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二原子分子からの放出電子が干渉する

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110926

原文:Nature (2011-06-30) | doi: 10.1038/474586a | Matter-wave interference made clear

Uwe Becker

点光源からの光が2つの平行なスリットを通過すると、干渉縞が生じる。これと同様に、二原子分子から放出される電子が、同じような干渉縞を作る可能性が指摘されてきた。この40年来のテーマが、今回、ついに直接観測された。

水素分子などの二原子分子に紫外光を当てると、電子の波が2か所から飛び出して、干渉縞(明るい帯と暗い帯の繰り返し)を作るはずだと考えられてきた。スウェーデンのルンド大学マックスラボのSophie Cantonらは、今回、干渉が実際に生じていることを直接的に示すデータを実験で観測し、Proceedings of the National Academy of Sciencesに報告した1。この干渉縞は、二原子分子が2つの中心から電子波を放出する物体として振る舞うことを、疑いのない形で示した初めての証拠だ。

光が粒子なのか波なのかという問いかけは、何世紀にもわたって続けられてきた。オランダの物理学者クリスティアーン・ホイヘンスが1678年に光は波からなると提案したものの、英国の物理学者トマス・ヤングが1803年に古典的な二重スリット実験を報告するまでは、一般には、光は粒子だと見なされていた。ヤングは、点光源からの光で2つの平行なスリットを持つパネルを照らし、スリットを通過する光がパネルの後ろのスクリーンに干渉縞を作ることを観測した。この実験は、光が波の性質を持つことを疑いのない形で証明した。ところが、米国の物理学者アーサー・コンプトンは1923年、高エネルギー光子の散乱の研究で、光が小さな粒子の性質を持っていることを証明した。このときの物理学者たちの混乱ぶりを想像してみてほしい。

ヤングとコンプトンの矛盾する結果は、「粒子と波動の二重性」という形で解決された。この二重性は量子力学の核心にある概念であり、量子力学が古典物理学と大きく異なっている点の1つだ。事実、粒子と波動の二重性は光子に限らず、物質を含め、すべての量子力学的な対象が備える基本的な性質である。このことは1961年に光子ではなく電子を使った二重スリット実験によって示された2。この実験では、光で生じたのと似た干渉縞が観測され、電子が波の性質を持つことが証明された。それ以来、フラーレン(サッカーボール分子C60など)3や巨大な有機分子4など、大きな量子力学的な対象も、二重スリット実験で波の性質を持つことが次々と確かめられた。生きている生物など本当にマクロなものでも、二重スリットで干渉を起こすのかどうか、そんな実験も始まっている。

あらゆる二重スリット実験の基礎に、ハイゼンベルクの不確定性原理がある。この原理は、量子力学的な対象について、その位置と運動量を測定するときの正確さを制限する規則である。干渉縞を得るためには、量子力学的対象の運動量を正確に定め、その位置が2つのスリットの間隔よりも局在化されないようにしなければならない。こうした状況では、量子力学的な対象は「コヒーレント」(可干渉)になる。この非局在化が失われると、デコヒーレンス(干渉性の消失)が起こり、干渉縞は消える。干渉縞を失わずに、ある対象がどちらのスリットを通過したかを決定できるかどうかは、いまなお研究と論争が続く長年の未解決問題である5

図1:1分子による二重スリット実験
二原子分子に紫外光を照射すると、光電子放出というプロセスで電子が放出され、電子波ができる。電子波は分子中の2つの原子の両方から放出され、位相は同位相か逆位相かのいずれかになる。このため、電子波の干渉縞ができ、適切な検出器を用いれば原理的には観測できる。しかし、干渉縞はほかの効果によって覆い隠され、これまで直接には検出されなかった。Cantonらは、分子の振動をうまく取り扱う方法を使って二原子分子の光電子スペクトルを調べ、干渉縞を直接的に観測した1。 | 拡大する

さて、不確定性に基づくコヒーレンスのほかに、もう1つのメカニズムも同種の現象を起こすことができる。それは、空間的に離れた位置から放出された量子力学的対象のコヒーレントな重ね合わせで、「分子二重スリット」と呼ばれることが多い(図1)。1つの例は、窒素分子(N2)などの等核二原子分子が光の照射に反応して電子を放出するときに起こる(光電子放出という過程)6。電子は、分子の両方の原子からコヒーレントに放出され、電子波の位相は同位相か逆位相かのいずれかだ。だから、こうした系は通常の二重スリット実験で見られるものと同じ干渉縞を作るはずである。

ハーバード大学化学科のHoward Cohenとシカゴ大学物理学科のUgo Fanoは1966年(いずれも所属は当時)、この類似性に初めて気づいた7。彼らは、両方の原子からのコヒーレントな放出を記述する波動関数を提案し、それによって光電子放出の部分断面積が、入射光のエネルギーに応じて振動することを予言した(断面積は光電子放出が起こる確率を示すもの)。

