Japanese Author

多点の弱い相互作用を利用して、細胞のふるまいを制御する

–– 「多点の弱い相互作用を利用する」とはどういうことでしょうか?

岩田: 「ゴキブリホイホイ」は、多点の弱い相互作用をうまく利用した製品です。ゴキブリは6本の肢のうち、3本を1組にして(左前・右中・左後と右前・左中・右後)、交互に動かして歩きます。3本の肢が同時に動作するため、1点ごとの接着力がそれほど強くなくても、3本を同時に粘着剤からはがすことはできません。

実は、生体にも、多点の弱い相互作用をうまく利用している例が多くあります。例えば、細胞は細胞間や細胞外マトリックスへの接着によって決まった場所に固定されていますが、ひとたび傷つくと、周囲と接着しながらも組織修復のために傷口に移動していきます。多点の弱い相互作用は、状態を瞬間的に変化させることはできませんが、少しずつ確実に変化させることができます。この力を利用して、細胞に機能性物質を接着させるとか、特定の細胞どうしを確実に接着させて凝集塊を作るといった細胞の制御を可能にするのが私の夢の1つです。

きっかけとなった研究

–– そもそものきっかけは、人工膵臓の研究開発にあるのでしょうか?

岩田: はい、そうです。私は、インスリン依存型(1型)の糖尿病治療のために、インスリンを産生する細胞(膵島細胞)の小集塊を移植する方法を研究してきました。特に力を入れているのは、拒絶反応の制御です。何とかして、副作用の大きな免疫抑制剤を必要としない膵島移植を実現するための技術を開発したいと考えています。20年以上前に、膵島細胞と免疫担当細胞が接触しなければ拒絶反応は起きないだろうと考え、膵島細胞をゲルで覆う「マイクロカプセル化膵島」の研究をし、よい成績が出て注目を集めました。次のステップとして「分子レベルのカプセル化」と称して、膵島表面を極薄の高分子膜で覆う試みを始めたのが、現在に至るきっかけになりました。

図1:LEDの分子構造(左)と、LEDにより緑に染色した細胞と赤く染色した細胞が交互に接着している画像(右)。

当時の発想としては2つありました。1つは、細胞の膜タンパク質に化学反応を利用して合成高分子を固定化するというもの。もう1つは、細胞表面がマイナスに荷電しているので、プラスに荷電しているポリカチオンとの間でイオンコンプレックスを形成させて結合させるというものです。残念ながらどちらも実際にやってみると、細胞が死んでしまうことが多く、研究はなかなか進展しませんでした。ところが6年前に、早稲田大学で人工赤血球の研究開発をしていた寺村裕治君(現スウェーデンのウプサラ大学在外研修中)が、ポスドクとして私の研究室に応募してきました。彼の学位論文を読んでみると、人工赤血球の体内での循環時間を長くするために、「疎水性相互作用で脂質二重膜に錨をおろす複合分子」を使って人工赤血球の表面処理を施していました。それを膵島細胞の表面修飾に応用してみようということになり、彼の参加のもと、研究を再出発させました。

–– どのような複合分子を使われたのでしょうか?

岩田: 「細胞膜に投錨するリン脂質」「相補的な配列を利用した、糊の役目を果たすDNA」「分子の水溶性を高めるポリエチレングリコール」からなるひものような複合分子(リン脂質–ポリエチレングリコール–オリゴDNA複合分子:LED)です1。実際に細胞どうしの接着を制御できるかどうか、その効果も確かめました。まず、「アデニン(A)20個からなる単鎖DNA(dA20)を持つLED分子」と「チミン(T)20個からなる単鎖DNA(dT20)を持つLED分子」を用意し、前者を緑に蛍光染色した細胞に、後者を赤に蛍光染色した細胞に、それぞれふりかけて投錨させました。このとき、リン脂質は細胞に障害を与えることなく膜にそっと埋まり、細胞が死ぬようなことはありませんでした。

そのうえで、2種の細胞どうしを混ぜ合わせたところ、図1に示したように赤の細胞と緑の細胞とが、みごとに交互に結合して配置しました。このことは、LED分子を一部改変することで、細胞を目的に合うように操れることを示しています。糊の役目としてssDNAを利用したのは、私たちのオリジナルだと思います。DNAのダブルヘリックスと細胞間に固定されたLED分子との結合はそれほど強くないものの、多点で相互作用することでしっかり結合されます。

–– 拒絶反応は抑制できるようになったのでしょうか?

