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トウモロコシ粉懸濁液の上を走れる理由

スープやソースを作るとき、トウモロコシ粉(コーンフラワー)を少量加えると、とろみを付けることができる。しかし、水に大量のトウモロコシ粉を加えると、ベタベタした奇妙な物質になる。この物質は、液体と固体のどちらにも変わることができる不思議な性質を持っている。この液をたたくような、短時間の変形をさせようとすると、固体のようになって頑強に抵抗する。こうなるとスプーンですくい上げることはほぼ不可能だ。しかし、動揺させずに放置すると希薄な液体になり、別の器にゆっくり注ぎ込むこともできるようになる。

この愉快な性質が多くの人々を魅了している。動画投稿サイトは「コーンフラワーモンスター(スピーカー上でトウモロコシ粉液を振動させてできる物体)」や、この液で満たされたプールの上を走る人の動画でいっぱいだ1

このベタベタした物質の上では、走ることはできるのに、立ち止まるとゆっくりと沈んでしまう。多くの研究者はこれまで、この現象は「ずり粘稠化」(粘稠化とは粘性が高まること)によって起こると考えてきた2-5。流体内の流速差で液体の層に「ずれ(剪断変形)」が生じると粘性が急激に増加するという考え方だ。

しかし今回、シカゴ大学ジェームズ・フランク研究所(米国イリノイ州)と同大学物理学科に所属するScott WaitukaitisとHeinrich Jaegerは、この現象のカギは、液体の層が互いにずれる、ずれ(剪断変形)ではなく、「圧縮」にあることを示す強力な証拠を得た。そして、その結果をNature 2012年7月12日号205ページで報告した6

懸濁液(液体中に粒子が分散したもの)は、粒子の濃度が増加するとともに粘性が高くなる。これは直観的に理解しやすい。それに比べ、流速が上昇すると懸濁液の粘性が突然増加するという「ずり粘稠化」の概念は理解しにくい。しかし、それは、さまざまな場面において重要な意味を持っている。血液、セメント、粘土はすべて、ずり粘稠化を示すことがあり、セメントをパイプに通して送っているとき、破裂する惨事を引き起こすことがある。もちろん、役に立つこともある。例えば、振動を減衰させるスポーツ用具や、トウモロコシ粉懸濁液に似た懸濁液を使った防弾チョッキなどもある。

懸濁液で見られる「ずり粘稠化」の正確な原因については、今も活発な議論が続いている。1つの考え方は、流れによって一時的に粒子が集まった「流体クラスター(hydrocluster)」が形成され、流体が粘性を持つというものだ2,3。もう1つは、粒子が流れによって互いに通り過ぎようとするとき、粒子の集団が膨張せざるを得ない「不可避の膨張」が起こるというものだ。これが最終的に、懸濁液を閉じ込めている固い境界(容器などの壁)や自由表面(壁に接していない液面)に力を伝え、懸濁液を固くする4,5

WaitukaitisとJaegerは、トウモロコシ粉懸濁液の上を走ることができる理由は、どちらのメカニズムでも説明できないと主張する。いずれのメカニズムで生じる力も、最大でも人を支えるには小さすぎるからだ。また、走る人の足の下で観測された粘稠化は容器の壁に到達しないことが多い。それに、懸濁液の上に飛び乗るとき、実際には液を剪断変形しているのではなく、圧縮している。では、粘稠化の原因は何なのだろうか。

図1:WaitukaitisとJaegerが提案した、圧縮による粘稠化のメカニズム
懸濁液の中に円柱状の棒を突っ込むと、棒の運動が懸濁液中のトウモロコシ粉粒子(点)を圧縮し、トウモロコシ粉粒子はぎゅうぎゅう詰め(ジャミング)になる(円内の拡大図)。懸濁液は動揺させずに放置すれば流体状で、粒子は近接しているが接触はしていない。ジャミングが起こると固い芯が形成される。その周りをトウモロコシ粉懸濁液の大きな塊が取り囲んでいて(中間の濃さの青色の部分)、芯とともに下向きに動く。この芯と塊が棒を押しとどめる大きな力を与え、棒が沈むことを防ぐ。

WaitukaitisとJaegerはこの難問を解くため、容器に入れたトウモロコシ粉懸濁液に円柱状の棒を勢いよく突っ込むという実験を行った(図1)。実験では、高速ビデオ撮影、X線撮影および応力の測定を行った。その結果、彼らは重要な現象を発見した。棒で突かれた場所の下では、トウモロコシ粉懸濁液の固化「前線」ができて急速に広がり、固化領域ができることがわかったのだ。また、広がる速さは溶媒の種類を変えても変化しなかったことから、粒子の流体クラスターができるという考え方が正しくないことがわかった。流体クラスターは、溶媒の粘性に影響されると考えられているからだ。

