死亡したことで、ガラパゴスゾウガメの生存種は10種になった。これらのゾウガメ個体群は、過去数百年にわたる乱獲や生息地の破壊、有害外来種の移入によって危機にさらされてきた。一部の個体群は保護活動のおかげで個体数を増やしているが、ゾウガメは通常、性的成熟まで20〜30年かかり、個体群の回復は非常にゆっくりである。
実は、7月上旬のワークショップは数年前から準備されていた。このため、もともと予定されていた議題の1つは、「ジョージが死んだ場合にどう処理すべきか、あるいは、ジョージがまだ生きているうちにその細胞を採取すべきかどうか」というものだった。後者はもはや不可能となってしまい、生き残っているゾウガメを保護するための10年計画を打ち出すことに焦点が絞られた(図参照)。
「我々が今やろうとしていることは、生態学者、遺伝学者、保護区管理官、すべてを集めて、そのスタンスを統合することです」と、ワークショップのまとめ役で、ガラパゴス自然保護組織「Galapagos Conservancy」(米国バージニア州フェアファクス)の科学顧問Linda Cayotは話す。彼女によれば、ワークショップの成果はひとまとめの提言として、ガラパゴス国立公園に伝えられるだろうという。
ワークショップでは、国際自然保護連合(IUCN)の絶滅危惧種レッドリストでのガラパゴスゾウガメのランクを検討する作業にも着手した。ガラパゴスゾウガメのレッドリスト入りは1996年までさかのぼるため、早急に見直しが必要だと、IUCN/種の保存委員会/カメ類専門家グループの委員長Peter Paul van Dijkは話す。中には、絶滅危惧リストでカテゴリーのランクが下がった(絶滅の危険性が下がった)種もある。しかし、「野生絶滅」だったピンタゾウガメは、今後は「絶滅」に分類されることになる。
観光客など、ガラパゴス諸島を訪れる一部の人々には、どの島のゾウガメも同じに見えるかもしれない。しかし、1835年にガラパゴスに短期滞在したチャールズ・ダーウィンがその違いを認識してから、それぞれの島や主要な火山の周辺には固有な種類のゾウガメがいると見なされ、現在すべて別々の種に分類されている。そして、遺伝学的な違いから、ロンサム・ジョージ自身の祖先は約30万年前に、何らかの経緯でエスパニョーラ島からピンタ島へ旅をして、それ以来ずっと棲み着き、元の仲間から分かれてしまったのだと考えられている。
環境管理の視点から見ると、「それぞれの島は何から何まで異なっている」とCayotは言う。彼女は、1980年代初頭、ガラパゴスゾウガメの行動生態学の詳細な調査3を最初に行った研究チームの1人である。「ピンソン島にはネズミがいますし、サンチャゴ島にはブタとヤギがいます。ピンタ島には20年間だけヤギがいました。エスパニョーラ島にはおそらく100年間にわたってヤギがいました。そのおかげで、ガラパゴス諸島はとても興味深い場所になっているのです」と彼女は説明する。
最も興味を引く個体群の1つは、イサベラ島の北端にあるウォルフ火山周辺に生息している。エール大学(米国コネチカット州ニューヘイヴン)の遺伝学者Adalgisa Cacconeのチームは、この混沌とした個体群の祖先を過去10年にわたって研究してきた。彼女は、数十頭の個体から得た血液試料に基づく解析4から、エスパニョーラ島とサンクリストバル島由来のゾウガメが、250 km以上の距離を越えてウォルフ火山に到達したという証拠を得た。おそらく海賊船や捕鯨船で運ばれて海を渡ったのだろう。研究チームはさらに、博物館に残っている試料のDNAを使って、ウォルフ火山には、絶滅してかなり経つフロレアナゾウガメや最近絶滅したピンタゾウガメの子孫たちがいることを明らかにした5,6。
Cacconeらは、フロレアナゾウガメやピンタゾウガメに近い種の生息地を突き止めるため、ウォルフ火山の調査を来年また行いたいと考えている。理論的には、これらのゾウガメを飼育下で繁殖させることも可能だろう。
フロレアーナ島は生息地破壊や外来種の影響を大きく受けてしまっており、150年以上前からゾウガメは生息していない。しかし、ここにかつていたフロレアナゾウガメに近いゾウガメがウォルフ火山におり、フロレアーナ島の生態を回復させる長期計画に役立つかもしれない。ピンタ島の状況はもっと差し迫っており、飼育下繁殖プログラムが成功するまで待てそうもない。ピンタ島の原植生は、手つかずの状態であるが、かつて優占的な草食動物だったゾウガメがいなくなったために、一部の植物種が先細りになって消滅してしまう危険性もある。
ピンタゾウガメに近い系統を使うという手っ取り早い解決策に活路がない場合、保護活動組織が別の島からゾウガメ種を移入しようとする動きが強まるかもしれない。「エスパニョーラ島から来たゾウガメが、ピンタ島に上陸して最初の個体群を築き、それらがピンタゾウガメへと進化したことを考えると、我々の手でエスパニョラゾウガメをこの島に再び定着させることに問題があるとは思えません」とCayotは言う。
エスパニョラゾウガメはかつて絶滅の危機に瀕していたが、現在は1700頭以上まで回復し、数に余裕があるため、その一部をピンタ島へ移入させることも可能である。しかし、こうした計画的移入はガラパゴスではまだ前例がなく、そのため研究者たちは慎重になっている。先行実験として、滅菌処置をしたおよそ40頭の雑種ゾウガメがピンタ島に移入され、それらが島の生態系にどんな影響を与えるかを、現在、衛星で追跡観察しているところだ。
Cayotに言わせれば、ピンタ島へのゾウガメの繁殖個体群の移入は、ロンサム・ジョージのクローン作製よりもずっと合理的な案である。「10万年あれば、進化の過程を経てガラパゴスにピンタゾウガメが現れるでしょう」と彼女は言う。「10万年の時間スケールは、私の守備範囲です」。
翻訳:船田晶子、要約:編集部
Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 10
DOI: 10.1038/ndigest.2012.121016
原文
The legacy of Lonesome George- Nature (2012-07-19) | DOI: 10.1038/487279a
- Henry Nicholls
- 編集部註:ガラパゴスゾウガメの分類と学名については複数の意見があるが、本文では原文に沿っている。
参考文献
- Nicholls, H. Nature 429, 498–500 (2004).
- Nicholls, H. Nature http://dx.doi.org/10.1038/news.2008.1221 (2008).
- Cayot, L. J. Ecology of giant tortoises (Geochelone elephantopus) in the Galapagos Islands. PhD Thesis, Syracuse Univ. (1987).
- Caccone, A. et al. Evolution 56, 2052–2066 (2002).
- Poulakakis, N. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 105, 15464–15469 (2008).
- Russello, M. A. et al. Curr. Biol. 17, R317–R318 (2007).