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内部告発をして失職した若手研究者

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110916

原文:Nature (2011-06-09) | doi: 10.1038/474140a | Whistle-blower claims his accusations cost him his job

Eugenie Samuel Reich

連邦政府のガイドラインでは、内部告発者に対する報復行為は禁じられている。ウィスコンシン大学側は、研究室の発表したデータを問題にした若手研究者に対する報復を否定するが……。

ウィスコンシン大学マディソン校(米国)動物学科に所属する遺伝学のポスドクAaron Taylorは、上司との数か月にわたる軋轢の末、研究室が発表したデータに関して公然と疑問を表明した。その後、彼は、動物学科長Jeffrey Hardinから3つの選択肢を提示された。①解雇されるのを待つか、②自発的に辞職するか、③「科学的不正行為の問題」を取り下げることを条件に、投稿論文を作成するまでの時間的猶予を得るという「寛大な出口戦略」を受け入れるか。

第3の選択肢については、まるで「司法取引」であり、研究室のデータに関する懸念に目をつぶらせようとしているとTaylorは抗議した。Hardinはこれには耳を傾けず、「何が自分自身にとって、より重要なのかを判断すべきだと思う」と言い、その後、「内部告発のようなことを始めたいのかどうか、自身で決断する必要がある」とも話した。

Taylorは、Hardinに無断でこの2009年11月のやり取りを録音していた。これはウィスコンシン州法では認められている行為だ。Taylorは、その場では決断を拒否したが、その数日後、懲罰委員会が開かれる数分前に辞職した。彼は、自分が職を失ったのは、彼を雇ったウィスコンシン大学マディソン校の教官Yevgenya Grinblatの研究室の発表したデータに異議を唱えたからだと主張する。しかし、大学側はGrinblatの研究上の行為を支持し、Grinblatの調査はしていない。Grinblatは、Taylorが失職したのは「無礼千万な態度」があったからだと話している。

性格の不一致が、事をややこしくする

この出来事は、研究の公正をめぐって、研究室内の下位の研究者が上位の研究者と衝突したとき、どんな状況が起こりうるのかを明示している。内部告発者は、たとえ彼が間違っていたとしても、誠実に行動しているかぎりは報復から守られることになっている。しかし、この衝突に「性格の不一致」という問題が加わることがよくあり、そうなると、かなり歯切れの悪い結果になることがあるのだ。

Taylorの事例では、学科長Hardinは、報復が行われたことを強く否定し、「重大な人事上の問題があった」ためにTaylorの契約を解除する措置がとられたのだ、と話している。Grinblatから提供された電子メールには、Taylorが、Grinblatのデータを問題にする前から大学内外で同僚に対して否定的態度をとっていたことが書かれており、それについてGrinblatが助言を求めていたことも示されている。

ただ、たとえそうだとしても、HardinがEric Wilcots副学部長(数学・自然科学)に宛てた電子メールは、Taylorの告発が彼の失職の一因だったことを意味しているように思われる。この電子メールには、Taylorが「不適切と思われる通信」(Grinblatが研究者・研究室長として不正行為をしたとする辛辣な電子メールのことを指す)を行っていたことが記されている。

Natureは独自に、研究上の不正行為を専門とするイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(米国)の法律学者C.K. Gunsalusに、ウィスコンシン大学から提供された文書の精査を要請した。彼女は「大学側の行動を一見すると、少なくとも、内部告発に対して報復があったかどうか、疑義は生じています」とコメントしている。

内部告発者に対する報復は、「研究不正行為に関する連邦政府規律」によって禁止されている。この連邦政府規律は、政府から助成金を受けている研究機関が告発を処理する際のガイドラインで、Grinblatの研究室も政府からの助成金を受け取っている。ウィスコンシン大学にも内部告発者を報復から守ることを明示的に定めた規則がある。Taylorは、自分自身の経験には、上司の研究について異議を唱えようとする者にとっての教訓が含まれている、と話す。つまり、告発するときは、疑義の内容をはっきりと示し、該当法令を引用することが、報復の防止に役立つかもしれないというのだ。

研究の公正をめぐる論争の中心となったゼブラフィッシュ胚 | 拡大する

R. KESSEL/VISUALS UNLIMITED/CORBIS

今回、Taylorは、Grinblat研究室でゼブラフィッシュの発生を調べていた。そのときに、同研究室から投稿されていた論文について疑問を感じた。彼が共著者となった論文(Development 136, 3791-3800; 2009)では、特定のタンパク質の発現の変化を説明するために用いられたゼブラフィッシュ胚の画像が、定量的な裏付けがないまま選ばれていたとTaylorは思った。

