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iPS細胞バンクへ向けた世界の動き

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110731

原文:Nature (2011-04-28) | doi: 10.1038/472403a | California ponders cell-banking venture

Erika Check Hayden

iPS細胞バンクに向けた動きが各地で見られる。課題は、iPS細胞の作られ方のばらつきをきちんと取り扱うことと、多様な「多能性」を絶えず監視・追跡する体制を整えることだ。

成人由来の幹細胞株を多数作製している研究者のために、まもなくその細胞株を保存するための新しいバンクが作られるかもしれない。ヒトの胚から作製される幹細胞(ES細胞)とは異なり、人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、成人の組織から作製することができるため、政治的、倫理的な障害がほとんどない。そのため、極めて多様な遺伝的変異を持つiPS細胞株が次々に作製されてきた。

現在、幹細胞研究に対して最大級の資金を拠出しているカリフォルニア再生医学研究所(CIRM;米国サンフランシスコ)は、こうした作業の成果物を整理する方法を考えている。CIRMは2011年5月初めまでに、iPS細胞バンク計画への資金拠出を検討するため、3つの会議を開催する。これは、新薬に対する反応を試験するため、また究極的には、変性疾患を治療する目的で置換用の組織を培養するために、その細胞株を使用したいと考えている科学者にとって、喜ぶべき展開だ。

スクリプス研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)でiPS細胞を研究するJeanne Loringは、「そうした細胞株を作製していますが、それを配布する手だてが全くありませんし、それを使いたい人がいるかどうかも全然わかっていません。だいたいにおいて、iPS細胞を保存する仕事はばらばらに行われているのです」と語る。

その状況を変えようとしている組織は、CIRMだけではない。4月20日、官民共同の「革新的医薬品イニシアチブ」(ベルギー・ブリュッセル)は、iPS細胞バンクへの資金拠出を検討していることを発表した。そして日本では、2006年にマウスからのiPS細胞の作製という画期的な研究でこの分野を切り開いた京都大学の山中伸弥が、慎重に選抜したドナー50例から採取した細胞が90%の日本人と免疫学的に適合するという前提に基づいて、バンクを立ち上げようとしている。

米国では、マサチューセッツ州が資金を拠出するものなど、バンクを設立する計画がすでに複数進行中で、ハーバード幹細胞研究所(ケンブリッジ)のように、内部の研究者が作製した細胞株の配布を行っている研究所もある。CIRMは、米国立神経疾患・脳卒中研究所(NINDS;メリーランド州ベセズダ)による既存の取り組みを下敷きにしているのかもしれない。そこでは、コーリール医学研究所(米国ニュージャージー州カムデン)で3種類の神経変性疾患の患者から作製したiPS細胞が保存されている。

しかし、CIRMやほかの保存施設が成功するためには、重要な問題を解決する必要がある。まず、研究者がiPS細胞を作製するときに、さまざまな方法が利用されている。したがって、未来の細胞バンクは、そうしたばらつきにいかに対応するか、取り扱い方を決める必要がある。これは細胞株の利用法にも影響するため、特に重要な点だ。

細胞株自体も実に多様で、特に、各種の組織を作り出す能力である「多能性」はさまざまだ。また、iPS細胞は、初期化処理および培養の最中に変異を獲得する場合があることが研究で明らかにされているため、iPS細胞バンクは、絶えず遺伝子検査を行って監視し続けなければならない。

NINDSは、バンク計画を通してこうした問題の一部を解決済みで、コーリール研究所の小さなリポジトリーに25株のiPS細胞を預けている。コーリール研究所は、バンクに提出された細胞株に関して、変異の潜在的な蓄積を監視する染色体判定など、一連の検査を実施している。また、細胞株ごとに、多能性に関するゲノム検査とエピゲノム検査をセットで実施している。これは、ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)で幹細胞を研究するKevin Egganが開発したものだ。CIRMは、検査の「スコアカード」を利用してバンクの各細胞株の特徴を明確化することにより、このやり方に追随しようとしているようだ。

おそらく、科学的な問題以上に複雑なのが、細胞の提供者にどの程度の同意を求めるべきなのか、といった政治的な問題の方だ。ケンブリッジ大学(英国)の幹細胞研究者であるRoger Pedersenは、「そうした問題はヒト胚性幹細胞(ES細胞)の作製と使用を取り巻く問題と同じくらい複雑です」と語る。iPS細胞は胚の破壊を必要としないが、iPS細胞を利用して行われる作業は、個人の遺伝情報が関与するし、大きな商業的利益を生むこともあり得る。そのいずれもが、細胞株のもとになった生きている成人にとって、潜在的な心配事・関心事になるわけだ。

CIRMはこうした倫理問題のための会議も用意している。この問題は大きく、CIRMの取り組みがほかの細胞バンクの地ならしをしてくれることを願いながら、関係者は成り行きを注視している。

(翻訳:小林盛方)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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