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ヨーロッパの時限爆弾

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110824

原文:Nature (2011-05-12) | doi: 10.1038/473140a | Europe's ticking time bomb

Katherine Barnes

イタリアのベズビオ山は世界で最も危険な火山の1つである。だが、将来起こりうる大規模な噴火については、研究者と行政当局の間で見解が分かれている。

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BETTMANN/CORBIS

その眠れる山が目覚めるとき、強烈な爆発が起こる。火山灰と岩石が巨大な柱のように空高く吹き上げられ、高度40kmの成層圏にまで達する。やがて破片は落下し始め、灼熱の軽石が地表を叩き、火山灰が厚い層をなして地面を覆う。屋根は崩れ落ち、自動車はキシキシと音を立てて転がる。だが、これは悪夢の始まりにすぎない。まもなく、高温の火山灰と軽石とガスを含んだ大火砕流が、うなりをあげて火山の傾斜をなだれ落ち、建物を粉砕し、行く手にあるものすべてを飲み込んでいく。多くの人々が暮らし活気に満ちた大都市は、一夜にして不毛地帯へと変わる。

これは、イタリアのベズビオ山が噴火した場合に、近くのナポリが受ける被害を予想したシナリオである。ベズビオ山は、西暦79年にポンペイの町を壊滅させたことで有名な火山だ。このシナリオは少々行き過ぎかもしれないが、今年3月、日本が地震と津波により甚大な被害を受けたことを受け、世界の多くの地域が自分たちの「ブラック・スワン」、すなわち発生確率は非常に低いが、ひとたび発生すれば壊滅的な被害をもたらすと予想される災害について、危険の再評価を始めている。なかでも、ベズビオ山の麓で300万人が暮らすナポリは、特に大きな影響を受けると考えられている。

ベズビオ山は、1944年に小規模な噴火を起こして以来、今日まで無気味な休眠状態を保っている。しかし、最近の研究は、この火山がこれまで考えられていた以上に危険である可能性を示唆しており、将来の災害の危険性と規模について活発な議論を呼んでいる。周辺地方自治体は、火山性の群発地震や微動など、噴火の徴候が見られた場合に、大勢の住民をいかにして守るかという困難な課題に直面している。ベズビオ火山観測所(ナポリ)のGiuseppe Mastrolorenzoは、こう語る。「近代都市で、こんなに大規模の集団避難が行われた先例はありません。ベズビオ山が世界で最も危険な火山とされているのは、そのためです」。

次の噴火の規模は?

眠れる巨人は、永遠に鳴りを潜めているわけではない。近年、イメージング技術を用いた地震学研究により、この火山の地下8~10kmの所に、「異常な層」が発見された。Mastrolorenzoと同僚のLucia Pappalardoは、この層は、プリニー式噴火を引き起こしうる活動的なマグマだまりであると解釈した1。プリニー式とは、79年の噴火の観察中に死亡した大プリニウスと、その詳細を記載した甥の小プリニウスにちなんで名付けられた、大規模な爆発を特徴とする噴火様式である。

ベズビオ山が活動を再開する場合、噴火の数週間から数年前に最初の前兆はあるかもしれないが、噴火そのものを警告する現象はほとんどないかもしれない。PappalardoとMastrolorenzoは、過去の噴火によってできた岩石の地球化学的性質を分析して、マグマだまりから表面までマグマが急激に(わずか数時間で)上昇してきたことを示す証拠を見つけた。

これまでずっと、歴史上最も大きな噴火は79年の噴火であるとされてきた。しかし、2006年に、Mastrolorenzoとバッファロー大学(米国ニューヨーク州)のMichel Sheridanが、約3800年前の青銅器時代に、それよりはるかに大規模な噴火があったことを示唆する地質学的証拠について報告した2。火山灰と岩石の破片からなる高温の火砕流が20kmもの距離をなだれ落ち、今日のナポリにあたる地域を覆い尽くしたというのだ。「ナポリの中心部では、堆積物の厚さが4mもあります。たった数センチ積もる程度でも、全住民を殺すには十分なのです」とSheridanは言う。