岩田: 紆余曲折の末、膵島細胞を患者自身の細胞で覆うことを考えました2。さらに、使うのは「免疫反応を抑制する作用のある細胞」がいいと考え、精巣のセルトリ細胞を利用することを思いつき、マウスで実験してみました。分離した膵島をdA20-LEDで処理し、緑色蛍光タンパクを発現させたセルトリ細胞をdT20-LEDで処理します。その後、両者を混ぜてdA20とdT20をハイブリダイズさせると、図2のように膵島表面にセルトリ細胞が固定されます。現在、糖尿病モデルマウスに移植して治療効果を調べています。ただし、セルトリ細胞は胎児期の精巣中でのみ増殖し、体外に取り出すと培養では増えないことや、女性患者には使えず、男性患者も2つしかない精巣の1つを使ってしまうことなどから、ヒトへの応用は難しいと考えています。

図2:膵島表面をLEDで処理し、セルトリ細胞(緑)を固定した共焦点蛍光顕微鏡像。左下の挿入図は位相差顕微鏡像。

そこで、同じ再生医科学研究所におられ、免疫を抑制する方向に働く「制御性T細胞」を発見された坂口志文先生にご指導いただき、セルトリ細胞の代わりに制御性T細胞を利用する研究を始めています。制御性T細胞は浮遊細胞なので細胞小集塊を形成しないのですが、LED分子を用いることで「制御性T細胞と膵島細胞とからなる細胞小集塊」を作らせたいと試行錯誤しているところです。

臨床応用への道筋

–– 膵島移植への応用はまだ先になるのでしょうか?

岩田: そんなことはありません。私は、以下の3点の理由から、数年のうちに臨床応用できると考えています。①拒絶反応を防ぐために用いる細胞が、患者本人のセルトリ細胞や制御性T細胞であること、②膵島は移植する場所を選ばず、皮膚の下に移植しても治療効果を期待できること、③ドナー由来の膵島移植の臨床経験が10年以上蓄積されていること、です。

問題は、世界には数百万人を超える患者がいるのに、ドナーが年間数百人ほどしかいない点にあります。解決策として期待されるのは、ES細胞やiPS細胞からのインスリン分泌細胞や膵島の再生です。現在、世界中で分化誘導研究が進められており、手法が確立すれば、私たちの技術と融合させることで、膵島移植をインスリン依存型糖尿病の標準治療にできると思います。非常に多くの人が恩恵を受けられることになり、医療費の削減にもつながるはずです。

–– 「ナノメディシン分子科学」プロジェクトの狙いはどこにありますか?

岩田: 本年からスタートした新学術領域研究(文部科学省による)の目的は、まだ新しく、未熟な学問領域の基盤を作ることです。ナノテクには、1nmより小さな世界を制御して実現するボトムアップ型(自己組織化や超分子構造など)と、逆に、大きな1µmオーダーの加工制御から実現していくトップダウン型(微細加工技術など)があります。両者の隙間を埋め、ダイナミックな動きがある医療・生物分野で応用できるようにしようというのが「ナノメディシン分子科学」の狙いです。材料化学、物理学、生理学、数理科学などの専門家と臨床医からなるメンバーで会合を繰り返し、共同研究をスタートさせたところです。ナノメディシン分子科学という領域を確立し、日本が世界をリードできるようがんばります。

–– ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

岩田 博夫(いわた・ひろお)

京都大学再生医科学研究所 生体組織工学部門 教授。1973年、京都大学工学部高分子化学科卒業。工学博士。1983年3月より国立循環器病センター研究所研究員。1994年4月より京都大学生体医療工学研究センター助教授。1999年3月より京都大学再生医科学研究所教授。2011年4月から京都大学再生医科学研究所の所長を務める。

岩田 博夫氏

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120126

参考文献

  1. Teramura Y, Chen H, Kawamoto T, Iwata H., Biomaterials. 31, 2229-2235 (2010).
  2. Teramura Y, Iwata H., Adv Drug Deliv Rev.15; 62(7-8):827-840 (2010).