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ロイヤルゼリーの神秘の成分

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110820

原文:Nature (2011-05-26) | doi: 10.1038/473454a | Royal aspirations

Gene E. Robinson

ミツバチの幼虫を「女王」に変身させるのは、ロイヤルゼリーのどの成分なのか。長年にわたるこの謎に、ようやく決定的な答えが見つかった。この発見は、生物の社会的な特性と昆虫ゲノムの双方の進化の研究において重要な手がかりとなることだろう。

ミツバチ(Apis mellifera)の女王は、同じ巣のほかの雌、すなわち働きバチに比べて100倍の生殖能力と20倍の寿命を持つ。この差を生み出しているのが「ロイヤルゼリー」であることは、100年以上前から知られていた。その主成分は水、タンパク質、糖類、脂質、およびミネラルであり、ミツバチのコロニーに新しい女王バチが必要になると、幼虫に対して大量に与えられる働きバチの分泌物だ。この効能に目をつけた人がロイヤルゼリーを健康補助食品として売り出したところ、世界中で年間6億ドル(約480億円)以上を売り上げる商品となり、特にアジアでは需要が高い1

このように、ロイヤルゼリーは科学、経済の両面で関心が高いにもかかわらず、どの成分が幼虫に大変身をもたらすのか、これまで特定されていなかった。しかし今回、富山県立大学講師の鎌倉昌樹2の発見により、約100年にわたるこの謎3に、ようやく終止符が打たれた。ミツバチと、「女王」システムのないショウジョウバエとを組み合わせた独創性に富んだ研究によって、「ロイヤラクチン」というタンパク質にそうした役割があることがわかり、またその作用機序が明らかになったのだ。この研究成果はNature 2011年5月26日号478ページで報告された。

この大発見の最初の突破口は、鎌倉が、ロイヤルゼリーの効能が温度とともに変化するのを見いだしたことで切り開かれた2。40℃で保存すると「女王を生み出す成分」は徐々に分解され、30日経ったものでは完全に活性が失われることを発見したのだ。この温度で保存したロイヤルゼリーに含まれるさまざまな成分をスクリーニングした結果、分子量57kDaのタンパク質が、「40℃で30日間保存すると完全に分解される」というプロファイルに一致することがわかった。このタンパク質は、鎌倉が以前に発見し、「ロイヤラクチン」と命名したものであった。このロイヤラクチンを精製して、実験室で幼虫に投与したところ、発生期間の短縮、成体体重の増加、卵巣の発達促進という、女王に見られる3つの基本的な変化を引き起こすことが確かめられた。

ロイヤルゼリーを与えられた幼虫は、働きバチよりも急速に大きく育ち、大きな卵巣を持つ女王バチとなる。 | 拡大する

ISTOCKPHOTO

次に鎌倉は、ロイヤラクチンがショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)に対しても同様の3つの作用をもたらすことを発見した。この発見は衝撃的であった。そもそも、ショウジョウバエの社会において「女王バエ」は存在しない。またショウジョウバエとミツバチとでは、同じ昆虫綱に属するものの目が異なり、進化の過程で3億年以上も前に分岐しているのだ。さらに、ショウジョウバエが形成する社会は、ミツバチ社会が地球上で最も複雑な部類に属することに比べると、はるかに限定的なのである。

この発見は第二の突破口となった。なぜなら、ショウジョウバエはモデル生物として研究が進んでいるため、豊富な遺伝子変異体と解析技術が開発されており、ロイヤラクチンの作用機序を総合的に解明するための強力なツールとなるからである。鎌倉は、さまざまなショウジョウバエの変異体(RNAi誘導系統とGal4系統)を使って、ロイヤラクチンがどの組織で何の遺伝子発現を制御しているのかを調べた。

図1:ショウジョウバエの一般的な成虫(左)と、ロイヤラクチンを過剰発現させた個体(右)2。 | 拡大する

Masaki Kamakura

その結果、ロイヤラクチンは、脂肪体(末梢の栄養を感知する組織で、脊椎動物の肝臓と脂肪組織に相当する)の上皮増殖因子受容体(EGFR)を介するシグナル伝達経路を刺激することがわかった。そして刺激されたEGFRは、S6K(ショウジョウバエでは細胞の大きさと成体の寿命に関係)やMAPK(発生期間の長さに関係)といったさまざまなキナーゼを活性化していたのだ。ロイヤラクチンを脂肪体で異所発現させた実験でも、同様の結果が得られた(図1)。そして、最終目的であるミツバチにおいても、ロイヤラクチンがEGFRのシグナル伝達を介して作用していることが、EgfrのRNAi実験によって確認された。

ここで、ロイヤルゼリーに関する研究を初期までさかのぼってみよう。1948年に報告されたショウジョウバエでの先見的な研究4を含む生化学的分析5では、さまざまなロイヤルゼリー抽出物に注目が集っていたが、階級決定作用を得るには至らなかった。次に内分泌分析が行われたが、ロイヤルゼリーの高い糖質含量がミツバチの幼虫にロイヤルゼリー摂取をさらに促すことで成長が加速し、その結果、幼虫期初期の幼若ホルモン産生量が増加して発生運命が決定されるという考えが示唆された6,7。つまり、階級決定は幼若ホルモンの作用であり、ロイヤルゼリーはただの摂食刺激物質とされたのだ。実験で、働きバチに誘導する餌を与えられている幼虫に対し、幼若ホルモンを投与したり餌に糖質を過剰に添加したりすると、女王バチになることが示されたためだ。そうして、変身物質の探索に対する関心は薄れていった。