電子メール記録によれば、彼はGrinblatにデータに関する質問をしたが、論文はそのまま投稿された。Grinblatは、これらの画像の使用が標準的な方法に従ったものであり、反復可能な実験に基づいている、と回答した。また、彼女は、Taylorが使いたかったかもしれない定量化方法は、その研究で観察されていた遺伝子発現の変化を検出できるほど感度が高くなかったと付言した。

今となっては、生データを入手できないため、これらの画像がデータの誤用(ないしは恣意的選別)に当たるかどうかは立証できない、とTaylorは言う。彼は、ウィスコンシン州の公記録関連法規に基づいて生データの閲覧を請求したが、大学側は、教官のデータを公表することが学問の自由の侵害に当たると判断して、データの公表を拒否した。

画像をめぐる対立から数か月後、GrinblatがTaylorに対し、ある実験技術について詳細なプロトコルを提出するよう求めたとき、事態は重大局面を迎えた。Taylorは、彼自身が信頼性に欠けると考えるデータを公表するよう繰り返し圧力を受けたとGrinblatを非難し、この問題を学部長に訴え出ると脅した。それから間もなく、Taylorは、Grinblat研究室から発表された論文の再現性と信頼性に疑問があるという内容の書簡を学科長Hardinに送った。

圧力をかけられたというTaylorの主張について問われたGrinblatは、締切日を設定したのは、公表する良質のデータを彼から得るには、ほかにもう手段がないと思ったからだと答えた。またGrinblatは、Taylorは研究発表に異常に消極的だった、ともコメントしている。

不正行為の基準を満たしていない

Taylorの博士課程の指導教官だったブラウン大学(米国ロードアイランド州プロビデンス)の神経科学者Justin Fallonによれば、Taylorは聡明で独創的な考えの持ち主で、研究室では単独で研究を進め、迅速に研究発表をしていたという。Fallonは「Taylorは、プロらしい態度で、効率的に研究に取り組んでいました」と言い、Taylorが研究室の厄介者だとする見方には賛成できない、と話した。

大学側から提供されたTaylorへの書簡には、WilcotsがTaylorから提出された証拠を審査し、その後、Taylorやそのほかの者と面談し、Taylorの申し立ては大学の研究上の不正行為に関する基準を満たさないと判断したことが記されている。「彼が申し立てたのは、結果の有意性に関する共著者との見解の相違でした」とWilcotsは言う。ただし、Wilcotsは、この判断を下す前に、ゼブラフィッシュの実験から得られた生データを見ていないと話している。大学側も、この問題に関する調査は行っていない。

法律家のGunsalusは、文書を検討したうえで、Taylorの懸念には、不正行為の主張が含まれており、調査の実施が当然と考えられる事例だったという解釈を示している。

大学側はTaylorが辞任したのであって解雇したのではないと主張したため、Taylorはウィスコンシン州の失業手当を受給する権利がなかった。そこで彼は、同州の労働力開発部に不服申し立てをした。同部は、大学側の主張を認めず、彼の離職が自発的なものではなかったと裁定した。また、2010年にTaylorは同部に対して、内部告発者に対する報復の申し立てをしたが、別の州の研究機関に就職した後、その申し立てを取り下げた。

その後、Taylorは、自らの主張と懸念を米国研究公正局(ORI)に申し立てた。ORIは、米国立衛生研究所から助成金を得ている研究における不正行為の主張を管轄している。ORIは、2010年にTaylorに対し、この問題に関して大学側が十分な調査を行ったかどうかを調べていると伝えたが、報復の点については、Taylorがウィスコンシン州労働力開発部に不服申し立てをしたため(この時点ですでに無効となっていたが)、それ以上の行動をとらなかった。

ウィスコンシン大学のWilliam Mellon副学部長(研究政策)は、この件に関してORIから電話連絡があったと話すが、それ以上の調査は行われていない。

Taylorの解雇のタイミングと性格の不一致という2つの事実は、あいまいな結果を避けるには、格別の注意が必要だったことを示唆している。しかし、Mellonは、大学側が適切な対応をとらなかったという見解には驚きを見せ、不正行為に対して強い態度で臨むのは当然で、大学は必要ならそう行動するが、「基準に適合しないときに、とるべき行動などありません」と話す。

Taylor自身は、今回の出来事に関しては心の整理がつき、新たに就職した研究機関(Natureは具体名を公表しないことに同意した)での研究生活に満足している。ただし、ウィスコンシン大学による今回の出来事の処理の仕方には幻滅を感じていると話した。「内部告発者に対して大学の報復を許さないことは、科学の公正にとって非常に大事だと思います」とTaylorは話している。

(翻訳:菊川要)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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