固化前線が広がる理由を理解するには、乾いた粒子を詰め込むときに起こる、ジャミング(粒子が詰まることによって起こる渋滞現象)という現象と、質量の保存という制約を考えると理解しやすい。ジャミングは、粒子濃度が高く、固体を形成するほど粒子が密に詰め込まれているときに起こる7。例えば、衝撃を加える前の粒子密度がジャミングが起こる密度よりも10%低いとする。そこへ衝撃を加えると、質量の保存のため、固化前線は衝撃を与えたものの速度よりも10倍速く進む。だから、走る人の足が5cm沈むと、固化領域は50cmと急速に成長する。

この効果に、溶液の自由表面と容器の壁は関係しているだろうか。それを調べるため、彼らは容器の深さを変えて実験を行った。その結果、棒が沈まないように止める力の強さには、特定のタイミングの2つのピークがあることがわかった。最初の強いピークは固化領域の急速な成長に対応し、ずっと弱い2番目のピークは、固化領域が容器の底に到達することに対応している。この結果は、力をトウモロコシ粉懸濁液にすばやく伝える固い「芯」が固化領域に生じたことを示していた。また画像撮影から、この芯とともに下へ動く、トウモロコシ粉懸濁液の大きな塊があることがわかった。この固い芯と塊の質量は大きいので、衝撃を与える棒から運動量を吸収する。運動量の移動は棒には大きな力として働き、棒を停止させ、沈むことを防ぐ。

このメカニズムでは、容器の壁がなくてもトウモロコシ粉懸濁液は固くなる。トウモロコシ粉懸濁液の上を走るとき、一歩ごとに巨大な「トウモロコシ粉懸濁液の足」ができ、走り続けるかぎり、この足が人を支え続ける。だが動くのを止めると、この足は溶けて消えてしまう。しかし、重要な未解決問題が残っている。粘稠化は動的かつ一時的な現象であり、固化領域のジャミングの解除(粒子がバラバラになること)は何がコントロールしているのかは、まだ明らかになっていない。

今回の研究は、複雑流体のレオロジー(流動学)において、「圧縮」と「固化領域」が重要であることを示した。水などの単純流体は、圧縮することが非常に難しく、その流れの性質は圧力にほとんど依存しない。このため、従来のレオロジーの研究は「ずれ(剪断変形)」に集中し、WaitukaitisとJaegerが提案した「衝撃によって引き起こされる固化」のような考え方は見過ごされてきた。

しかし複雑流体(血球を含むものもあれば、気体の泡を含むもの、油の小滴を含むもの、固い粒子を含むものもある)はジャミングに敏感で、圧力とジャミングはそうした流体の豊かなレオロジーを理解するために非常に重要な要素だ。1つの際だった例は、懸濁液中の粒子濃度の増加とともに見られる粘性の増加について最近なされた再解釈だ8。驚くべきことに、この粘性の増加は、粒状媒質の圧力に強く依存したレオロジーで説明される。

もう1つのめざましい進展は、複雑流体でジャミングが起こっている領域は振動や攪拌を伝えることができ、乳濁液9や乾いた粒状媒質10などのさまざまな物質で、非局所的なレオロジー(ある場所の流れが別の場所の物質を流動化する)につながることがわかったことだ。

今回の研究成果は、粘稠化、つまり、何らかの理由で引き起こされる固化の研究に新たな考え方を提案した。しかし、この新しい考え方でどれだけ複雑流体のレオロジーを説明できるのか、さらに研究が必要だ。例えば、突然のずれも一時的な固化領域を作るのだろうか。また、振動によって引き起こされる粘稠化も、本質的には圧縮が原因なのだろうか。そして、トウモロコシ粉と同じサイズのガラスビーズを水と混ぜても、トウモロコシ粉懸濁液で観察されたような強い粘稠化を示すのだろうか。粘っこい問題が、まだいくつも残っている。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2012.121024

原文

Running on cornflour
  • Nature (2012-07-12) | DOI: 10.1038/487174a
  • Martin Van Hecke
  • Martin Van Heckeは、ライデン大学数学・自然科学部カマリング・オネス研究所(オランダ)に所属。

参考文献

  1. youtube.com/watch?v=S5SGiwS5L6I
  2. Wagner, N. J. & Brady, J. F. Phys. Today 62(10), 27–32 (2009).
  3. Cheng, X., McCoy, J. H., Israelachvili, J. N. & Cohen, I. Science 333, 1276–1279 (2011).
  4. Fall, A., Lemâitre, A., Bertrand, F., Bonn, D. & Ovarlez, G. Phys. Rev. Lett. 105, 268303 (2010).
  5. Brown, E. et al. Nature Mater. 9, 220–224 (2010).
  6. Waitukaitis, S. R. & Jaeger, H. M. Nature 487, 205–209 (2012).
  7. Liu, A. J. & Nagel, S. R. Nature 396, 21–22 (1998).
  8. Boyer, F., Guazzelli, É. & Pouliquen, O. Phys. Rev. Lett. 107, 188301 (2011)
  9. Goyon, J., Colin, A., Ovarlez, G., Ajdari, A. & Bocquet, L. Nature 454, 84–87 (2008).
  10. Nichol, K., Zanin, A., Bastien, R., Wandersman, E. & van Hecke, M. Phys. Rev. Lett. 104, 078302 (2010).