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ヒトゲノムの情報開示問題

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120122

原文:Nature (2011-10-06) | doi: 10.1038/478017a | Secrets of the human genome disclosed

Erika Check Hayden

研究中に得られた個人の遺伝情報は、本人に告知してもよいのだろうか。

研究プロジェクトの被験者になった場合、その研究で見つかった自分のDNAに関する悪い情報を告知してもらうべきだろうか。

こうした問題が生じるケースが増えつつある。というのも、自分のゲノム塩基配列が解読される研究に、今や何千もの人々が参加・登録しているからだ。しかし、現在の米国の臨床検査室改善法(CLIA)では、被験者やその家族に影響を与えかねない遺伝的変異が研究で見つかっても、法的認定を受けた臨床検査室で確認された場合でしか、研究者が被験者に告知できない。だが、大半の研究プロジェクトでは、認定を受けた検査室で解読作業が行われていないのが実情だ。このため、多くの被験者は、研究結果が最終的に公表されるまで自分の抱える変異について知らされないことになる。もともと、CLIAは、正確かつ信頼できる臨床検査結果を保証することを目的とした法律で、不完全な研究によって被験者に誤った情報が提供されないようにするために設けられたものである。

ユタ生物医学研究財団(UFBR:米国ソルトレークシティ)の遺伝学者Gholson Lyonは、昨年、この倫理上のジレンマに実際に遭遇した。彼は、ある大家族を調べており、その家族では、男の子のうち一部が、先天的にしわが多く薄い皮膚など一連の症状があり、最終的には心疾患で1歳になる前に死亡していた。Lyonは2010年11月までに、ある遺伝的変異がこの疾患の原因であることを示す、かなり確かな証拠を得ていた。同じ頃、彼は、この家族の女性の1人が妊娠4か月で男の子を宿していることを知った。Lyonは、研究の知見から、この母親が問題の変異を持っていることはわかっていた。だが、彼女に知らせることは許されなかった。この解析結果は、CLIAで認定された検査室で行われたものではなかったからだ。結局、男の子は問題の疾患(オグデン症候群と呼ばれる)を持って生まれた。そして、その病因変異に関するLyonの論文1が発表された同じ週に亡くなった。

2011年9月30日~10月2日、第4回パーソナルゲノム会議が米国ニューヨーク州のコールドスプリングハーバーで開催された。この場でLyonは、解析結果をできるだけ早く被験者に告知できるよう、研究者は認定を受けた検査室で常に研究を行うべきだと主張し、自身も今後はそうするつもりだと述べた。実際、これは差し迫った課題である。ベイラー医科大学ヒトゲノム配列解読センター(米国テキサス州ヒューストン)の所長であるRichard Gibbsによれば、2011年に塩基配列が解読されたヒトゲノムは約5000人、2012年は約3万人になると予想されている。

しかし倫理学者たちは、研究者や医師が遺伝情報を告知する責務があると感じているのはわかるが、ほかの要素も考慮すべきだという。「これは、患者や医師だけの問題ではないのです。この種の情報は、開示によって発生するコストなど、検討を要する社会的問題がかかわってくるのです」と話すのは、ヴァンダービルト大学生物医学倫理センター(米国テネシー州ナッシュビル)の所長Ellen Wright Claytonである。

現在、医療機関では診断の指針や治療の方針にゲノム配列解析が利用され始めている。例えばウィスコンシン医科大学(米国ミルウォーキー)では、小児科医で遺伝学者のDavid Dimmockが、診断が未確定の小児に対してゲノム配列解析を行っている。だが、異論も多い。なぜなら多くの研究者は、患者を救うための情報として、非常にまれな遺伝的変異がどのように疾患に関与しているのかがほとんどわからないと考えているからだ。しかしDimmockは、配列解析が何らかの治療法もしくは治療改善につながった例は少数だが報告されていると指摘する2

Dimmockのチームは、認定を受けた臨床検査室で、急性肝不全の乳児のゲノム塩基配列を解析し、Twinkleと呼ばれる遺伝子に変異を2個持っていることを見つけた。この2つの変異は、すでに過去の研究でそれぞれ、進行性の眼・神経疾患と、肝臓の関連疾患との関係が明らかになっている。医療チームはこの結果を受けて、急性肝不全の標準的治療法の1つである肝臓移植ではこの乳児を救うことはできないと判断し、移植を勧めなかった3。この子は生後6か月で亡くなった。

「これは残念な結果でしたが、ある意味仕方がなかったと考えています」とDimmockは言う。遺伝情報の告知により、この子の数か月間の人生を不要な移植によるつらい治療と入院生活に費やさずにすんだのだし、数が不足している移植用肝臓をより治癒が見込まれる子どもに移植することができたのだから、と思うからだ。

(翻訳:船田晶子)

参考文献

  1. Rope, A. F. et al. Am. J. Hum. Genet. 89, 28–43(2011).
  2. Bainbridge, M. N. et al. Sci. Transl. Med. 3, 87re3(2011).
  3. Goh, V. et al. J. Pediatr. Gastroenterol. Nutr. http://dx.doi.org/10.1097/mpg.0b013e318227e53c (2011).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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