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バチカンが研究所の救済にのりだす

ミラノのサンラファエレ科学研究所。破産の危機から救済されなければ閉鎖になるかもしれない。

V. ZUNINO CELOTTO/GETTY

イタリアを代表する生物医学研究センターが、破産の危機に瀕している。政財界の黒幕による陰謀説、詐欺や不正の申し立て、ショッキングな死などが、火に油を注いでいる。2011年10月下旬、ミラノを本拠地とするサンラファエレ科学研究所を運命の手にゆだねるか、それとも、バチカン銀行が率いるコンソーシアムによる救済を許可するかどうか、裁判所によって決定される。

ベッド数1400の研究病院と基礎科学研究センターと小規模な大学を持つこの研究所の負債総額は、15億ユーロ(約1600億円)近くにのぼる。原因は、投資判断のミスと研究所の無謀な拡張にあるとされており、金融取引に不正があったという申し立てに基づく捜査も始まっている。研究資金提供機関の大半が、現在、ここの科学者への支払いを一時的に停止しており、多くの企業が消耗品の補給をやめている。研究所の科学ディレクターである免疫学者のMaria Grazia Roncaroloは、「我々はまだ研究はしていますが、以前のような勢いはありません」と言う。

イタリア内外の科学者は、ただただ愕然としている。この研究所の科学顧問委員会の委員長であり、ノバルティス社(スイス・バーゼル)の発展途上国医療部門を率いるPaul Herrlingは、「サンラファエレはイタリアで最高水準の研究センターです。おそらくヨーロッパでも有数のレベルです。この研究所には世界最高水準の遺伝子治療設備もあり、救済する必要があります」と言う。

物語の主人公は、91歳のカリスマLuigi Maria Verzeだ。カトリックの司祭である彼は、1971年にこの病院を設立し、現在も形式上は、この研究所を運営するサンラファエレ・デル・モンテ・ターボル財団の理事長の地位にある。Verzeは1992年に、基礎研究施設を拡張するため、新たに大きな研究棟を建設した。1996年には、人間は体と心と魂からできているという信念に基づき、医学部、心理学部、哲学部の3学部からなる大学をキャンパス内に設立した。

しかし、サンラファエレ科学研究所は非宗教的な組織であり、聖職者であるVerzeが研究活動や教育活動に制限を設けることは決してなかった。生産的な科学者を見抜くVerzeの能力には定評があり(彼はしばしば自ら面接を行った)、研究センターは現在、221人の終身在職権のある科学者と、332人の短期契約の科学者を擁している。

この研究所は、2010年には、7500万ユーロ(約78億円)の競争的研究資金を獲得したほか、イタリア保健省からも1800万ユーロ(約19億円)の研究資金を得て、800本以上の科学論文を発表した。臨床試験のプロトコルも250ほど実施され、その半数は、自分たちの研究室の遺伝子治療や幹細胞治療分野の発見に関連したものだった。製薬業界とも、大規模な戦略的協力関係を複数結んでいる。

Verzeは自分のコンセプトを海外15か国に輸出した。ベッド数500のサンラファエル病院(ブラジル・バイア)もその1つである。2005年、Verzeはミラノキャンパスを大幅に拡張する計画に着手し、研究センターと大学とスタートアップ企業のために3棟の大きなビルを建設したが、この中でいちばん新しい施設には、まだ科学者は入っていない。

2011年2月、新聞が負債について報道し始めた。その額は当時、50万ユーロ前後(約5200万円)と考えられていた。研究所の幹細胞治療部門長のGiulio Cossuは、「我々は当初、事態は自然に片がつくだろうと思っていたので、それほど心配していませんでした」と言う。

しかし、6月末になると、負債は10億ユーロ(約1000億円)に近いことが明らかになった。「状況が深刻であることを我々が理解し始めたのは、このときでした」とCossuは言う。財団理事会のメンバーは入れ替えられ、大部分の執行権は、新しい副理事長であるGiuseppe Profitiに委譲された。Profitiは、バチカンの幼子イエス小児病院(ローマ)の院長である。

まもなく状況はさらに悪化した。7月18日に、Verzeの右腕だったMario Calが、サンラファエレの自分のオフィスで拳銃自殺をはかり、病院で手術を受けている間に死亡した。それ以来、イタリアの新聞は、財団が、不動産、エネルギー、さまざまなホテル、さらにはマンゴー農園にまで、巨額の、そしておそらく浅はかな投資をしていたと報じている。

提案されている救済策は、バチカン銀行とVittorio Malacalzaというビジネスマンが主体となって進めるもので、研究所の負債のうち5億ユーロ(約520億円)を負担し、新たに2億5000万ユーロ(約260億円)を投資するというものである。バチカンがどのような理由でこの研究所に関心を示しているのかは不明である。Verzeはしばしば、根本的な問題をめぐってバチカンと対立していた。その一例が安楽死で、彼はそれを罪とは考えていない。

救済コンソーシアムはサンラファエレの科学者たちに、研究所と病院はそのまま維持するが、人々の健康に関係のない投資はやめると説明した。ミラノの裁判所は、10月26日に、提案されている投資と再建案が研究所の破産を回避するのに十分かどうかを判断する。

研究所が破産の危機にあるため、研究所への支払いの大半が止まっている。凍結されている資金には、EUの第7次フレームワークプログラム、イタリアがん研究協会(ミラノを本拠地とする慈善団体)、欧州研究会議(ERC)からの数百万ユーロの研究費も含まれている。しかしながら、ローマの研究慈善団体で、700万ユーロ(約7億3000万円)相当の研究資金を承認したテレトン財団は、研究所を通すことなく、受給者に直接支払いをしている。

Roncaroloによると、研究所にはERCの研究資金を獲得した科学者が7人いるが、今回の騒動のため、そのうちの1人は研究に着手することができず、もう1人は研究所を去り、3人目も研究所を去ろうと考えているという。9月末にはHP社のセールスマンが研究所のゲノミクスセンターに来て、問題の片がつくまで、リースしていたデータストレージ機器を引き揚げていった。

研究所の科学者たちは救済を切望しているが、基礎科学と臨床科学を1つ屋根の下で混ぜ合わせた結果、病院がここまで強固なものになったという事実を、果たして新しいオーナーが理解してくれるかどうか心配している、とRoncaroloは言う。

テクニオン・イスラエル工科大学(ハイファ)の化学者で、サンラファエレの科学顧問委員会のメンバーであるノーベル賞受賞者のAaron Ciechanoverは、「サンラファエレは危険な岐路に立っています」と言う。「裁判官が救済計画を承認し、新しいオーナーが、自分たちがどれほど価値のある宝石を手に入れたのかを自覚し、優れた研究を続けさせなければならないことを理解してくれるとよいのですが」。(編集部註:この記事の掲載後、裁判所はバチカンによる研究所の救済を許可した。)

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120114

原文

Vatican Bids for Italian Institute
  • Nature (2011-10-20) | DOI: 10.1038/478296a
  • Alison Abbott