CohenとFanoが彼らの発見を発表したとき、彼らの論文はN2とH2の価電子光イオン化(最外殻電子の光電子放出)について、入射光のエネルギーに対して断面積をプロットした実験結果のグラフを含んでいた。このグラフは明らかな振動を示しており、CohenとFanoは予言された効果が初めてとらえられたものと解釈したが、予言された干渉による振動を示すデータはほかにはほとんど存在しなかった。しかし、二中心干渉が明確に証明されるまでには、H2についてはそれから35年8、N2についてはさらに長い時間がかかったのである6

しかも、これらの論文6,8は、CohenとFanoが報告したような価電子ではなく、等核二原子分子における内殻電子の光イオン化の効果について、報告したものだった。また、これらの論文では、干渉を直接的には観測できないような方法を使い、結果に不確かさをもたらすデータの校正も必要であった。このため、なお2つの課題が残された。1つ目は、干渉による振動を直接観測できる方法を見つけること、もう1つは、価電子光イオン化が干渉縞を作る証拠を得ることである。

Cantonらは、この両方の目的を達成することに成功した1。彼らは二原子分子の「振動分解光イオン化」のスペクトルを得ることにより、これまでの内殻電子光イオン化実験につきまとっていた校正の不確かさを取り除いた。さらに、彼らの方法により、N2とH2の価電子光イオン化を調べることができた。特にH2のデータは有用で、水素分子は、光イオン化のたいていの理論的研究において、モデル化の基準系となっているからである。

Cantonらの研究でいちばん思いがけなかったのは、一酸化炭素(CO)などの異核二原子分子でCohen-Fano振動が観測されたことだ。これらの分子では、最も内側の電子は2つの原子のどちらかにほとんど完全に局在しているので、Cohen-Fano振動は起こりえない。その代わり、放出された電子がもう一方の原子のところ(位置)で散乱されて、別の種類の振動が起こり、その振動数はCohen-Fano振動の2倍になる9

しかし、COの価電子軌道は自然に非局在化している。もし、この非局在化が分子の両方の原子をカバーするほど大きければ、電子の放出はコヒーレントになりうる。したがって、CantonらがCOでCohen-Fano振動を観測した事実は、コヒーレントな価電子光イオン化が起きたとすれば説明可能である。これらの発見は、非局在化された電子軌道が二中心干渉の源として機能しうることを示している。それは、スリット幅(隙間の大きさ)が異なる場合のヤングの二重スリット実験に相当している。

二中心干渉は、高次高調波発生においても観測されている10,11。高次高調波発生は、強いレーザー場にさらされた分子が低エネルギーX線を放つ現象である。また、フラーレンは、一次元の二原子分子とよく似た光電子放出パターンを示すので、三次元の分子二重スリットと見なすことができるかもしれない12-14。こうした実験結果を見るまでもなく、コヒーレントな二中心放出の研究から、今後思いがけない成果が次々と明らかになってくるであろう。量子コンピューターなどへの応用も考えられ、ますますエキサイティングな研究テーマとなりつつある。

(翻訳:新庄直樹)

Uwe Becker、マックス・プランク協会フリッツ・ハーバー研究所分子物理学部門(ドイツ・ベルリン)、およびキング・サウド大学物理学科(サウジアラビア・リヤド)。

参考文献

  1. Canton, S. E. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 108, 7302–7306 (2011).
  2. Jönsson, C. Z. Phys. 161, 454–474 (1961).
  3. Hackermüller, L., Hornberger, K., Brezger, B., Zeilinger, A. & Arndt, M. Nature 427, 711–714 (2004).
  4. Gerlich, S. et al. Nature Commun. 2, 263 (2011).
  5. Kocsis, S. et al. Science 332, 1170–1173 (2011).
  6. Rolles, D. et al. Nature 437, 711–715 (2005).
  7. Cohen, H. D. & Fano, U. Phys. Rev. 150, 30–33 (1966).
  8. Stolterfoht, N. et al. Phys. Rev. Lett. 87, 023201 (2001).
  9. Zimmermann, B. et al. Nature Phys. 4, 649–655 (2008).
  10. Kanai,T., Minemoto, S. & Sakai, H. Nature 435, 470–474 (2005).
  11. Wörner, H.-J., Bertrand, J. B., Kartashov, D. V., Corkum, P. B. & Villeneuve, D. M. Nature 466, 604–607 (2010).
  12. Benning, P. J. et al. Phys. Rev. B 44, 1962–1965 (1991).
  13. Xu, B., Tan, M. Q. & Becker, U. Phys. Rev Lett. 76, 3538–3541 (1996).
  14. Korica, S. et al. Surf. Sci. 604, 1940–1944 (2010).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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