News & Views

摩擦で発生させる小型X線源

約3年前の発見に、科学者も一般の人たちも本当にびっくりした1。ありふれた文房具の粘着テープをはがすだけで、人間の指を透かして骨が見えるほど強いX線が出たからだ。この現象を発見したカリフォルニア大学ロサンゼルス校物理天文学科のJonathan Hirdらは、今回、この発生原理をさらに進めて、より簡単で低コストなX線源が製造可能なことを実証するプロトタイプを開発、Applied Physics Letters誌に報告した2

X線は1895年に発見されたが、それ以来、私たちの生活のさまざまな場面で使われるようになった。私たちの体内を目に見えるようにし、DNAの構造の推論に使われ、航空機の翼の健全性を調べるために利用されている。最初にX線を作り出すのに使われたシンプルな放電管は、かなりの改良を経たものの、基本的に今でも同じものが使われている。しかし、放電管以外のX線源を求める声は多く、その開発も進められてきた。その結果、最先端の研究に使われる高度な科学装置が生み出された。一方、用途は従来と同じであっても、より革新的な原理に基づくX線源も追い求められてきた1,2

粘着テープをはがすときに可視光とX線が短時間放出される現象は、「摩擦ルミネセンス」と呼ばれている1,3。摩擦ルミネセンスは、音波のエネルギーが光に変換される音ルミネセンスとよく似た現象で4、拡散した機械的エネルギーを集めて光を出している5。物質を引き離したり、引き裂いたり、ひっかいたり、たたいたりした結果として、生じる。

光は、電子が加速されたり、止められたりした場合や、電子があるエネルギー準位から別のエネルギー準位にジャンプするときに放出される。したがって、数十keV(キロ電子ボルト)のエネルギー、つまり医療への応用に必要なエネルギーを持つX線光子を得るためには、少なくともそれだけのエネルギーを持つ電子を作らなければならない。このため、商業利用されているX線源や科学研究に使われているX線源の多くでは、電子にkeVレベルのエネルギーを与える必要がある。これは実際には高電圧装置を使って実現されているが、安全対策が必要となり、可搬性や応用範囲が制限され、装置の小型化も制限されてしまうわけだ。

外部の高電圧源がなくても、粘着テープのような簡単なものでX線を作れるかもしれないという結果は、このような文脈からみても魅力的で、さらなる研究を促してきた1,3。今回Hirdらが作製した装置も、そうした成果の1つ2。彼らの装置は、ローテクで経済的でコンパクトなX線源が作れる可能性を示しただけでなく、摩擦による電荷移動という物理現象(これが摩擦ルミネセンスの基礎)に関して、私たちの理解を体系的に進めてくれる可能性も示している。

図1:摩擦電気によるX線源
a ここに示したのはHirdらが開発した手のひらに収まる装置で、真空容器には入っていない。圧電アクチュエーターにより、シリコーン膜とエポキシ樹脂表面とを、繰り返し接触させたり離したりすると、X線(この写真には写っていない)が発生する。
b この画像は真空容器中の装置が低圧のネオン雰囲気中で作動しているところ。ネオンの特徴的な橙赤色のグロー放電がはっきりと見える。(画像はカリフォルニア大学ロサンゼルス校の厚意による。)

Hirdらの最新プロトタイプは手のひらに収まり、驚くほどシンプルだ(図1a)。アクチュエーター(作動装置)によって、シリコーン(有機ケイ素化合物)膜とエポキシ樹脂の表面を、繰り返し接触させたり離したりする。このピストン運動で、シリコーン膜とエポキシ樹脂の間に電荷の不均衡が生じる。その結果、摩擦帯電(材料間の摩擦を伴う接触のために帯電する現象)によって、1cm当たり数百kVを超える強い電場が発生する6,7。この電場は、周囲の空気を電離させ、電気火花を飛ばすほど強い(ドアノブなどに触ったときに起きる静電気ショックに似たもの)。

Hirdらは、装置を適度な真空中に収めれば、1回の接触で10万個を超えるX線光子が生まれることを見いだした2。このX線放射は、原子のエネルギー準位間の遷移と電子の減速によって生じる。この結果、広いスペクトルと狭いスペクトル線が得られる。彼らの計算によると、シリコーン・エポキシ樹脂系は、装置の接触面積(65mm2)にわたって、1cm2当たり最大1010個の電荷(電子)の不均衡を作り出す。この不均衡がもたらす放電現象の物理的詳細はまだ完全には解明されていないが1,2、これほどの電荷密度があり、シリコーンとエポキシ樹脂は離れているので、真空容器中に収められた装置の周囲の気体は電離するはずだ。実際、このX線源を低圧のネオンガス中で動作させたところ、ネオンの特徴的な橙赤色のグロー放電が観察され、ガス電離が確かめられたのである(図1b)。

