Japanese Author

地球重力の40万倍でも、細菌は生存できる! (出口 茂)

出口 茂

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110806

「まさか、こんな過酷な環境には生物は棲めないだろう」という私たちの予想は、20世紀後半、何度も覆された。高温、高圧、強酸、強アルカリ下でも生存できる微生物が、次々と見つかってきたのだ。そして今回、また極限環境条件の1つが書き換えられた。出口茂氏が、地球の40万倍もの重力でも細菌が生育し、増殖できることを発見したのだ。

––Natureダイジェスト:SF小説の素材として、喜ばれそうな発見ですね。

出口:とてつもなく大きな重力の下で暮らす生物といったテーマは、SF小説などで時々話題になりますよね。しかし、それを科学的に調べたのは、僕たちが初めてと言っていいでしょう1

重力が生命に与える影響は、地球のそれより小さい微小重力については、よく調べられてきました。宇宙飛行士の健康にかかわってきますから。けれども、高重力の影響については、ほとんど研究されてこなかったのです。

––しかし調べてみたら、高重力下で、細菌が生きていけるとわかったのですね。

そうなんです。40万Gというのは、地球の重力の40万倍です。そんな大きな重力の下では、細菌の体がつぶれてしまったり、壊れたりするのではないかと考えました。でも、実験して調べてみると、そんなことはありませんでした。彼らは生きていて、餌を与えれば、細胞分裂をして増殖することもできるとわかったのです。

––どのような方法で、調べたのですか?

図1:細菌(パラコッカス・デニトリフィカンス)を40万G相当の加速度で0、6、24、48時間遠心。黄色の沈殿物は、時間とともに増殖して増えた細菌。 | 拡大する

遠心機の中に入れて、回転させながら培養しました。簡単でしょう(笑)。回転数を毎分6万6000回転にすると、内部で回転する試験管に加わる重力加速度が約40万Gになるのです。そこで、細菌と培養液を入れ、細菌の増殖に適した温度にし、長時間遠心し続けました。

遠心していると、細菌が試験管の底にたまって塊になりますが、その塊がだんだん大きくなっていくのです。菌の長さを測りましたが、つぶれてもいませんでした。

––どんな細菌でも、高重力に強いのですか?

種による違いはあると思いますが、細菌はどれでもある程度強いのではないかと想像されます。私たちは、実験室でよく使われる一般的な細菌5種類で調べたのですが、1万G程度ならば、どの細菌も生育(増殖)速度にほとんど影響を受けませんでした。その5種類とは、大腸菌、乳酸菌、酵母、一般的な土壌細菌であるパラコッカス・デニトリフィカンス、アマゾン川河口付近で採取されたシュワネラ・アマゾネンシスです。

図2:パラコッカス・デニトリフィカンスの生育を、いろいろな高重力条件で比較した。 | 拡大する

ただし、1万Gを超えると、生育速度はだんだん遅くなりました。そして、40万Gを超えて生育できた種は、パラコッカスと大腸菌だけでした。なぜこの2種が生育できるかという理由はわかっていません。

小さくて単純だから強い

––高重力に対して、人間はどう反応しますか?

人間は、高重力に弱いですね。部屋を回転させて重力加速度を加え続け、その中で人が生活したらどうなるかを調べる実験があったのですが、わずか1.25Gで、その人は失神してしまったそうです。

瞬間的であれば、もう少し大きな重力に耐えられます。私も、2.0Gを20秒間ほど体験したことがあります。そのときは、体全体に非常に強い疲労感のようなものを覚えました。

––人間以外の生物ではどうでしょうか?

真核生物と呼ばれる高等な生物はみな、高重力に弱いと思います。それというのも、真核生物の細胞には、核やミトコンドリアといった細胞小器官が含まれていますが、高重力が加わると、これらが細胞内で沈降し、正常な分布をとれなくなるからです。一方、細菌の細胞は単純な構造をしており、細胞小器官のような重たい構造体を含んでいないのです。

––重たい構造体は沈降してしまうということですか?

