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日本の医療システムに革新を

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110909

原文:Nature (2011-06-09) | doi: 10.1038/474136a | A healthier Japan

Nakamura Yusuke interview by David Cyranoski

東京大学医科学研究所の遺伝学者、中村祐輔は、長年にわたり、日本の医療システムの改革と、自国の生物学的発見の活用を主張してきた。そんななか起こった、東日本大震災。彼の使命に新たな緊急課題が加わった。現在、中村は、そうした問題を討議する立場にいる。今年1月、発足した「医療イノベーション推進室」の室長の座についたのだ。

Q:今回の震災では、日本の医療システムのどのような弱点が露呈したのでしょうか?

A:大勢の人々の医療カルテが失われたため、政府は、被災地でどんな医薬品がどれくらい必要かを把握できませんでした。また、医療支援もかなりひどい状況で、もし、福島県相馬市で脳卒中に襲われたら、ほかの都市にある病院まで1時間半から2時間かけて行かなくてはなりません。これは早急に何とかすべきです。

また、政府は歯の治療歴をもとに遺体の身元確認をしているため、時間がかなりかかっています。歯の治療記録はないことがしばしばあるからです。回収された遺体のうち2000体は、いまだに身元がわかりません。私は、DNAを調べる一塩基多型検査法を導入すべきだと思っています。このほうが時間もかからず、精度も高いのです。私の試算では、費用は8億円ですが、復興にかかる費用に比べればずっと少ない額なのです。

Q:こうした問題を防ぐにはどうしたらよいでしょうか?

A:日本では、それぞれの医療機関が独自にカルテを保管しています。今後は、国レベルで診療記録を保管し情報を連携する「クラウド」システムが必要です。また、患者は自分の診療記録をカードや携帯電話に記録して持ち歩けるようにすべきでしょう。まずは、医療システムの再建が必要な東北地方から始めて、順次ほかの地域へ普及させていくべきです。優れた医療システムを万事整えておけば、今回の震災を超える大地震が起こっても、多くの人命を救えるはずです。

Q:被災者の健康状態をモニターするために、どのような調査を考えていますか?

A:合計およそ50万人を対象とする3つの大規模集団調査を提案しています。まず、被災者の精神状態の調査です。2004年のインド洋大津波後のタイでは、被災者の5分の1がPTSDになっていました。このことからも、今回の大震災のPTSD患者は膨大な人数になると思われます。PTSDをより早い段階で治療できるよう、調査をすぐにでも始めるべきです。

2つ目は、長期にわたって避難所生活を強いられている被災者の健康や慢性疾患についての調査です。福島第一原発事故による持続的な低レベルの放射線の影響も考察しなければならないでしょう。3つ目は、高レベルの放射線にさらされている原発作業員や近隣住民を対象とした調査です。これは20~30年は継続する必要があるでしょう。

Q:日本の医療革新はどのような状況でしょうか?

A:嘆かわしい状態です。医薬品は1兆円以上の輸入超過になっています。日本の研究者は基礎科学を扱うNatureScienceCellなどには多くの論文を発表していますが、臨床研究を扱うThe LancetThe New England Journal of Medicineにはほとんど発表していません。また、臨床試験にもっと支援が必要だと言う研究者もいますが、そもそも臨床試験が行われる医薬品は、欧米で製造されたものが大部分を占めます。必要なのは、臨床応用研究に対する支援です。今後、超高速処理スクリーニング技術や薬剤を最適化する設備を提案していくつもりです。台湾には、毎月100万種類の化合物をスクリーニングできる施設があります。それに匹敵する規模で年間稼働費用が25億~30億円程度の設備を、我々は提案しています。

また、遺伝学やエピジェネティクスのデータの急増に対処するためにバイオインフォマティクス・センターの設立も提言しました。こうしたデータと診療記録を統合すれば、今後10年以内に個別化医療システムを作り上げることも可能でしょう。

政府は過去10年間に生命科学分野へ多額の資金を投入してきましたが、その最終目的は医療革新だったはずです。今こそ、それが達成できなかった理由を知る必要があると思います。

(翻訳:船田晶子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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