物質を帯電の傾向によって並べたリストが作られており、「帯電列」と呼ばれている8。シリコーンは負に帯電する傾向が強いために選ばれた。Hirdらは装置をテストするため、エポキシ樹脂の表面に銀を加え、銀のK線の特性X線(約22~25keV)を観測した。こうしてHirdらは、電子が放電過程で数十keVのエネルギーまで加速され、それがエポキシ樹脂と衝突してX線を発生させることを疑いのない形で証明した。エポキシ樹脂にはさまざまな原子番号の物質を混ぜ込むことができるため、この仕組みには柔軟性がある。特性X線のエネルギーを望みの値に調節することができるし、X線の生成効率を上げることもできる。

さらにHirdらは、装置を取り巻く圧力を下げると、エポキシ樹脂とシリコーンを引き離した後に、X線を1秒以上も持続放出させることが可能であることを見いだした2。しかし、接触動作の繰り返し周波数を上げてX線の生成量を増やすためには、X線放出を短くすることが望ましい。そこで、30ミリトルといった少し高い圧力の窒素中で装置を動作させ、X線のエネルギーは下がるものの、放出時間を10ミリ秒未満まで短くした。Hirdらは、これぐらいの圧力では、接触動作の周波数と光子数が線形に比例することを示すことができた。このことから、毎秒108個の光子生成を達成するためには、数mmの動作範囲と0.1~1kHzの動作周波数が可能な、直線運動をするアクチュエーターが必要であることがわかったのだ。Hirdらの第1号機では、円筒コイル磁石アクチュエーターを使い、20Hzの接触動作周波数を実現した。一方、第2号機(図1)では圧電アクチュエーターを採用し、300Hzの周波数を達成している。

しかし、接触動作の周波数だけが、Hirdらの装置のX線生成量を増加させる方法ではないかもしれない。帯電列や文献によると、接触あるいは摩擦による帯電が1cm2当たり1013個の電子密度に達する材料のペアが存在する8,9。このような電荷密度で完全に放電すれば、X線光子の生成は1000倍になり、接触動作1回当たりの光子生成は108個に達し、1kHzの接触動作周波数なら毎秒1011個(同じ65mm2の接触面積の場合)に達するだろう。

摩擦ルミネセンスはミクロのスケールで働くことが示されており10、原理的には、装置を1mm未満の大きさにできる2。今後の課題は、摩擦接触を最適化するために、二次元の接触動作が可能な小型のアクチュエーターを製造することだろう。個別に制御可能な多数の小さなX線源を縦横に並べ、高速読み出しカメラに同期して接続した装置も考えられる。この装置は多数のX線源からのX線放出を利用して、短い露光時間でX線画像を作り出すことができるだろう。

1µmサイズの電気機械製造技術が応用できれば、摩擦電気によるX線源が低コストで実現され、大きな面積(数cm2のサイズ)にすることも可能になるかもしれない。Hirdらは、産業界に協力を呼びかけ、こうしたアイデアの実現に動き出している。

彼らの研究は、機械的に駆動し、高電圧の供給が不要なX線源という可能性を開いた。これがもし実現すれば、医療、産業、生命科学などさまざまな分野で、画像撮影などに使われるはずだ。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110822

原文

A stroke of X-ray
  • Nature (2011-05-26) | DOI: 10.1038/473455a
  • Stefan Kneip
  • Stefan Kneip、インペリアルカレッジ・ロンドン(英国)のブラケット研究所。

参考文献

  1. Camara, C. G., Escobar, J. V., Hird, J. R. & Putterman, S. J. Nature 455, 1089–1092 (2008).
  2. Hird, J. R., Camara, C. G. & Putterman, S. J. Appl. Phys. Lett. 98, 133501 (2011).
  3. Harvey, E. N. Science 89, 460–461 (1939).
  4. Walton, A. J. & Reynolds, G. T. Adv. Phys. 33, 595–660 (1984).
  5. Walton, A. J. Adv. Phys. 26, 887–948 (1977).
  6. Hauksbee, F. Physico-Mechanical Experiments on Various Subjects (R. Brugis, 1709).
  7. Harper, W. R. Contact and Frictional Electrification (Oxford Univ. Press, 1967).
  8. Shaw, P. E. Proc. R. Soc. Lond. A 94, 16–33 (1917).
  9. Horn, R. G. & Smith, D. T. Science 256, 362–364 (1992).
  10. Camara, C. G., Escobar, J. V., Hird, J. R. & Putterman, S. J. Appl. Phys. B 99, 613–617 (2010).