沈降するかどうかは、重さ(正確には密度)に依存しますが、それを含んでいる細胞のサイズも影響します。細胞サイズが大きいほど、分子が沈降しやすいといえるでしょう。

細胞内に含まれる巨大な分子といえばタンパク質ですが、シミュレーションをしてみたところ、真核生物の細胞サイズを仮に10µmとした場合、分子量10万程度のタンパク質に沈降の影響が出ました。一方、サイズが約1µmの細菌細胞では、分子量100万以上で初めて沈降の影響が出ました。例えば大腸菌の場合、そのタンパク質は98%以上が分子量10万以下なので、沈降の影響をほとんど受けないということになります。

––細菌は、小さいから重力による影響を受けにくいのですね。

そうなのです。また、小さいということは、沈降の影響を受けないばかりでなく、変形にも強いといえます。重力による位置エネルギーの大きさは基準面からの高さに比例します。ですから、物体が大きくなるほど、物体の上部と下部における位置エネルギーの差が大きくなり、変形しやすくなります。

以上のことをまとめてみると、細菌は小さくて、しかも内部構造が単純なので、重力の影響を受けにくいと考えられます。

偶然に見つかった発見

––なぜ、重力の影響を調べようと思ったのですか?

最初から調べようとしたものではなく、偶然の発見からなのです。培養液中の細菌の密度を調べようと、細菌を遠心機にかけたところ、コントロールに用いた細菌が、試験管の底に沈降して、しかも増えていることに気がつきました。すごくびっくりして、それでは、どのくらい大きな重力にまで耐えうるかと調べてみたのです。すると、細菌は、我々の機械で出せる最高の40万Gまで耐えたのです。そこで、次に、細菌細胞のサイズや重さと重力の関係を調べていったわけです。

––遠心機は一般的な装置ですが、なぜ、これまで誰も気が付かなかったのでしょうか?

生物系の研究室では、試料を高速で遠心機にかけるときに、例えば細菌を4℃に保つなどして、生理的反応を停止させます。それがおそらく生物実験の常識なのでしょう。ですから、温度を上げ、餌を与え、細菌が増殖できるような条件を整えて、長時間遠心機にかけることなど、誰も考えもしなかったのではないでしょうか。

––化学者としての視点も役立っていますか?

そうだと思います。多種の細菌をサイズや重さという基準で分類して調べましたが、物質の性質をとらえるときに、サイズや重さで成分を分類するのは、化学では当たり前の分析手法ですからね。私は、もともと高分子化学のコロイドが専門でした。今は、いわば生物学の範疇である細胞や生体の高分子などのソフトマターを対象に、化学や物理学の実験手法を用いて研究しています。ソフトマターとは、その名の通り、ゼリー、ゴム、プラスチックなどの柔らかい物質のことです。

専門分野の常識にとらわれず、おもしろいことを見つけて研究していると、今回のように、新たな大発見につながります。細菌と高重力の関係の研究はスタートしたばかりで、まだ調べなくてはいけないことがたくさんあります。また、こうした細菌の性質を利用した新技術の開発にも着手しています。期待していてください。

––ところで、40万Gもの高重力は、自然界でどこに存在するのですか?

実は、生命が存在できる程度の温度をもつ星で、こんなに大きな重力を持つものはありません。せいぜい、数Gから10G。岩石が、宇宙に飛び出して隕石になるときでさえ、かかる力は瞬間的に10万Gだそうです。ですから、高重力であることは、そこに生命が存在する可能性を否定する要因にはなりえない、ということがわかりましたね。

––ありがとうございました。SF小説のアイデアにつながるかもしれませんね。

聞き手は藤川良子(サイエンスライター)。

* Gは重力加速度を示す。地球の重力加速度を1.0Gとする。

参考文献

  1. Deguchi S, Shimoshige H, Tsudome M, Mukai S, Corkery R W, Ito S, Horikoshi K. PNAS. 108, 7997-8002 (2011).

Author Profile

出口 茂(でぐち・しげる)

海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域 ソフトマター応用生命研究チーム チームリーダー。工学博士。1990年、京都大学工学部高分子化学科卒業、1996年、京都大学大学院工学研究科高分子化学専攻単位認定退学。1997〜98年、スウェーデン・ルント大学(科学技術振興事業団、長期在外若手研究員)。1999年、海洋科学技術センター(現海洋研究開発機構)研究員。2009年より現職。2007年、大澤賞、2011年、市村学術賞功績賞受賞。

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度