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「言語遺伝子」が学習速度を速める

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120104

原文:Nature (2011-11-18) | doi: 10.1038/nature.2011.9395 | ‘Language gene’ speeds learning

Ewen Callaway

50万年以上前に出現した1つの変異によって、ヒトは言葉を話すための筋肉運動を身につけたのかもしれない。

マウスでの研究から、FOXP2遺伝子に生じた変異により、ヒトは発話や言語に重要な、複雑な筋肉運動を身につけることができた可能性が示唆された。ヒトのFOXP2遺伝子を発現するように遺伝子操作したマウスは、通常よりも学習速度が速いというのだ。

この研究は、2011年11月12日〜16日に米国ワシントンD.C.で開催された北米神経科学学会で、マックス・プランク進化人類学研究所(ドイツ・ライプチヒ)の神経科学者Christiane Schreiweisによって報告された。

FOXP2遺伝子は、3世代にわたって重症の発話障害および言語障害が見られた英国人家系(「KE家系」として知られる)の研究から、1990年代に発見された1。この家系で言語障害が見られる人は、FOXP2遺伝子の1コピーを不活化する遺伝性変異を共通して持っている。

脊椎動物の多くのFOXP2遺伝子はほぼ同じで、その機能は、運動学習に重要な脳回路の発生に関与している。この遺伝子のコードするFOXP2タンパク質は、ヒトとチンパンジーでは、2つのアミノ酸が異なるだけだ。このことから、この2アミノ酸の違いが言語の進化に関与した可能性があると考える人もいる2

さらに、Schreiweisと同じ研究所に所属するSvante Pääboらの研究チームは、FOXP2遺伝子が現代人(Homo sapiens)とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)で同一であることを発見しており、変異はこの2つのヒト系統が分岐した、およそ50万年前よりも以前に出現したことが示唆されている3

鳴き声の変化

数年前に、ライプチヒのマックス・プランク研究所(MPI)の研究チームが、ヒトのFOXP2タンパク質を産生するマウスを作製した4。このヒト化マウスでは、本来のFOXP2タンパク質を産生するマウスより、探索行動が低下していた。また、子マウスが母親から離された場合に発する超音波発声(鳴き声)が、ヒト化マウスでは変化していた。

さらに、ヒト化マウスの脳では、正常マウスの脳よりも、長い樹状突起を持つニューロンが多く観察された。この髭のような突起は、ニューロンどうしがコミュニケーションするのに役立っている。また、ヒト化マウスの基底核と呼ばれる脳領域の細胞は、繰り返し電気刺激を受けると、より急速に無応答になった。この状態は「長期抑圧」と呼ばれ、学習と記憶に関与している。

今回の神経科学学会で、Schreiweisは、ヒトのFOXP2遺伝子を持つマウスは、通常のマウスよりも学習速度が速いことを報告している。彼女は、マウスに、報酬の水を得るために、左あるいは右に曲がって通り抜ける迷路の課題を課した。迷路の曲がり角には、正しい方向が、星印のような、目に見えるてがかりで示されていた。8日間の練習後、ヒトFOXP2遺伝子を持つマウスは、てがかりに従えば、通常の70%の時間で水にありつけることを学習した。通常のマウスが、同じレベルに達するにはさらに4日かかった。Schreiweisは、迷路を通り抜ける際に、ヒトFOXP2遺伝子によって、マウスが視覚と触覚によるてがかりをより迅速に統合できるようになったと話す。そして、我々ヒトでは、FOXP2遺伝子に出現した変異が、基本的な音を作り出すのに必要な複雑な筋肉運動の学習、次に、これらの音を組み合わせて単語や文を作成するのに役立ったというのだ。

また、MPIの別の研究チームのUlrich Bornscheinは、同じ神経科学学会で、より迅速に学習できる脳回路の変化は、ヒトFOXP2遺伝子に見られる2つのアミノ酸変化のうちの1つのみによって生じることを示した。2つ目の変異は何もしていないのかもしれない。

「ありうることです」と、テキサス大学サウスウェスタン医療センター(米国ダラス)の神経科学者、Genevieve Konopkaは話す。イヌやオオカミをはじめとする肉食動物は、ヒトFOXP2遺伝子の2つ目の変異を独立に進化させたが、脳に明らかな効果はなかったからだ。

ロンドン大学ユニバーシティカレッジの神経科学者で、FOXP2変異があるKE家系を研究しているFaraneh Vargha-Khademは、新しい知見によって、発話に関与する顔面運動の完成におけるこの遺伝子の役割を説明できるかもしれないと考えている。しかし、ヒトが自分の考えを自動的かつ難なく話し言葉に翻訳することに、なぜFOXP2遺伝子が役立ったのかについて、基本的な学習回路の変化がどのような関与をしているのかはわからない。「話し言葉の音を形成するために、どのように筋肉を動かそうかと自分で決定しているわけではありません」と、Vargha-Khademは話す。

(翻訳:三谷祐貴子)

参考文献

  1. Lai, C. S., Fisher, S. E., Hurst, J. A., Vargha-Khadem, F. & Monaco, A. P. Nature 413, 519–523 (2001).
  2. Enard, W. et al. Nature 418, 869–872 (2002).
  3. Krause, J. et al. Curr. Biol. 17, 1908–1912 (2007).
  4. Enard, W. et al. Cell 137, 961–971 (2009).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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