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暗躍するバクテリオファージ

今年5月、ドイツに端を発した大腸菌による食中毒はヨーロッパ各地に広がり、6月29日現在、死者は47人に達している。たいていの食中毒は、汚染された食品が原因だが、今回の場合、感染ルートの解明は行き詰まっている。先頃、ドイツで行われた症例対照研究で、サラダの野菜が指摘され、キュウリと発芽野菜(スプラウト)の2つに嫌疑がかけられた。これらが、もともと土壌や水中にいた細菌で汚染された可能性があったからだ。しかし、この細菌の発生源としては、動物である可能性が高い。病原性大腸菌は通常、反芻動物の糞便で食物網が汚染されたり、あるいは生乳製品や肉製品が汚染されたりしてヒトへ伝播する。

だが、どうして病原性大腸菌は出現するのだろうか。カギを握るのはバクテリオファージ(細菌に感染するウイルス)である。今回の食中毒の原因、大腸菌株O104:H4は、志賀毒素(ベロ毒素)を産生する。これによって、感染者は溶血性尿毒症症候群(HUS)を発症し、重症の下痢や腎臓障害を生じる。志賀毒素の遺伝子群はもともと細菌の遺伝子ではない。ファージの遺伝子である。もし、1個の大腸菌が1個の志賀毒素産生ファージに感染すれば、病原性大腸菌となるのだ。

抗生物質の使用が、そうしたファージ遺伝子の拡散を助けている可能性もある。細菌は、一部の種類の抗生物質にさらされると、SOS応答と呼ばれるDNA修復過程を発動し、ファージの複製開始が誘発される。ファージが活発に複製して増えると、宿主の細菌細胞は破裂してファージを放出する。このとき、志賀毒素も放出されてしまうので、大腸菌感染症の治療には抗生物質を使わないのが普通である。

身を守るためのコスト

さらに、O104:H4は、複数種類の抗生物質に対する耐性遺伝子を持っている。これは、O104:H4が、抗生物質耐性を持つような方向に働く選択圧を受けたことを意味する。リバプール大学(英国)の微生物学者Heather Allisonと、米国ワシントンD.C.にあるコンサルティング企業Leavitt Partners社の食品安全性部門責任者David Achesonは、農業や環境内で抗生物質にさらされることで、志賀毒素産生ファージの拡散が進んでいると考えるのが妥当だとしている。

Achesonは、1990年代、タフツ大学(米国マサチューセッツ州メドフォード)に在籍中、志賀毒素産生大腸菌の病原性を分子レベルで調べた。彼によれば、試験管内とマウス腸内で、志賀毒素産生ファージが治療用投与量以下の抗生物質シプロフロキサシンに応答して大腸菌間を移動するのが観察されたという。Achesonは、こうした挙動が自然環境でも起こっていると確信している。「ファージ放出で新たな病原体が誕生する可能性は、まさに、抗生物質乱用による危険因子の1つなのです」。

農業での抗生物質の使用にも嫌疑がかけられている。「ファージは特に反芻動物の腸内に多いのです」と、欧州連合リファレンス検査機関(イタリア・ローマ)のAlfredo Caprioliは話す。そして、反芻動物の腸は、異なる細菌間をファージが移動して、病原性を持つ新しい細菌株が出現する場所になっている。

志賀毒素は、数百年も前から下痢性疾患を引き起こしてきた赤痢菌の毒素である。Allisonによれば、ファージが赤痢菌から志賀毒素をコードする遺伝子群を取り込み、1980年代以降になって、大腸菌をはじめとするほかの細菌へ拡散させたのだろうという。「志賀毒素を産生する菌株は徐々に増えてきています」と、シンシナティ大学(米国オハイオ州)の微生物学者Alison Weissは話す。実際、O104:H4は、別の大腸菌、腸管凝集性大腸菌(EAEC)と共通する遺伝子を多数持っていることがわかった。Caprioliによれば、EAEC株と志賀毒素の組み合わせは非常に珍しいという。

では、志賀毒素産生ファージはどうやって、わずか数十年でこれほど広く分散したのだろうか。Allisonによれば、志賀毒素産生ファージが細菌感染に際して結合するBamAという表面タンパク質は、多くの細菌が持っており、さまざまな細菌が宿主になるという。また、このファージは同じ細菌に何回も感染でき(多くのファージは1回しか感染できない)、その結果、細菌の病原性をより高める。しかも、水中や土壌中など、宿主細胞外の環境でも生存可能だ。

宿主細菌にとっても、このファージの保有は有利に働くのだと、Weissは話す。「細菌が糞便とともに体外に出ると、原生動物などほかの微生物の餌になります。志賀毒素はこうした微生物を殺すので、細菌にとって有利になるのです」。

このように志賀毒素産生ファージは着々と魔の手を伸ばしつつある。近い将来、もっと危険な菌株が出現する可能性もあるだろう。

翻訳:船田晶子、要約:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110805

原文

Phage on the rampage
  • Nature (2011-06-09) | DOI: 10.1038/news.2011.360
  • Marian Turner