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マラリアワクチン臨床試験の中間報告

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120124

原文:Nature (2011-10-27) | doi: 10.1038/478439a | Malaria vaccine results face scrutiny

Declan Butler

マラリアは人類最大の敵とも言われ、今なお年間200万人が死亡するとされる。病原体はマラリア原虫で、キニーネなどの治療薬があり、蚊が媒介することもわかっているが、原虫が潜伏場所を変えること、耐性マラリアの登場、人間の免疫系と複雑な相互作用をすることなどにより、なお克服できないでいる。「マラリアが撲滅できたらノーベル賞」と言われながら、80年以上もマラリア関係でノーベル賞は出ていない。こうした中で、まだ完成を見ていないが、ワクチン開発が大きな課題となっており、そこから今回の出来事が起きた。臨床試験の途中で未完のデータを発表することに対して、専門家は疑問を呈している。(編集部)

「マラリアワクチンができれば何百万人もの子どもの命が救われる」「世界初のマラリアワクチンが大規模な臨床試験(治験)で効果を発揮」「マラリアワクチンの実用化はもうすぐ」。2011年10月半ば、こんな見出しでニュースは長年の課題だったマラリアワクチン実現に大幅な進展があったことを伝えた。アフリカで実施されている大規模な第III相試験(実際の患者を対象とした治験)の中間報告1で、ワクチンの有効性が実証されたというのだ。

しかし、何人かの著名なワクチン研究者は、部分的な治験データを公表するという今回のやり方に批判的な見解を示し、今回の中間報告の内容からみて、この「RTS,S/AS01」(RTS,Sはワクチン成分、AS01はアジュバントすなわち免疫増強剤)という名前のマラリアワクチン候補が、実際に認可までこぎつけられるかどうか疑問だとしている。

RTS,Sはもともと米軍が25年ほど前に開発に乗り出したワクチン候補である。2001年以降は、PATHマラリアワクチン・イニシアチブ(MVI)と製薬大手のグラクソ・スミスクライン社(GSK)が立ち上げた官民連携ベンチャーによって開発が受け継がれ、支援としてビル&メリンダ・ゲイツ財団から2億ドル(約154億円)もの資金が注がれている。米国ワシントン州シアトルで開催されたゲイツ・マラリアフォーラムで、この治験の中間結果を発表したのは、ほかでもないビル・ゲイツ本人だった。

ゲイツのスピーチとMVIの広報資料は中間報告の内容に関して慎重な言い回しをしていたが、「ニュースでは、死者数や死亡率の減少という言葉を盛り込んだ見出しにすり替えられてしまった」と、以前このRTS,Sプログラムを評価したことがある2オックスフォード大学(英国)の経済学者Andrew Farlowは話す。「元のデータはニュースの見出しのようなことは全く言っていないですよ」。

すべてのデータがそろう前に中間結果を公表する必要があったのかどうか、疑問に思っている研究者もいる。ちなみに試験の完全な結果報告は2014年になる予定である。治験の中間データは行政当局にのみ報告されるのが通例であり、治験の結果発表はすべてのデータが出そろって初めて行われるものだと、マヒドル大学(タイ・バンコク)のマラリア専門家Nicholas Whiteは今回の中間結果に関する論説3で述べている。その中で彼は、「この治験がなぜ、有効性の臨床結果が半分にも満たない段階で報告されたのか、その明白な科学的理由が見当たらない」と書いている。

今回の発表内容は、5〜17月齢の乳幼児を対象としたワクチン有効性のデータであり、6〜12週齢の乳児を対象としたデータではない。後者が、この治験における規定の対象集団であり、通常行われる各種の予防接種と一緒にマラリアワクチンを受けることになるのは、この6〜12週齢児である。この治験の目的は、RTS,Sワクチンの認可を検討して、6〜12週齢児へのその使用を推奨するのに必要な情報を、世界保健機関(WHO)に提供することである。そのため、「それより大きい5〜17月齢児に関する中間データを公表することの真意は、いったいどこにあるのか」と、ワクチン事業でライバル関係にあるSanaria社(米国メリーランド州ロックビル)の最高責任者で、古くからのマラリア研究者でもあるStephen Hoffmanは疑問を隠さない。

