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長寿が複数世代にわたって遺伝

線虫(Caenorhabditis elegans)は、寿命が2~3週間と短く、多くの研究者から老化の研究対象として愛されている。スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の遺伝学者、Anne Brunetもそうした研究者の1人だ。彼女の研究室の線虫には、究極の形質、つまり、家族性の長寿傾向が遺伝している。しかし不思議なことに、この縁起のよい長寿という遺産が遺伝子として受け継がれていないのに、長寿が続いているのだ。

それでは、どうやって寿命を遺伝させているのだろう。それは予想もしなかった方法だった。「エピジェネティック」な化学的刻印が受け継がれていたのだ1。この刻印は、DNA配列自体は変化させないが、ヒストンと呼ばれるタンパク質とDNAの複合体に化学的修飾を付加し、遺伝子発現に影響を与える。これまでにも、いくつかの遺伝子の発現の変化が線虫の寿命を延ばすことが知られている。

「今回のBrunetらの成果は、寿命の差がどこから生じるのかを理解するための新しい原則です」と、この研究にはかかわっていなかった、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(英国)の遺伝学者David Gemsは言う。

メチル基による刻印

遺伝子発現を変化させる方法の1つは、メチル基として知られる化学的修飾をDNAやヒストンに付加したり、除去したりすることである。Brunetの研究チームは、これまでに、ヒストンH3タンパク質の特異的な部位へのメチル基付加に関与するタンパク質複合体に変異を持つ場合に、寿命が最大30%延びることを示している2

今回、研究チームによれば、この変異が線虫ゲノムに生じた後、3代目の子孫まで寿命の延長が受け継がれたという。ただし、活動低下や低受精率など、線虫の老化の物理的な兆候も影響を受けるかどうかは、まだ確認されていない。それでもBrunetは、寿命はエピジェネティックな遺伝を介して伝達されることが初めて示されたと語っている。

ショウジョウバエの目の色、花の対称性、植物の色のように、エピジェネティックな遺伝が形質決定の一部を担う例はほかにもある。だが、その過程はいまだ謎のままである。エピジェネティックな刻印は卵や精子で消去されると考えられており、そのような刻印が次世代でどのようにして正しい部位に再び配置されるのだろうか?

「これはエピジェネティクスにおける大きな疑問です」と、スイス連邦工科大学チューリッヒ校(バーゼル)のエピジェネティクス研究者Renato Paroは言う。「皆が知りたいと思っているのです」。

エピジェネティックな修飾を受ける部位は、何らかの形、おそらくRNA分子や代謝産物で標識されているのかもしれない。Brunetは、研究室でそのようなてがかりを探索していると言う。

希釈効果?

寿命を遺伝させる機構がどのようなものであったとしても、長寿はいつまでも続くわけではない。Brunetの線虫に変異が生じた後の4代目の子孫では、正常な寿命に戻る。これまでの3世代にわたって何らかの刻印がメチル化を誘導したかもしれないが、交配が繰り返された結果、希釈された可能性はあるとParoは言う。

重要な問題は、同様な寿命のエピジェネティックな遺伝がほかの動物においても起こりうるかということであると、Gemsは言う。Brunetの研究室では今、マウスとアフリカ・キリフィッシュ(メダカの一種)において検討している。このいくつかの種の寿命は、ほんの12週間なのだ。

「もちろん、この現象が線虫でしか起こらないかもしれないという懸念はあります」とGemsは言う。線虫の寿命は、特に個々の遺伝子の変化の影響を受けやすいと考えられ、また、ほかの動物では、老化はもっと複雑であることが証明されている、とGemsは説明を加える。「今回の発見は出発点となり、これから寿命の遺伝についての研究がさらに進むでしょう」。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120103

原文

Long life passed down through generations
  • Nature (2011-10-19) | DOI: 10.1038/news.2011.602
  • Heidi Ledford

参考文献

  1. Greer, E. L. et al. Nature 479, 365–371 (2011).
  2. Greer, E. L. et al. Nature 466, 383-387 (2010).