こうした懸念があるため、ベズビオ火山観測所のチームはナポリ市当局に、青銅器時代の爆発の規模の、想定しうる最悪の噴火に基づいて、緊急対応計画を立案するように迫った。「今日にも危機が始まる可能性があるのです」とMastrolorenzoは言う。「問題は、噴火がどのくらい持続するのか、どんな種類の噴火になるのか、噴火のプロセスがどのように進行するのか判断できないことです」。Mastrolorenzoらは、地震やその他の前兆からベズビオ山が目を覚ましそうだと判断したら、周囲20kmの住民を完全に避難させるように勧めている。

しかしながら研究者の全員が、このように不吉な見通しを持っているわけではない。ベズビオ山の噴火はもっと穏やかになると予想している研究グループもある。オルレアン大学(フランス)のBruno Scailletらによると、ベズビオ山は、マグマを供給するマグマだまりが以前より上のほうに移動しており、その結果、噴火様式が変化してきているという。実際、1944年の小規模噴火の際のマグマだまりは、地下3kmという比較的浅い所にあったというのだ3。そして、その浅い地下に貯蔵されているマグマは粘性が低下しており、大爆発を起こしにくいタイプのものになってきたことが、いくつかの証拠から示唆されている。この傾向が今後も続くなら、次に起こる噴火は前回1944年の噴火に似たものになるはずだ、とScailletは言う。

Scailletはまた、地下10kmの所にある地震学的に「異常な層」はマグマであるかもしれないが、水や塩水など、マグマ以外の液体である可能性もあると言う。「さまざまな問題があり、いずれも解決されたとは言いがたい状況です」。

緊急対応計画

将来の噴火の規模がわからないうえ、市民は交通や犯罪などの日常的な問題の方により大きな関心を寄せている。このため、ベズビオ山がもたらす危険を市民に理解してもらい、対策を講じて被害を抑えるよう取り組む作業は、研究者や行政当局にとって非常に大きな課題となっている。

研究者たちは、地震、地面のひずみ、火山ガスの化学的性質の変化を監視するセンサー網を通じて、ベズビオ山の動向に常に目を光らせている。

一方、イタリアの市民安全局(DPC)には、ベズビオ山の噴火に備えた国家緊急対応計画がある。この計画は、1631年に発生した中規模噴火に似た噴火のシナリオに基づいて、1995年に策定された。1631年の亜プリニー式噴火は6000人の命を奪ったが、影響を及ぼした範囲は、それまでのプリニー式噴火に比べてはるかに狭かった。

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SOURCE: LEFT, DEPT CIVIL PROTECTION; RIGHT, REF. 4

緊急対応計画では、想定される危険の種類によって、火山の周辺地域を3つの区域に分けている。赤い色の区域はベズビオ山に最も近く、火砕流の危険が最も大きいため、噴火が始まる前にこの地域に住む60万人の住民を全員避難させることになっている(右図参照)。黄色の区域で想定される主な危険は、降灰と小さな岩石だ。当局は、噴火が始まって、風向きが明らかになってから、火山の風下に当たる地域の住民に避難命令を出す。青色の区域は、噴火によって洪水と泥流が引き起こされる危険が高いと考えられ、黄色の区域と同様、噴火後に気象条件を考慮して避難することになっている。当初、ナポリは、どの危険区域にも入っていなかった。というのも、ベズビオ山から噴出した火山灰はこの地域特有の風に乗り、ナポリから遠ざかるように、東の方向に飛んでいくことが多いからだ。

2003年に、DPCは、常に新しい科学的情報を考慮に入れて、緊急対応計画を更新していくと発表した。その結果、赤色の区域は拡大されて、ナポリ東部も含まれるようになった。さらに、噴火前の徴候がこれまで考えられていたよりも少ない可能性があるとして、避難のタイミングを噴火予想の2週間前から72時間前へと短縮した。