MVIの理事長であるChristian Loucqは、今回の中間結果は「公表するに足る十分にしっかりしたものでした。我々は、この中間結果を知る以前から発表することを決めていたのです。入手できた段階で結果を公にすることが、我々の科学的・倫理的な責務だと思いました」と話す。

報告の中で述べられた最大の主張の1つは、RTS,Sによって5〜17月齢児の発症総数が対照群よりも55.1%低下した、というところだ。この有効性の尺度は、部分的に有効なワクチンを評価するために推奨されている4。しかし、人々が普通考えるワクチンの有効性とは、一定期間にわたる感染の予防であると、米軍マラリアワクチン・プログラム(メリーランド州シルバースプリング)の小児科医で大尉のJudith Epsteinは話す。今回の治験データを再解析したところ、RTS,Sの12か月後の予防率はわずか35〜36%であることがわかったと彼女は話し、報告にはどちらの数値も示すべきだったと付け加えた。この再解析では、死亡率に検出可能な影響が何も見られず、RTS,Sが実際にマラリアを予防できるのか、それとも単に感染を遅らせるだけなのかを判断するには時期尚早であることも示されている。

今回の治験の中間報告では、RTS,Sが5〜17月齢児では重症マラリアを47%減少させたとも報告されている。しかし、その結果と6〜12週齢児から得られたデータとを合わせると、重症マラリアの削減率は34.8%にまで減ってしまう。これはつまり、さらに幼い乳児にこのワクチンを接種した場合、接種の効果はこの数値よりも小さくなってしまうということだ。

「問題なのは、重症マラリアに対して有効性が34.8%だという点です」と話すのは、WHOのRTS,S技術諮問グループの一員でもある熱帯公衆衛生研究所(スイス・バーゼル)のBlaise Gentonである。この中間結果からみると、RTS,Sワクチンの効果は、WHOの主導するコンソーシアムが2006年に打ち出した想定5からほど遠いかもしれない。その想定では、「重症マラリアとその死亡率を50%以上削減する予防効果を持ち、1年以上にわたって効果が持続するはず」とされていた。「死亡率が下がらず、重症マラリアに対しても際立った効果がないなら、WHOやGSK、ゲイツ財団の意思決定者はこれらを重大な問題と見なすべきだろう」とHoffmanは言う。

もう1つの気がかりは、けいれんや髄膜炎などの重篤な有害事象(副反応)の発生頻度が、ワクチン接種群で有意に高いことだ。ただし、このデータはまだかなり予備的であり、結論を引き出すところまではいかない。「副反応が重篤なのは懸念材料の1つです」とGentonは話す。

しかしHoffmanは、Natureが意見を聞いた多くの研究者と同様に、それでもRTS,Sは重大な成果を1つ挙げていると話す。それは、大規模治験で熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)に対して、有意な予防効果を一貫して示した初めてのワクチンだという点だ。RTS,Sの第III相臨床試験では、アフリカの研究者たちとの共同研究という画期的な成果も得られたとHoffmanは話す。現地の研究チームがアフリカ7か国の11施設で臨床試験を実施したのである。「彼らの尽力は高い評価と大きな感謝を捧げるに値すると思います」。

(翻訳:船田晶子)

参考文献

  1. The RTS,S Clinical Trials Partnership New Engl. J. Med. http://dx.doi.org/10.1056/NEJMoa1102287 (2011).
  2. Farlow, A. In The Science, Economics, and Politics of Malaria Vaccine Policy (2006). Chapter available at http://go.nature.com/8oxle3
  3. White, N. J. New Engl. J. Med. http://dx.doi.org/10.1056/NEJMe1111777 (2011).
  4. Moorthy, V. S., Reed, Z. & Smith, P. G. Vaccine 27, 624–628 (2009).
  5. World Health Organization et al. Malaria Vaccine Technology Roadmap (2006). Available at http://go.nature.com/i1jdf7

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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