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米国下院で研究者の給与カット案

NIH

米国下院は、生物医学系の研究者の給与に充当できる連邦機関の研究助成金の上限を、法律により引き下げることを考えている。2011年9月29日に下院が提出した予算案では、給与の上限を10年ほど前の水準に戻すとしている。もし可決されたなら、大学や研究機関はどうすればよいのだろうか。優秀な研究者が今後も心置きなく研究できるように、別の基金から資金提供を受けて給与の減少分を補填しなければならないのだろうか。それとも、研究者が産業界や臨床診療、あるいはライバル研究機関に流出するのをだまって見ているしかないのだろうか。

下院による2012年度予算案では、米国立衛生研究所(NIH)、米国疾病管理予防センター(CDC)、および米国保健福祉省(DHHS)管轄の機関から助成金を受けている外部の研究者は、給与上限を現行の19万9700ドル(約1500万円)から16万5300ドル(約1300万円)まで、約17%引き下げるとしている。一方、上院の予算案では、従来どおりの上限としている。DHHSの2012年度予算案が最終的に可決、成立されるには、この2つの予算案の調整が必要であり、予算交渉の一部として検討されることになる。

給与上限の引き下げにより、どのくらいの研究者が影響を受けるかは不明だ。それでも、NIHから研究助成金を受けている数千人の主任研究員の多くに打撃を与えるのは確実だ。米国医科大学協会(AAMC:ワシントンD.C.)の政府関係担当シニアディレクターDavid Mooreは、医学部や教育研究病院としては、「この提案に非常に強い懸念を持っています」と言う。「もし、ある研究機関が基礎研究に重点を置いていて、給与をカットされる研究者が何百人もいたとしたら、その補填として数百万ドルも支払わなければならなくなるのですから」。

2011年10月11日、AAMCは、下院予算案の作成者で、DHHSへの資金提供を行う小委員会の委員長でもあるモンタナ州選出の共和党下院議員Denny Rehbergなど、予算案作成の中心的議員に宛て、共同で手紙を執筆した。この手紙は111の組織や研究機関の連名で書かれており、給与上限の引き下げにより、研究に専心し、助成金に頼って暮らしている研究者は大きな打撃を受け、才能ある若手は研究職に進むことを躊躇するようになり、さまざまな疾患の治療が必要なこの時代に医師たちは研究活動から遠ざかってしまうと主張している。

「医師は研究をしなくても、『医者』という道があります。研究への意欲がそがれる要因が増えていくと、彼らはやがて、『研究はやめて臨床医になろうか』と言うようになるでしょうね」とMooreは語る。

ノースウェスタン大学ファインバーグ医学部(米国イリノイ州シカゴ)の副学部長で、科学問題・大学院教育を担当しているRex Chisholmは、給与の減少分を補うことは、「ノースウェスタン大学にとっても、ほかの多くの医学部にとっても、非常に困難です。それだけの金額を簡単にねん出できる大学は、ほとんどありませんよ」と言う。

Chisholmによると、ファインバーグ医学部(議会への手紙に署名している)は2010年に、給与が19万9700ドルを超える235人の教授に約830万ドル(約6億4000万円)を補填したという。もし、上限が16万5300ドルに引き下げられたら、283人の教授に1200万ドル近く(約9億2000万円)支払わなければならなくなるだろう。Natureはこの点につきRehbergにコメントを求めたが、回答はなかった。

フィラデルフィア小児病院(米国ペンシルベニア州)の内科医で研究者のJeff Gerberは、この赤字削減策が実施されたら、「研究機関は多くの人々に給与を支払えなくなり、ポストが減らされるかもしれません。また、金銭的な理由から、異なる職業を選ぶ人も出てくるでしょう」と言う。Gerber自身は、研究を愛しており、研究をやめることはないだろうと言う。けれども、病院側が助成金をもらっている医師たちに、研究活動を減らして、収入になる臨床活動を増やすように言ってくるかもしれないと予想している。

皮肉にも、下院は、NIH全体に対しては、上院に比べてはるかに寛大だ。上院予算案ではNIHの予算を1億9000万ドル削減しているのに、下院予算案は10億ドル(約770億円)増やして317億ドル(2兆4000億円)にしようとしている。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120123

原文

US Bill Targets Grantee Salaries
  • Nature (2011-10-27) | DOI: 10.1038/478438a
  • Meredith Wadman