さらに25年後には分子レベルの分析が行われ、階級が決定されると遺伝子発現が大幅に変化することが明らかになった8。この大規模な変化は、確かに幼若ホルモンとインスリン関連シグナル伝達経路の双方のホルモン調節を受けていた9。さらに、近年に入ってミツバチゲノムが解読され、昆虫では初めて、機能が完全なDNAメチル化システムを持つことが明らかになった10。そこで主要なメチル化遺伝子(DNA methyltransferase 3)をRNAiでノックダウンしたところ、女王バチの発生率が上昇するという結果が得られ11、上述の構図にエピジェネティクスも織り込まれたわけだ。こうして、階級決定の仕組みは、「摂食刺激物質」「内分泌」「エピジェネティクス」によって完全に説明がつくと思われた。

2011年に入り、ロイヤルゼリーがただのジャンクフードではない可能性を指摘した初めての研究成果12が報告された。ロイヤルゼリーの主要な脂肪酸成分である(E)-10-ヒドロキシ-2-デセン酸に、ヒストンデアセチラーゼ阻害活性(クロマチンを開いて遺伝子を活性化する)があることがわかったのだ。つまり、ロイヤルゼリーに含まれる特定の成分には、女王バチの発生を促進する能力があることを示している。今回の鎌倉の発見2はこれに続くもので、ロイヤルゼリーに強力な階級決定物質が含まれていることを決定付けたのである。今後の課題は、ロイヤラクチンが担う役割と、これまでに発見されたメカニズム(栄養、内分泌、エピジェネティクス)とを統合して階級決定の仕組みを説明することであろう。そのためには、形態学と行動とを合わせた研究によって、女王バチの特徴をさらに解析する必要があると考えられる。

鎌倉の研究成果2は、ソシオゲノミクス(社会生物学とゲノミクスとが融合した分野)研究における画期的発見というだけにとどまらない。研究においては、「戦略」と「概念」の2つがいかに重要であるかを教えてくれているのだ。ショウジョウバエの実験系は、すでにさまざまな生物の遺伝子の機能解析に利用され、バイオインフォマティクス的手法に欠かせない存在である。しかし鎌倉は、そうした従来の利用法だけでなく、社会性昆虫として「有していない」特性の解析にも、この実験系が利用可能であることを示したわけだ。

いや、ショウジョウバエも、あるいはミツバチの階級決定のような社会的特性を有しているのではないのか。鎌倉の研究2は、進化的に最も新しい形質の中でさえも、底流の深い所には分子的に保存されたものが潜んでいることを強く暗示しているように思わせる。

そもそもロイヤルゼリーによる階級決定は、ミツバチの社会進化に固有の特徴と考えられている。ほかの社会性昆虫には見られず、幼虫にこうした物質を与える生物種はほかには存在しないからだ。言い換えると、ロイヤルゼリーは新しい遺伝子産物の典型例といえる。一方、ロイヤラクチンは、ロイヤルゼリーに含まれる主要なタンパク質をコードする10の遺伝子群のうちの1つから作られている。しかし、この遺伝子群はもともと、昆虫では体色や生殖に関係するYellowタンパク質ファミリーをコードする遺伝子に由来する13(興味深いことに、このタンパク質ファミリーは細菌、菌類、昆虫でしか見つかっていない)。

今回、このロイヤルゼリー遺伝子群が階級決定に関与していたことから、もともとの機能から解き放たれて新たな役割を担うようになったと考えることができる。しかし、鎌倉の成果は、こうしたロイヤルゼリー遺伝子群が過去とのつながりを完全に断ち切ったわけではないことを示唆しているのだ(ただし、今のところ、ショウジョウバエのYellowタンパク質もEGFRシグナル伝達に作用するのかどうかは不明である)。

今回の結果を考察すれば、ショウジョウバエにも「女王」階級という社会的特性があるのかもしれない、と思わずにはいられない。この研究のように、新規の分子と古くから保持されている分子の機能とを結びつけて解析すれば、脊椎、無脊椎を問わず、すべての動物の複雑な社会的特性の解明に役立つだろう。

(翻訳:小林盛方)

Gene E. Robinson、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校ゲノム生物学研究所(米国)。

参考文献

  1. Euromonitor Passport Global Market Information Database (13 Nov. 2009); www.portal.euromonitor.com
  2. Kamakura, M. Nature 473, 478–483 (2011).
  3. Aeppler, C. W. Gleanings Bee Cult. 50, 151–153 (1922).
  4. Gardner, T. S. J. Gerontol. 3, 1–8 (1948).
  5. Wilson, E. O. The Insect Societies (Belknap, 1971).
  6. Wirtz, P. & Beetsma, J. Entomol. Exp. Appl. 15, 517–520 (1972).
  7. Asencot, M. & Lensky, Y. Life Sci. 18, 693–699 (1976).
  8. Evans, J. D. & Wheeler, D. E. Genome Biol. 2, research0001.1–0001.6 (2000).
  9. Patel, A. et al. PLoS One 2, e509 (2007).
  10. Wang, Y. et al. Science 314, 645–647 (2006).
  11. Kucharski, R. et al. Science 319, 1827–1830 (2008).
  12. Spannhoff, A. et al. EMBO Rep. 12, 238–243 (2011).
  13. Fischman, B. J., Woodard, S. H. & Robinson, G. E. Proc. Natl Acad. Sci. USA 108, 7472–7477 (2011).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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