けれども一部の研究者は、この計画は重要な科学的証拠を無視していると主張する。昨年、MastrolorenzoとPappalardo4、ナポリ大学のGiuseppe Rolandi5は、中規模の噴火であっても、現在赤色の区域に含まれていない複数の自治体が火砕流に襲われるおそれがあることを発見した。Mastrolorenzoは、当局は、黄色の区域の住民も早期に避難させる必要があると指摘する。細かい火山灰が短時間でこの地域の空中に広がり、真っ暗闇にしてしまうからである。「そうなる前に、住民を避難させなければなりません」と彼は言う。また、MastrolorenzoもRolandiも、時にはベズビオ山からナポリに向かって風が吹くこともあるため、ナポリに大量の火山灰が降る可能性を除外することはできないと指摘する。

すべての証拠を考え合わせると、緊急対応計画は「最悪のシナリオ」に従って立案しなければならない。そう考えている研究者は、彼らだけではない。その最悪のシナリオを想定することは、大都市ナポリと300万人の住民を考慮に入れることを意味する。

ポートランド州立大学(米国オレゴン州)の火山学者Jonathan Finkは、緊急対応計画では、この考え方は理にかなっていると言う。火山が噴火の前兆を見せたときに、当局と研究者が再評価を行えばよいのだ。「危険を過大に想定していれば、過小に想定していた場合よりも、失われるものが少なくてすむからです」と彼は言う。

Natureからの質問に対してDPCは書面で、自分たちは「火山の歴史上最大の噴火イベントを想定するという単純な方法ではなく、火山の現在の状態に基づいて」噴火の危険性を評価していると回答した。一部の研究者は、DPCのこの方針に賛成している。イタリアの国立地球物理学火山学研究所(INGV;ローマ)のWarner Marzocchiは、「最悪の事態を想定していては、きりがありません。合理的な方法でリスクを小さくしていかなければならないのです。ナポリ市民300万人の完全避難を実施するのは不可能でしょう」と言う。

Marzocchiをはじめ、そのほかの研究者たちは、各種のシナリオの確率に基づくモデル作成ツールの開発に取り組んでいる。このツールを利用すれば、危機の際に行政当局が実際に起こっている現象を正しく評価し、避難方針の選択がよりスムーズになる。ケンブリッジ大学(英国)の緊急対応計画の専門家Peter Baxterは、特に火山の噴火が及ぼす影響を研究しており、カリブ海に浮かぶ英国領モントセラト島で1997年に噴火が起きたときに、この種の手法を利用して影響を受ける地域を正確に予測し、島民を全員避難させずにすんだ。

Baxterらは、ベズビオ山について、地質学的データと噴火プロセスのモデルを用いて「事故結果予想系統図」を作成し、発生する可能性がある噴火の全容を示した6。分析によると、火山に設置したセンサーがマグマの不穏な動きを検出した場合、爆発的噴火が発生する確率は70%と予想されるが、プリニー式の破局的噴火になる確率はわずか4%であるという。可能性が最も高い噴火様式は、1944年の噴火に似た、勢いは激しいがより小規模な噴火で、溶岩流と火山灰の中等度の放出を伴うものであろうと予想されている。

正確な噴火予報が実現する見込みが立っていない現時点では、この種の確率論的アプローチは、火山学者と緊急対応計画の立案者が対策を進めるうえで、唯一の方法であるように思われる。INGVピサ研究所のAugusto Neriは、「この問題は非常に入り組んでいて、解決するのは困難です。そもそも我々は、火山活動の仕組みを全くわかっていないからです」と語る。

(翻訳:三枝小夜子)

Katherine Barnesはロンドン在住のフリーライター。

参考文献

  1. Pappalardo, L. & Mastrolorenzo, G. Earth Planet. Sci. Lett. 296, 133-143 (2010).
  2. Mastrolorenzo, G. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 4366-4370 (2006).
  3. Scaillet, B., Pichavant, M. & Cioni, R. Nature 455, 216-219 (2008).
  4. Mastrolorenzo, G. & Pappalardo, L. J. Geophys. Res. 115, B12212 (2010).
  5. Rolandi, G. J. Volcanol. Geotherm. Res. 189, 347-362 (2010).
  6. Baxter, P. J. et al. J. Volcanol. Geotherm. Res. 178, 454-473 (2008).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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